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たまむし

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【二年前】相談

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 人違いで殴り合いかけた日から数日後、宮脇のスマホに見慣れないアイコンからメッセージが届いた。清高からだ。文面には『アンタの妹に悪さした犯人について、分かったことを報告したい」とある。電話かメールで良いだろうと宮脇が返したら、『ややこしい話だから、直で聞いて欲しい』と、どちらの学校からも遠い中途半端な場所を指定された。
 出かけていくのは面倒くさいが、向こうに悪い噂がある今、つるんでいるところを仲間に見られるのはあまり有り難くない。どっちの縄張りからも遠い場所で会うのは正解のような気もした。

 電車を降りた宮脇は、スマホに送られてきた地図を頼りに歩いていく。町工場が並ぶ通りには、うっすらと機械油の臭いが漂い、工作機械の音があちこちから聞こえてきていた。
 人気のない公園を過ぎて袋小路に入ると、小さな工場を改装した風の店屋があった。無骨なトタンの壁に小さなガラス窓があり、内側にいくつかシルバーのアクセサリーが並んでいる。

 開けっぱなしの入り口から中の暗がりを覗くと、

「よっ!」

 と中の椅子に座っていた清高が片手を上げた。今日は制服ではなく、だぼっとしたスウェットに大きなチェック柄のパーカーを着ている。身体のラインが分からない服装だと、ぱっと見では性別不明だ。

「なんや、ここ」

 宮脇が警戒心剥き出しで店内を見回すと、清高は機嫌の良い猫のように目を細め、

「見て分かんない? アクセサリー売ってるお店」

 と、立ち上がって店先の看板を【CLOSED】にした。宮脇はますます警戒を露わにして、すぐに出られるよう戸口に仁王立ちになる。

「なんでこんなとこに呼び出した?」

「オレここでバイトしてんの。あんまり客来ねえし暇だから」

「暇やから人を呼び出したんか!」

「違う違う。こないだ、アンタ首につけてるチェーン手入れしてねえなと思ったから、磨いてやろうと思って。ついでに例の話もできれば丁度良いじゃん?」

 喉元にぶら下げたチェーンネックレスを指先で引っ張られ、宮脇は急に近づいた距離にギョッとして一歩下がった。開いたままのドアに履きつぶしたスニーカーの踵が当たる。

「そんなん別にエエ。話聞いたらすぐ帰る」

「金は取らないから、遠慮すんなよ。すぐピカピカになるって」

 清高は笑って宮脇の首に手を回し、器用に長い指を動かしてチェーンを外す。ハグするような格好になって、宮脇は全身を硬直させた。不用意に人と距離が近くなるのが苦手なのだ。

「ほら~、内側真っ黒じゃん! 前も思ったけど、これ良いデザインだな。ノンブランドだけどセンス良い。アンタが買ったの?」

「いや……先輩からもらった」

「へ~、良い先輩だな。これ結構値段したと思うぜ。ちゃんと大事にしたほうがいーよ」

 清高はそう言いながら、狭い店のさらに狭いカウンターの向こうに回り、熱心にシルバーを磨き始める。宮脇はようやく警戒を緩め、スースーする首元を手の平で撫で回しながら、店の奥へと足を踏み入れた。

 店内は4.5畳の自室より狭いくらいだ。ケースに並ぶのは、ゴツ目のリングやネックレスといった銀製品が主だが、よく見れば可愛らしいデザインのものもある。
 誕生日の近い妹に何か買ってやろうかとケースの中を覗き込んだ宮脇は、値段を見て目玉が飛び出そうになった。恐ろしく高い。とても自分のバイト代でポンと買えるような値段ではない。
 こんな値段のものを平気な顔で扱っている清高が得体の知れない化け物のように思え、宮脇は気味悪そうな顔でカウンターを振り返った。

「ミヤワキクンってさー、なんで関西弁? 引っ越してきたばっかりって訳じゃないでしょ?」

 清高は平然とした様子で、手元に目線を落としたまま聞いてくる。

「越して来たんは中学の頃や。別に標準語でしゃべらなアカン法律ないし、構わんやろが」

「まあね。関西の人って割とそういうとこあるよね」

「あとその『ミヤワキクン』ていうの止めてくれ。呼び捨てかミヤで良い」

「んじゃ、オレのことはキヨで良いよ。もとクンって呼んでくれても良いけど」

「きっしょいな。キヨでエエやろ。ほんで、花商の評判落としてまわっとる犯人はどないなってん」

「ああ、あれねえ……。なんか面倒な事になってきたんだよねえ」

 清高はチェーンを磨く手を止めて大げさに溜息をついた。


「事の起こりは、多分夏休みにオレが賭場とば荒らしたのが原因っぽいんだよねえ」

「とば」

 宮脇は意表を突かれてオウム返しに繰り返した。

「そう、でもすごい小規模なヤツよ? センター街にカードゲーム屋あるじゃん? オタク向けの」

 センター街は、花商と岩瀬川の間にある中規模ターミナル駅の近くにある商店街だ。昔ながらのアーケード街で、ゴチャゴチャと小さい店がひしめいている。宮脇はあまり行かない場所だが、そんな店があったような気もした。

「あそこの二階は店主の住居になっててさ、でも店主夫婦はもう年だからって、息子に店も住居も譲って、駅前のマンションに引っ越したんだよ。今年の春先くらいのことかな。今は息子だけが居着いてる。金谷洋二って名前で、花商のOB。四個上だから、オレは直接関係ねえけど」

「ああ、カナヤ。聞いたことあるな。エエ噂やないけど」

「そそ。まあ小狡いヤツなのよ、金谷は。で、ソイツが親が出ていって空いた部屋使って、夜中に仲間集めて麻雀とかポーカーで賭博やり始めたのね。別にそんなのオレにはかんけーねえし、勝手にすりゃ良いんだけど、現役の花商生がタゲられて金巻き上げられてさ。何人かオレに泣きついてきたわけ」

 面倒くさそうに語る清高を、宮脇は意外な思いで見つめた。
 先日ファミレスで話した時は「アタマ張るなんて柄じゃない」と何度も否定していたくせに、下から助けを求められたら動くらしい。
 宮脇は、チャラチャラしている人間は男でも女でも好きになれないが、目の前のいかにもナンパそうな男は思ったより侠気があるのかも知れないと、少し見直す気になった。

「それで一人でカチコミかけたんか」

「まさか! 平和的に解決したよ」

「どないして?」

 清高は磨いていたチェーンを一旦作業台に置いて、指にはめていた細い銀の指輪を外した。
 何のつもりかと首を傾げる宮脇の前で、清高は長細い指を滑らかに動かし、指輪を生き物のように操ってみせる。銀の輪は指から指へと移動して、清高が手首を返す度に消えてはまた現れた。
 変幻自在の手技に宮脇は目を瞠る。

「手品か?」

「そう。オレこういうの得意なんだ。麻雀も、燕返しまでは無理だけど、盲牌して欲しい牌を積み込むくらいはできる。瞬間記憶が良いからカード覚えたりすんのも得意。だから、素人の胴元から有り金むしるくらいはできちゃうんだよねえ」

 清高は立ち上がって見せつけるように両手をひらひらと翻し、宮脇の前へ握った拳を差し出した。

「ハイどうぞ」

 思わず手のひらを差し出すと、その上にキレイになったチェーンと銀の指輪が落ちてくる。

「おい、お前スゴイやないか! これで飯くえるんちゃうか!?」

 大げさに驚いて目を輝かせる宮脇に、清高は苦笑して肩をすくめた。

「そんな大した手品じゃないよ。飯の種になるほどじゃない」

「そうなんか。ほな手品でイカサマしたんがバレて狙われてるんか?」

「いや、オレは素人胴元にバレるようなヘマしねえ。あっちが下手なサマやってたから、裏かいて普通にバカ勝ちしただけ。で、勝ちすぎてインネンつけられた。下の子達がむしられた分取り返したら大人しく帰ろうと思ってたのに、クソみてーな脅しかけられてムカついたから、胴元の金谷とその取り巻き全員ボコったんだよね。それで、勝った分と手数料分きっちりお支払い頂いて、二度と手ぇ出すなって念押して、そんときはそれで収まったんだけどさあ……」

 清高は参ったと両手を上げて、首を項垂れさせる。

「金谷の野郎はバカだから、付き合いのある半グレ相手に賭場荒らされたのを愚痴ったらしいのよ。そんで今度はゲーム賭博じゃなくて、半グレから仕入れたクスリの小売りに手ぇ出したらしいんだわ。ああ、そうだ。今センター街ちょっと危ねーし、警察も警戒してるから、変に近づくなって岩瀬川でも周知しといて」

「おい、ちょっと待てや。それお前は大丈夫なんか?」

「大丈夫じゃないぃ~!」

 突然、清高は情けない声を上げ、カウンターに突っ伏した。

「金谷の野郎、オレを騙って方々で悪さしやがって、オレ今評判最悪になってんの! シメてやりたいけど、金谷の店は半グレに占拠されてるから近寄りたくねえし、本人はどこにいるんだか尻尾出さねえんだわ」

「お前の悪評流して回ってるんは、半グレとは違うんか?」

「違う。アイツらはそんなつまんねー事はしねえ。むしろオレのことスカウトしたがってる」

「スカウト?」

「そう~。オレさあ、金谷のせいでこの辺では遊びづらくなったから、こないだちょっと離れたとこのクラブ行ったわけ。そしたら変な女に言い寄られてさ。適当言って逃げたけど、あの女、半グレチームの女なんだよ。ハニトラってヤツ? アイツら金谷使ってオレの評判落とさせて、孤立したとこをヘッドハントするつもりなんだ。自分で言うのもなんだけど、オレ頭良いし口回るから、知能犯罪向きじゃん? ……絶対やんないけどっ!」

 顔を伏せたままわーっとまくし立て、清高は「も~嫌だっ!」と叫んだきりぷっつり動かなくなった。

 宮脇は聞いた話をゆっくり整理し、

「ほな、お前は下級生守るために金谷をシバいただけで、ワシの妹にちょっかい出したんは金谷っちゅー事か」

 と太い首を捻った。

「うん……まあ、アンタに関係するとこだけ抜き出すと、それで合ってる」

「ほんで、わざわざ今日ここを指定したんは、金谷とつながっとる半グレのシマやと監視されてる可能性があるからか?」

 カウンターに伏せたままの黄色い頭が微かに頷き、

「……こんなこと頼める義理じゃねーけど、岩瀬川は今まで通り中立保ってくれると助かる。この上、学校同士で揉めたらキャパオーバーで死んじゃうから……」

 と、くぐもった声が聞こえた。素直に助けてくれと言えば良いのに、と宮脇は金髪頭に片手を乗せる。

「頼まれんでもウチは最初から中立や。揉める気もない。せやけど個人的に気が収まらんから、金谷をシメるときは呼んでくれ。ワシがボコる」

 そう言ってパサつく金髪を軽く引っ張ると、小さな頭がもぞりと動いて自分の方を向いた。切れ長の目で見上げられて、宮脇は慌てて髪から指を離す。

「金谷ボコすのは良いんだけどさ、バックにいるのに目をつけられたら面倒よ?」

「知るか! ワシは妹を怖がらせたヤツをブン殴る。それだけや!」

 宮脇がドンと拳でカウンターを叩くと、清高は眩しげに目を細めた。

「わ~ぉ、シンプル~」

「喧嘩はシンプルな方がええんじゃ。ゴチャゴチャ考えとったら負ける! ほんで金谷はどこにおるんや!? 今から奇襲かけに行こうや」

「はは、血の気が多いねえ……」

 清高はカウンターに頬を着けたままフニャリと笑う。

 宮脇の、外見から予想できる通りの率直さが良いなと思った。
 駆け引きも隠し事もなさそうで、会ったばかりなのに共闘して背中を預けても良いと思える。味方にすれば頼もしく、敵に回せば手強い相手だ。
 それに髪に触れてきた手の平がとても良かった、と清高は胸の底でポツリと思う。大きくて温かな手の平だった。もっと撫でてくれても良かったのに。

 誘う意図を持って細めた目で見上げると、宮脇はイカツイ顔に困惑を浮かべて一歩後ろへ下がる。

「なんやねん。変な顔すんなや……」

「変な顔じゃねーし」

 清高がカウンター越しに手を伸ばした時、出入り口に二人組の客が現れた。
 どちらもスケーター風のだぼっとしたファッションの若い男だ。キャップとニット帽を目深に被っているせいで人相がうかがえない。

「あ~、スンマセン。今日はクローズなんですよー」

 清高はすかさず愛想笑いを浮かべてカウンターから声を掛ける。
 キャップを被った男はそれを無視して、タイル張りの床にガムを吐き捨て、

「アンタ、キヨタカさん?」

 とニヤニヤしながら問いかける。

「あ゛?」

 清高は一声唸るやいなやカウンターを跳び越えて、ガムを吐いた男の顔面を殴りつけた。宮脇は清高の鮮やかな先制パンチに目を丸くする。加勢する暇もなかった。血の気が多いのはオマエの方だろうと言いたい。

「ギャッ!」

 悲鳴と同時に吹き出した鼻血が床に飛ぶ。殴られた男がたたらを踏んでしゃがみ込み、仲間の男が青ざめて一歩後ろに下がった。
 清高は鼻を押さえている男の胸ぐらを掴み上げて立ち上がらせ、

「オレがキヨタカだったら何だよ? あ? テメーになんか関係あんのか?」

 と凄む。

「ね、ねぇっす! オレ、ヨウジ君から伝言預かってて……!」

「あん? 伝言預かってたら人様の店の床汚していーんか? 話する前に床拭けや!」

 清高は掴み上げている男の腹に容赦なく膝蹴りをいれた。受け身もとれずに地面に倒れた男は、背中を丸めてえづく。

「おーい、オレは拭けっつったぞ? 余計床汚して何してんの? 掃除もできない無能なの?」

 床に這った男の頭を踏みつけていると、棒立ちで青ざめていたニット帽の男が、慌ててしゃがみ込み、自分の着ているシャツの裾で汚れた床を拭いた。最初に相方が吐き出したガムも拾ってポケットに入れている。

「スンマセン! オレら小遣いもらって伝言持ってきただけで、店を汚す気とか無かったんす……!」

「は? 伝言? 頭湧いてんのか? テメーで来いって金谷に言っとけ!」

「ちち、違うんす! ヨウジ君、キヨタカ君に謝りてえって言ってて。ヨウジ君今大変なんすよ。家も店も乗っ取られちゃって、サシムラさん達に監視されてるから自由に動けなくて……」

「だから?」

「だ、だから、キヨタカ君に話聞いて欲しいって言ってて! 長山公園の展望台のとこに夜八時に待ってるからって……」

「んなモン行くわけねーだろ、バカかお前ら。帰れ!」

 清高は呆れたように溜息をつき、両手を振って二人の男を追い出しにかかる。ニット帽の男は、まだ腹を押さえている相方を背中に庇って、店の入り口に土下座した。

「来てもらわねーと困るっす! キヨタカ君に来てもらわねーと、オレらもサシムラさんに殴られるんすよ!」

「おいおい、オレを呼び出したいのは金谷じゃなかったのかよ」

 清高が指摘すると、ニット帽の男はアッと言って口を押さえた。キャップの男が後ろからニット帽を小突いている。

「も~イイや、お前らじゃ話になんねえ。帰ってくれる?」

「でもっ……!」

 なおも言いつのろうとニット帽が土下座の顔を上げた瞬間、清高は相手の顎を足の甲でで蹴り上げた。

「ギャッ」

 相手は後ろに居た相方と一緒に戸口から外に転がり出る。外は人通りの少ない細い路地だ。
 清高が威嚇するように首を捻りつつ外へ出る。宮脇も指を鳴らしながらその後ろに続いた。

 使いっ走りの二人組は

「長山公園今夜八時っす! たのんます!」

 とわめき、駅の方へと後ずさる。

「ウッセ! 二度と来んな!」

 清高が一喝すると、二人組は脱兎の如くに逃げ出した。


「どうすんねや、行くんか?」

 それまで黙って大人しく成り行きを見まもっていた宮脇が問いかけると、清高は鬱陶しそうに垂れた前髪を掻き上げ、

「どう考えても罠でしょ。行きたくねえけど」

 と溜息をつた。

「金谷が尻尾出さんのは、サシムラとかいう半グレが匿ってるからか」

「……みたいだね。もう放って置きたいけど」

「そうはいかん。お前が行かへんのやったら、ワシが行く」

「なんでよ? アンタ関係ないでしょ」

「ある! ワシの妹に手ぇ出したんは金谷やろが。アホはのさばらしたら調子に乗る。ガツンとシメたれ」

 手の平に拳を打ち付ける宮脇を、清高はちょっと目を細めて見上げた。

「……良い男だねえ。オレもアンタみたいに真っ直ぐ生きられたら良いなあ」

 褒め言葉と受け取るには意味深な言い方に、宮脇はどう返して良いか分からず、太い眉を数度動かして口をへの字に結んだ。
 清高は宮脇が困っているのを愉快そうに眺めてちょっと笑い、

「じゃあオレも行くかあ!」

 と両手で伸びをした。

「店番はどないするんや?」

「ああ、別に開けてても閉めてても良いような店なんだよ。売り上げはほとんど通販だし、今日オーナー居ないから新規の注文も受けらんないし。戸締まりだけするから、ちょっと待って」

 清高はそう言って店の中へ戻り、どこかへ短い電話をかけてから「お待たせ~」と店のシャッターを下ろした。

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