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たまむし

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【二年前】接近.1

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「遊ぶて言うてもな……」

 宮脇は自宅のささくれた畳に寝転がり、ひび割れたスマホの画面をなぞってボソリと呟いた。
 清高に指輪を返しに行った日から一週間近く過ぎ、自転車はもうとっくに修理済みで駐輪場に戻してある。

 あの時、別れ際に言われた「遊びに行こう」は単なる社交辞令だと思っていたが、今スマホの画面には

『土曜ヒマ?』

 という清高からのメッセージが表示されている。
 幸いなのか、あいにくなのか、土曜はバイトが入っていない。他の予定もないし、一日ヒマだが、共通点などないように思える清高と自分で、一体どこへ遊びに行くというのか。

 画面を睨んだままどう返事をしようか迷っていると、着信音が高らかに鳴り響いた。

「おわっ!」

 慌てて起き上がって通話ボタンを押す。

『今いい?』

 清高の声だ。

「ええけど。なんやねん。今返事しよと思ってたとこや」

『しゃべった方がはえーじゃん。それで土曜はヒマ?』

「ヒマっちゃヒマやけど」

 ストレートに返事をするのが癪で言葉を濁す。清高は気にした風もなく、

『じゃあどっか行こうぜ。金ある?』

 と聞いてくる。

「ない。どっかて、どこやねん」

『ないか~。じゃあ奢ってやるからさ、駅で十一時に待ち合わせで』

 清高は一方的にそう宣言して、プツリと通話を切った。宮脇は沈黙したスマホを睨んで鼻の頭に皺を寄せる。

「勝手すぎやろ! ホンマなんやねんアイツ……」

 清高には調子を狂わされっぱなしだ。
 アイツは、宮脇の知っている人間関係のどれに当てはまらない。
 顔見知りと言うには親しすぎるが、友達と呼ぶほど近しくはない。しかし敵対していないのでライバルでもなく、仲間というのも何か違う。喧嘩っ早い事以外の共通点がない。

 ツルんで遊ぶイメージが一切湧かなくて困るが、また会えるのは少し嬉しかった。存外あの男が気に入っているのかも知れないと気付いて、宮脇は困ったような擽ったいような気持ちになった。




 約束の土曜日は、よく晴れた。
 深く息を吸っても、もうキンモクセイは香らない。ただひんやりと埃っぽい空気が肺を満たすだけだ。

 駅前で誰かと待ち合わせるなんて初めてじゃなかろうか、と宮脇は落ち着かない気分で足踏みする。朝から落ち着かなさすぎて、待ち合わせより大分早く着いてしまった。
 どこへ行くとも聞かされなかったので、着ているのは量販店で買った黒いジャージと通学用のスニーカーだ。スマホとぺしゃんこの財布が入った尻ポケットが重い。

 十一時を五分ほど過ぎて現れた清高が、自分と同じような緩いズボンとパーカーにサンダル履きだったので、宮脇はなんだかホッとした。

「よう、待った?」

 ダルそうに片手を上げる。清高は何故かひどく疲れている様子で、元々白い顔には血色が薄く、下瞼にはクマが浮いていた。

「待ってはない。どこ行くんや」

「どこ行くかねえ。宮脇なんか良いとこ知らね?」

「知らん。なんやねん、お前! 人のこと誘っといて計画ないんか」

「良いねえ、そのツッコミ。元気出るわ。とりあえず飯食おうぜ、腹減った」

 清高はそう言って国道の方へ歩きだす。仕方なく宮脇もその後を追った。


 特に会話もないまま国道沿いをブラブラ歩いて、駐車場ばかりが広いラーメン屋に入る。美味くもマズくもない、ごく普通の中華ソバを出すタイプの店だ。場所柄トラック乗りの客が多いから、麺の量だけは充実している。

「おい、お前の奢りなんやろな? わざわざ銭払ろて休みの日に食いに来るような店ちゃうやろ」

「ああ、うん。奢るよ。トッピングつけても良いし、餃子も頼んで良いよ」

 やはり清高はどこか上の空で、気怠げだ。食券販売機に万札を無造作に突っ込む清高に若干驚きつつ、宮脇は遠慮なくチャーシュー麺大盛りに味玉付きのボタンを押した。

 狭いテーブルで額を突き合わせんばかりにしてラーメンをすする。
 宮脇はあっという間に食べ終わってしまったが、清高は食が進まない様子だ。

「なんかあったんか?」

 元気のなさが気になってそう聞くと、清高は

「姉貴が子連れで帰ってきて寝不足で参ってる」

 と溜息をついた。

「姉さんおるんか」

「そう。十歳年上。恐怖の大王。台風の目。最強最悪の災害。オレが中学の時に出て行って、やっと平和になったと思ったのに、なんかいつの間にか知らねえ男とくっついてガキこさえてたみたいでさ。産んだばっかなのに、男とつかみ合いのケンカして、こっち帰ってきてんの」

「つかみ合いのケンカ……」

「姉貴は腕掴まれてアザができた程度だけど、仕返しに酒瓶で殴ったって言ってた。何が原因かは知らねーけどヤバくね? 生後二ヶ月の赤ん坊抱いて、ダンナを酒瓶で殴打するってさ……。それが帰ってきてんの。ダンナが頭下げて迎えに来るまで絶対帰らないって」

 想像を越える話に、宮脇は餃子に伸ばした箸を落としかけるほど驚いた。宮脇が親しく知る女性は、父にやられっぱなしで泣いていた母と可愛い妹の良子だけだ。どっちも酒瓶を振りかざす姿は想像できない。

「帰ってきてからオレんち完全に姉貴の天下でさあ。オレなんか奴隷以下。部屋も赤ん坊に取られてリビングのソファで寝てんの。そんでさあ、赤ん坊って泣くんだよ。夜中ず~~~~~っと泣くの。オレ元々眠りが浅いし寝付き悪いから、全然寝れねー。眠くて死にそう」

 清高は一息に吐き出すように言って、大あくびをした。整った歯並びに尖った犬歯が目立つ。

「姉貴とガキがいるから、家にいたくねーの。でも一人でぶらつくのもつまんねーから宮脇に声かけた。有香は姉貴にべったりだし、オレあんま友達いねーからさ……」

 迷惑だったらゴメンと軽く両手を合わせる清高に、宮脇は

「別にかまわんけど、ぶらつくって言ってもなあ。ワシ金ないし」

 と腕組みして唸った。

「どこでもいーよ。普段何してんの?」

「バイトか……たまにバッティングセンターとか……」

「バッティングセンター!?」

 何がツボにはまったのか、清高は腹を抱えて笑い出す。

「マジかよ、シブすぎんだろ! 良いな、行こうよバッセン! オレ野球やったことないけど!」


 やたら乗り気の清高に押されて、なんだか良く分からないまま近くのバッティングセンターに行くことになった。

 古びた施設は閑散としていて、常連ばかりが黙々と球を打っている。清高の目立つ金髪にチラチラと視線が集まるが、本人は気にした様子もない。

「ほんでお前は打たへんのんかい!」

 借りたバットでワンゲーム分打った後、宮脇が後ろを振り返ると清高はベンチに横たわって目を閉じていた。パーカーのフードを被った清高の頭を平手ではたくと、

「ねみーのよ。寝かして……」

 と消え入りそうな声が返ってくる。

「アホ。こんなことで寝るなや、風邪引くぞ」

「うう……」

「カノジョの家行って寝かしてもらえや」

「有香んち、オレんちの隣……戻ったら姉貴に見つかる……」

「どんだけヤバいネーチャンなんや。ほなオレんち来いや。オカンと良子帰ってくるまでやったら、寝ててええぞ」

 言った途端に、パチッと清高の目が開いた。

「マジで?」

「おう。こんなとこで中途半端に寝るよりなんぼかマシやろ」

「助かる~!」

 清高はヒョイと起き上がり、選んだだけで使わなかったバットを返却ボックスに投げ込んだ。


「最初から家で寝かしてくれて言うたら良かったんやんけ」

 バッティングセンターを出て、両手をポケットに突っ込んだまま歩く宮脇が文句をつけると、清高は

「やー、それはなんか図々しいかなって。オレなりの遠慮があるんだけど」

 とサンダル履きの踵をズルズルと引きずりながら笑う。

「遠慮される方がめんどくさいわ。友達やろが」

「あれ、友達でよかったっけ?」

 並んで歩いていた清高が足を止めて首を傾げる。宮脇はちょっと考え込み、

「友達やろがい」

 と答えて足を速めた。

 言ってから気付いたが、清高と『友達』になれるのはなんだか気分が良かった。
 自分には知り合いや仲間は沢山居るが、利害も上下関係もない友達は、ほとんどいない。というか、この町に引っ越して以来、誰とも馴染まずケンカばかりしていたから、実質初めて友達になりたいと思ったのが清高なのだ。

「そっか~友達かあ~」

 半笑いで言う清高にムカついて、金髪を片手で掴んでつり上げるようにすると、

「イテテテ! 友達に暴力振るうのはダメだぞ!」

 と笑われた。

「ウッセ!」

 そのままヘッドロックをかけると「ギブギブ!」と前腕をタップされる。子どものようなじゃれ合いが存外楽しくて、宮脇は歯を見せて笑った。

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