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たまむし

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【二年前】救出

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 岩瀬川工業高校の三階にある自習教室は、不良のたまり場になっている。
 もうとっくに卒業した誰かが置いていった麻雀卓が真ん中に置かれていて、暇を持て余した生徒が賭け麻雀でジュースや購買のパンをやり取りするのだ。現金のやり取りはトラブルの元になるので禁止。だから博打と言っても可愛い物だ。
 その可愛い博打を半荘打った宮脇は、賭けていたコロッケパンを巻き上げられ、不機嫌も露わに席を他に譲った。

 勝負で暑くなった頭を冷やしたくてベランダに出ると、冷たい雨が降り出していた。日没はまだのはずなのに、空は暗い。
 宮脇は手摺りに寄りかかって、ポケットから取り出したスマホを見る。数日前に清高に送ったメッセージは未読のままだった。あまり頻繁にやり取りしていたわけではないが、メッセージを送ればその日のうちにスタンプの一つくらいは返してきたマメな男が、既読もつけないのはおかしい気がする。
 宮脇は何度か画面上で指をためらわせ、えいやっと気合いを入れて通話ボタンを押した。数回のコールとしばらくの沈黙の後、

「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……」

 という無機質なアナウンスが流れてくる。諦めて通話を切ったが、どうにもすっきりしない気分だ。

 ひび割れた画面を見つめて溜息をついていると、

「ミヤさん、彼女っすか?」

 と背後から軽薄な声が聞こえた。同じ学年の竹本という男だ。ケンカは弱いがフットワークが軽くて情報屋のような事をしている。同い年なのに、宮脇にはなぜか敬語で話しかけてくる。

「違う」

「またまたあ! 最近ミヤさんモテ期だって噂っすよ! 今も校門のとこにイケてる女が立ってて、『ミヤワキって人いる?』って聞いてましたよ」

「はぁ? 誰や、そいつ」

「や、オレは知らねえっすけど、真っ黒な髪の毛をビシーっと短くして真っ赤なリップ塗った韓国アイドルみたいなキレーな子っす! めっちゃオレの好みのタイプっす」

「お前の好みは聞いてない。どこのガッコや」

「コート着てたんで制服はわかんねえんすけど、カバンが花商のヤツっぽかったスね」

 パッと脳裏に清高の顔が浮かび、その後ろに彼が連れ歩いていた女子の顔が浮かんだ。黒髪を短く切りそろえた美人。アリカと呼ばれていた子だ。
 宮脇に用があるなら、清高から連絡先を聞けば良いのに、わざわざここを訪ねてきたと言うことは、何かそれなりに切羽詰まった理由があると言うことだ。

「アホ!それを早よ言え!」

 宮脇は竹本の頭を平手ではたき、カバンをひっつかんで駆けだした。大慌てで昇降口に向かい、靴を履き替えて傘も差さずに校門へ走る。

 半分閉まった門扉の側で、黒い傘を広げて立っているのは、予想通り山上有香だった。有香は宮脇に気付いて片手を上げる。

「キヨから連絡来てない?」

 声の聞こえる距離まで来ると、一言目から本題を切り出された。

「来てない。何かあったんか?」

 宮脇が首を振ると、有香は表情を硬くする。

「家にも学校にも顔を出してない。電話もつながんない。もう三日目よ。もしかしてアンタには連絡してるかもと思ったんだけど、知らないなら良い。手間取らせてゴメン」

 囁くように早口で言って、有香は帰っていこうとする。宮脇は思わずその肘を掴んだ。

「待てや! 探すんやったらオレも一緒に行く。一人やと危ないやろ」

「馬鹿にしてんの?」

 有香は元々キツい目をつり上げて宮脇を睨む。

「違う。オレも気になってるんや。土曜に会った時、アイツ原田のとこへ行くって言ってた。原田はちょっと危ないんちゃうかて指摘したら、エラい怒って帰ってしもたんや。そっから家へ帰ってないんやったら、原田のとこにおるんやろ。あそこへアンタ一人で行くのは危ない」

「原田!」

 有香は吐き捨てるようにその名を口にした。

「最悪! だから早く別れろって何回も言ったのに!」

「……キヨと原田はどういう関係なんや?アイツ、カタギとちゃうやろ」

「カタギはカタギよ。少なくとも、原田竜弥って名前は指定暴力団の関係リストには載ってない。だからキヨがアイツと付き合ってても、アタシは何にも言えなかった」

「ああ、アンタの父親が刑事なんやっけ?」

 宮脇が聞くと有香はこくんと頷いた。

「アイツ、淫行条例に引っかからないように、キヨが中学卒業するのを待って手を出した。キヨは自分が誘ったって言ってるけど、そんなの良いように仕向けられたに決まってる。金はバイト代として渡してるし、法律には一つも引っかからない。薄汚いやり方……」

 有香は黒い傘で顔を隠し、早口でまくし立てる。

「え? は? 淫行? 付き合うってそういう……?」

 思いもよらない情報だ。宮脇は驚きすぎて、目と口をポカンと開けたまま固まった。
 清高の整った顔貌が脳裏を過り、細長い指の冷たい感触が手の平によみがえる。薬指にはまっていた銀の指輪。
 そういうことかと酷く落胆し、その後にカッと怒りがわき上がってきた。

「アカンやろ! それは! アイツもアホなんか!?」

 思わず大声で怒鳴ってしまうと、有香はますます俯いた。宮脇の視界には黒い傘だけが見えている。冷たい霧雨が降りしきり、黒い傘の表面を次々に流れていく。

「アタシのせいなの……」

 雨音に消えそうな声で、有香が絞り出すように呟いた。

「え……?」

 怒りと嫌悪感で震えていた宮脇は、意表を突かれて眉を寄せる。有香は傘で上半身を隠したまま、懺悔するように続けた。

「アタシが、キヨを泰巳さんの代わりにしたの……」

「やすみ? 誰やそれ?」

「キヨのお姉さん……似てたの、すごく、キヨと泰巳さんは。アタシは泰巳さんが好きで、大好きで……どうしても泰巳さんが欲しかった。でも泰巳さんはアタシの事なんか見てくれない。キヨは優しいから、『代わりにして良いよ』って言ってくれた。それで、アタシが」

 有香は罪悪感からか、清高の秘密にしていたことまで全て話してしまいかねない勢いだ。

「待ってくれ! それはワシに聞かせてエエ話なんか!?」

 宮脇は堰を切ったように言葉を溢れさせる有香を慌てて止めた。

「……っ! ごめん、聞きたくないよね……」

「ワシが聞きたいかどうかは関係ない。詳しく聞く気はないけど、アンタは自分のせいでアイツが男に走ったと思ってて、それに責任感じてるんやな?」

 有香は宮脇の言葉にコクンと頷いた。

「ほんで、原田はロリコン……ちゃうな、キヨは男やもんな……なんか知らんけどとにかく変態のクソで、今もそいつんとこにおるかもしれんのやな!?」

 言いながら、原田の蛇のような目を思い出して、宮脇は怒りで震えた。自分が怒るのは筋違いのような気もするが、どうにも腹の虫がおさまらない。有香は目に涙を溜めて頷いている。

「よし、ほな今から原田のとこ行こうや!」

 宮脇が拳を手の平に打ち付けて宣言すると、有香は驚いた顔を見せた。

「アンタ、原田のいるとこ知ってるの!?」

「工場町の線路沿いのとこやろ? 一回行ったことある。アンタは知らんのか?」

「……霞町の方だって事しか……」

 有香はそう言って再び俯く。

「ほんならアンタは一緒やないほうがエエな」

「なんでよ!?」

「なんでて、キヨはアンタを巻き込みたくないから、今まで教えへんかったんやろ」

 清高は「原田はカタギだ」と言い張ったが、どこかでやはり危ないと分かっていたのだろう。だからこの子には店の場所を教えなかった。宮脇にはそう思えた。

 有香は悔しそうに真っ赤に塗った唇を噛んで俯いている。しばらく霧雨の音が聞こえるくらいの静寂が二人の間に落ちた。

 やがて有香は泣きそうに歪んだ顔を上げ、

「分かった……なんか様子がおかしかったらすぐ連絡して。ヤバかったらすぐ警察呼んで」

 とスマホを差し出した。素早く有香と連絡先を交換した宮脇は、

「まかせとけ。アンタは気をつけて帰りや!」

 と一言言って、自転車を取りに校内へ駆け戻った。


 暗くなり始めた路地を古びた自転車で飛ばす。ペダルを踏むたび頼りなく揺れるヘッドライトが濡れた路面に反射する。霧雨は止んで、冷たい風が吹き始めていた。
 冷え込んできているせいか、沸々と腹の底から湧き出す怒りのせいか、小刻みに吐き出す息が白く尾を引く。
 宮脇は猛烈に腹を立てていた。
 カタギと思えない男と火遊びした清高に対しても、それを何年も見逃し続けた有香に対しても、清高に手を出した原田に対しても、焼けつくほどの怒りを感じる。
 部外者の自分がこんなに怒る理由は分からない。でも清高に関わる全部に腹が立っていた。

 宮脇は単純な人間だ。
 納得行かないルールには従わず、納得したルールには徹底的に従う。殴られたら殴り返すし、助けられたら助け返す。
 清高とは友達になったのだ。友達が窮地におちいったら助けに行く。宮脇のルールではそういうことになっている。だから、自分は清高を助ける。助けた後で殴る。腹が立つからだ。殴った後に友人関係を続けるかどうかは、その時考える。

 苛立ち任せにどんどん自転車を漕いでいくと、いつかの夜に清高と出会った公園が見えてきた。植え込みの角を曲がるとすぐに目的の店に着くはずだ。しかし袋小路の端まで来ても、小洒落た照明に照らされたガラスのドアは見当たらなかった。
 宮脇は足を緩めて自転車をUターンさせ、ゆっくり来た道を戻る。注意して建物を見ていくと、ようやく目的の店に気がついた。地面まで下りたシャッターには屋号もロゴも入っておらず、店先を照らす照明もない。そのせいで見逃してしまったようだ。
 宮脇はジャンパーのポケットからスマホを取り出し、有香にかけた。コール一回で繋がる。

「今、店の前やけど、シャッター閉まっとるわ」

 言いながら取っ手に手をかけて揺らしてみる。鍵がかかっているようで動かない。ご丁寧にシャッターガードまで取り付けてあった。

「開かへん。誰もおらんみたいや。他に心当たりの場所ないか?」

『ない。アタシ泰巳さんに連絡して、捜索願出してもらう。パパにも一応知らせるから、そこの住所教えて』

 電話の向こうの声は硬く強ばっていた。

「霞町2-5。店の名前は書いてないから分からん。トタン張り二階建ての長屋みたいな店や」

 宮脇は近くの電柱の住所表示を見て伝える。首元を風が吹き抜け、思わず肩をすくめる。通話口から遠ざかった耳に、すぐ近くでガラスが割れたような音が聞こえた。

『わかった。アンタはもう家に戻って。何か分かったら連絡する───』

「ちょっと待て。今なんか聞こえた!」

 話を切り上げようとする有香に声を掛け、宮脇はスマホを通話状態にしたままシャッターの前に戻った。

「おい! 中に誰かおるんか!?」

 シャッターに口がつくほど近寄って大声を出すと、コツコツと音が返ってくる。宮脇は素早く回りを見回した。人影は一つもなく、手助けは期待できそうもない。

「おい! 有香、警察呼べ! 誰か中におる!」

 スマホに向かって叫び、宮脇はシャッターガードを蹴って外した。防犯には役立たないガードを取り付けてある理由は、中に閉じ込めた人間が外に出るのを邪魔するためだとしか思えない。
 宮脇は外したガードを放り投げ、シャッターの取っ手に手をかけた。
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