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第8話
しおりを挟む「僕と結婚してくれないか?」
風に乗って聞こえたその言葉に、私は咄嗟に木の陰に隠れた。
ここはパトリック伯爵邸の庭園。
うちより倍はあろうかという庭には数多くの花々と、青々と生い茂った樹木により、緑色の風が吹いている様だった。
私は急にハロルドに呼び出された。理由は会って話すからと言われていたが、ハロルドに会うのは久しぶりだ。私は逸る気持ちからか、早めに屋敷に到着してしまった。浮かれる自分につい苦笑してしまう。
約束の時間までにはまだ三十分程あったのだが、玄関先で少し躊躇っている私に、顔見知りのメイドが声を掛けてくれた。
あのメイドには何の悪意もない。ハロルドを庭で見かけたと教えてくれただけだ。きっと、この状況を彼女も知らなかったのだろう。玄関から庭に周って辿り着いた先には信じられない光景があったが、それはあのメイドのせいじゃない。
私は木の陰に隠れながら、胸の痛みを抑えきれずにしゃがみ込んだ。
あの声、あの姿は間違いなくハロルドだ。そして、ハロルドがプロポーズしている相手……それは……
「私はハロルド様と結婚したいわ。だってずっと大好きだったんですもの。でも……良いの?お姉様の事は?」
口ではそう言いながらも、喜びの色を隠せない……妹のナタリーだ。
「今の状況じゃ、エリンはストーン伯爵家を離れられないだろ?もうあと二ヶ月程で卒業だって言うのに、これじゃあ結婚どころじゃない」
「でも……その間にお父様が目を覚ましたら?お兄様が戻って来たら?そしたら、やはりハロルド様はお姉様を選んじゃうんじゃないの?そんな事を言われたら私……」
ナタリーの甘えた声が耳障りだ。
このまま耳を塞いでしまいたいのに、ハロルドの答えに期待してしまう自分が居る。
『そうなったら、もちろんエリンと結婚するよ』と。
「エリンを選んだのは僕じゃない。父だ。家柄も丁度良かったしね。だが、彼女は何ていうか…、真面目過ぎてつまらない。それに……歳のわりに地味だしね。僕の好みはもっと華やかで可愛らしい女性さ。そう、君みたいな……僕の気持ちは君だってもう分かっているじゃないか」
「ウフフ、本当?……嬉しい。お姉様より私を選んでくれて」
私は今にも気を失うのではないかと思う程に、胸が苦しくなった。息をするのを忘れてしまいそうだ。
もうここには一秒だって居られない。
私は直ぐ様、立ち上がって走り出した。嫌だ!嫌だ!もう二人の話を聞きたくない。二人に見つかったって構うもんか。
草を蹴る私の足音が緑の風にかき消される。
「!!エリン!!」
私に気づいたハロルドの声が聞こえるが、私は振り返る事も立ち止まる事も出来なかった。
何故だか振り返ってもいないのに、ナタリーの勝ち誇った様な顔が見えた気がして、私は走りながら振り払う様に頭を振った。
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