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scene・34
しおりを挟む赴任先での仕事は言語で伝えるのが難しい微妙なニュアンスに苦労したり、慣習の違いから、些細な行き違いが起こったりと、慣れるまでは毎日が苦労の連続だった。
最初の1年は怒濤の勢いで過ぎていった。
仕事と滞在先の部屋との往復だけの日々。他の事を考える余裕もなかった。
しかし、私にはその忙しさが有り難かった。余計な事を考えなくて済む。
少し余裕の出来た2年目。仕事で成果を出せるようになった3年目を経て、ここでの立場が1つ上がった4年目のある日、私に日本の本社へ戻るよう辞令が渡された。
「日本に?」
「ああ、向こうでは課長として君を迎えたいとそう言ってる。頑張ったな、轟」
部長はそう言うと、私に握手を求めた。
私はその分厚い手を掴みながら、
「私、まだ係長になったばかりですよ?」
と、戸惑う。
「お前のここでの成果が認められたんだ。有り難く受けとれ」
と私は辞令を渡された。
「主任……じゃなかった、轟課長~!」
空港に降り立った私に見覚えのある顔が満面の笑みでこっちを見ながら大きく手を振っている。
その大声に、周りが遠巻きに彼を見ている様が伺えた。
……目立っている……恥ずかしいじゃないか。
しかし、3年以上経っても変わらない彼に、どことなく安心してしまう自分が居るのも確かだ。
「柿原くん、久しぶり!元気……そうね、見たところ」
私が笑顔で彼に近づくと、
「元気っすよ!しゅ……課長もお元気そうで。見送りの時は空港に来れなかったですからね!お出迎えぐらいはちゃんとしないと」
と彼は白い歯をみせた。言葉遣いは変わってないらしい。
「ちゃんと……って。別に何処で出迎えてくれても嬉しいわよ」
と私が笑えば、柿原くんも笑った。
彼は私の荷物を持ち、2人して会社へ戻る。約3年半ぶりだ。
会社でもたくさんの上司や同僚、初めましての後輩までが出迎えてくれた。
……ちょっと大袈裟じゃない?
しかし、懐かしい顔を見ると私も自然と頬が緩んだ。
やっと帰ってきたんだな……そう実感する。
私は一頻り歓迎を受けた後、疲れているだろうから、と帰宅を促された。
家の鍵を友人に預けていたので、たまに換気をしてくれている筈だが、どうなっているだろう。
主の居ない家は急に傷むというから、若干不安だ。
私は『家までタクシー使えよ』という上司に曖昧な返事をして、バス停に向かう。別に節約したい訳ではない。
前と同じ行動をしてみたいだけだ。
「あー。結構待つなぁ」
私が使っていた路線のバスは、少し前に出発したばかり。次まで待つのは少し面倒くさい気がする。
「……歩くか」
と私は独り呟いて、我が家に向かって歩き始めた。
いつものようにショートカットの為、公園を突っ切る。
公園はいつもより閑散としていて、スーツケースのゴロゴロの音がやけに大きく響く気がした。
するとそのゴロゴロの合間を縫って、どこからか歌声が聴こえてきた。
「この歌……」
私は思わず早足になった。
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