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scene・33
しおりを挟む私は私で、自分の海外赴任の準備に追われる。
あちらで使う物を梱包していく。家具はついている部屋だと言うから、必要なのは洋服ぐらいか。
私は段ボールに洋服や靴を詰めながら、ふと棚に飾ってあるガラスのイルカに手を伸ばした。
「あなたは連れて行けないわね……この家で私の帰りを待っててくれる?」
とはイルカを一撫でした。
もう私を待っててくれるのは、このイルカだけのようだ。
「あなたの片割れは元気かしら?それとも……もう捨てられちゃったかな?」
私の独り言は誰もいないこの部屋に吸い込まれていくように消えた。
「主任!主任ってば!」
私は声を掛けられふと我に返る。
「あ、ごめん、ごめん。ちょっとボーッとしてた」
私はいつの間にか隣に来ていた自分の部下を見上げた。
「な~に、雨見ながら黄昏ちゃってるんですか。でも、折角の旅立ちの日に雨って、ツイてないっすね」
という柿原くんに、私は右手に持ったスマホを操作して、
「でも、向こうは晴れだってさ」
と画面を見せた。
「でも、主任……本当に此処までで良いんですか?俺、空港まで送りますよ?」
「別にいいよ。電車に乗れば空港には着くんだから」
「いやいや、見送りって言ったらやっぱり空港じゃないっすか?こんな駅の入り口で『いってらっしゃ~い』って言うのも……ねぇ?」
……言葉遣い……結局直せなかったな。私の力不足か。
そんなやり取りをしている私達の横を、ツインテールをして、同じような格好をした少女2人がキャッキャしながら通りすぎて行く。
あ……。
「あれ、なんか凄いっすね」
と柿原君が指差すバッグ。私も実は目で追っていた。
「あれは『痛バ』推しの缶バッチとかキーホルダーで作るのよ」
と私が教えれば、
「へー主任って若い子の流行りもわかるんっすか?物知りですね!」
と柿原くんに感心されてしまった。
あの缶バッチ……『モントリヒト』の『そら』だ。
澄海は私の家を出て行った後、モントリヒトに加入した。
澄海はすぐに人気者になったようだ。
それを聞いて、私は自分の選択が間違っていなかった事に安堵した。
私は一頻り2人の背中を見送った後、
「柿原くん、もう此処でいいわ。仕事に戻って……と言っても、もう少しで終業時間ね。ここまで送ってくれてありがとう」
と声をかけて、彼が持ってくれていたスーツケースを受け取った。
「本当にいいんですか?皆、見送りに来たいって言ってたのに、主任が断るから……代表として来た俺が空港に行かないってのも……」
と柿原くんはまだ渋っていた。
「何言ってるの。空港まで来たら、それこそ残業になっちゃうじゃない!」
と私が言えば、
「見送りって仕事じゃないっすよ」
と彼は口を尖らせた。
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