理想のオトコ、飼ってます。

初瀬 叶

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婚姻届

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翌日。
検査も体調も問題なかった千秋くんは退院する事になった。

私は仕事を休んで車で迎えに行く。

千秋くんは右手首にギプスをしているものの頭の包帯は取れていた。かわりに大きな絆創膏が貼ってある。

「カッコ悪…」

「そんな事、気にしない、気にしない。可愛い顔は変わらないから」

「可愛いよりカッコいいって言われたい」

「カッコいい、カッコいい」

「…適当に言ってる」

なんだか千秋くんが拗ねている。
それとも照れ隠しかな?

「怪我、大したことなくて良かったね。
仕事は?」

「今朝、職場には電話して状況を伝えたら、明日から、左手だけでも出来る仕事させてもらえるって」

「休みじゃなくて良いの?」

「もう少し休んで良いよって言われたけど、俺が働きたかったの」

「そうなんだ。無理してない?大丈夫?」

「うん。利き手が使えないから不便だけど、痛みはそれほどじゃないし、大丈夫」

私達は車で家に向かいながら話をする。
昨日の今日だけど、肝心な話はまだ出来ない。

家に着くと、千秋くんが自分の部屋にすぐに引っ込んだ。珍しいな。
普通ならリビングでもなかと遊ぶのに。

そう思いながら、私はコーヒーを淹れる。
そうしていると、千秋くんが紙のような物を手にしてやって来た。

「ね、ね、ちょっと奏さん座ってよ」

「うん?わかった。コーヒー持っていくからちょっと待ってて」

私は2人分のコーヒーを持ってリビングのソファーに座る。

千秋くんは笑顔で手に持った紙をローテーブルに置いた。

「佐久間 奏さん。
俺を奏さんのお婿さんにして下さい」
そう言って見せられた紙は…

「婚姻届?」

「そう!」

しっかりと千秋くんの名前が書かれた婚姻届だ。いつの間に?

「これって…」

「前にさ、役所に手続きに行ったでしょ?その時についでに貰ってきたの。
いつ必要になるかわからないし。
んで、俺の名前は先に書いてたってわけ」

「じゃあ、後は私の名前を書けば良いって事?」

「そう!働き始めてすぐにホテルの上司と支配人に保証人になってもらったから」

「え?私の名前もないのに?」

「そこは2人にも突っ込まれたけど、ちゃんと一緒に暮らしてる人だって言ってるし、仕事の保証人の欄には奏さんの名前を書いて貰ってるしね」

「じゃあ、私が名前を書いたら…」

「うん。すぐに提出しに行こう!今日は丁度、大安だし」
用意周到とはこの事だ。

「待って、ちょっと早くない?」

「なんで?結婚するなら早い方が良いじゃん。
プロポーズは…ちょっと待ってて。せめてこの手が治ってからね」

そう言って右手をひらひらさせる千秋くん。

「…わかった。ちょっとペン取ってくるよ」
ここまで来たら、いつでも一緒か。
そう思って私もサインする。

コーヒーを飲んですぐに役所へ提出に向かった。

役所の人におめでとうございますと言われて、ちょっと照れる。

千秋くんは大きな声で
「ありがとうございます!」
って言ってて、更に恥ずかしくなった。

その日はケーキを買って2人でお祝いをした。
とてもささやかだけど、それでも嬉しかった。

初めて千秋くんとキスをした。
でも…

「仕方ないでしょ?手首悪いんだから」

「イヤだ~。奏さんとHしたい~。
俺、左手で頑張るから!」
泣きながら説得されても困る。

「左手で頑張ったって、右手で体を支えられないでしょ?ここまで我慢したんだから、あと2ヶ月ぐらい我慢しなよ」

「奏さんが上に乗ってくれたら出来るよ」
ボソッと変な事を言わないで欲しい。

「私は別にそこまでしてヤりたいわけじゃないから!」

「俺はそこまでしてでもヤりたいの!」
………大きな声で恥ずかしいことを言わないで!!

「じゃあ…じゃんけん!じゃんけんで決めよう」



勝敗は…

「じゃんけんって理不尽だよね。有無を言わさず従わせる感じがさ」

「文句言わないの。
ほら、お風呂入っておいで。髪の毛は私が乾かしてあげるから」

「頭洗ったり、体洗ったり、左手じゃ無理」
不貞腐れてるな。

「さっきまで左手で頑張るって言ってたじゃん。出来るよ左手で。
ほらお湯が冷めるよ」

ブツブツ言いながらお風呂に向かう千秋くんの背中を見送る。

こんなやり取りすらも愛しい。すっかり私は千秋くんの虜だ。


Hは出来なくても一緒に寝たい!という千秋くんの願いで今日から一緒のベッドに寝るが…

「やっぱりシングルのベッドに2人はキツくない?」

「じゃあ、ギューってして寝たらいいじゃん。
ほらほら奏さんもっと俺に引っ付いて!」

「…明日、仕事帰りにベッド買いに行こうね」

「俺は、この狭いベッドでいいよ~」
2人でくっついて眠る。

「……本当に結婚したんだね」

「うん。これで奏さんは俺のもの~」
…そう言ってますますギュッて抱きついてくる千秋くんを私も抱き締める。

「…お婿さんで良かったの?」

「だって、俺には家族いないし。『佐久間 千秋』も悪くないでしょ?」

「ふふっ。そうだね。…これからよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします。一生手離してあげないからね。俺の奥さん」

そう言って私達は何度も何度もキスをした。

「……やっぱりHしたい…」
その呟きを無視して私は幸せな気分のまま眠りについた。
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