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第80話
レニー様に掴まれた手首が熱い。私は無意識にその手首をさすっていた。
馬車に乗ってからも一言も発しないレニー様。しかも全く目も合わせようとしない。
体全体からは『怒ってますよ』というオーラがほとばしっているため、迂闊に私も声をかけられない。
馬車の車輪の音だけが、響く車内……居た堪れない。
アリシア様と何かあったのかしら?喧嘩したとか?
ただ……私に八つ当たりをするような人だったかしらと首を傾げたくなる。
結婚当初の彼ならいざ知らず。最近のレニー様は随分と成長なさったと感じていたのに……って、歳下の私がそんな風に考えること自体、馬鹿にしてると思われても仕方ないけれど、口に出さなければ思っていないのと同じだ。
ダンスの途中で足が止まり、顔色が悪くなった。呆然と立ち尽くすレニー様に気付いた時には、既にクラッド様が声を掛けていたっけ。
クラッド様に引きづられるようにして退室したレニー様を追いかけたが……そういえばアリシア様はあの後どうしていたかしら?
私はその時のことを必死に思い出していた。すると、急に馬車が止まる。
体が少し前のめりになるが、何とか耐えた。
御者台から繋がる窓が叩かれる。
「旦那様、護衛の者が手紙を預かって来たと」
御者の言葉にレニー様は馬車の窓を開ける。
「何だ」
声を掛けて来たのは、ハルコン家の護衛だった。侯爵家にもなると、夜会に護衛がついて行くらしい。なるほど……勉強になる。
「アリシア様よりお手紙を預かっております」
護衛の言葉にレニー様は窓から手を出し、手紙を受け取る。
窓を閉めた馬車は、また静かに走り出した。
きっと仲直りの手紙だろう。……あぁ、この重苦しい空気から逃れられる。私はそう安堵したのだが── 。
グシャッ!!
レニー様は物凄い形相で、その手紙を握りつぶす。……仲直りは失敗に終わったらしい。そして何故か私を睨みつけた。……え?何?何なの?アリシア様とレニー様が喧嘩をするのは勝手だけど、私を巻き込まないで欲しい。
私はあえて、レニー様から目をそらし、窓の外を見る。月に照らされた街並みが流れるように去っていった。
屋敷に着いた途端、レニー様は乱暴に馬車の扉を開けると、私に一言「話があるから、サッサと降りてくれ」と言った。話?私と?
仏頂面のレニー様は一応私に手を差し出す。私はその手をおずおずと取った。
「お帰りなさいませ旦── 」
執事の出迎えの挨拶もそこそこにレニー様は早口で言った。
「デボラと話がある。執務室には誰も入れるな」
私は馬車を降りる時からレニー様に手を掴まれたままだ。
私を引っ張るようにして早足で歩くレニー様に、私は段々と腹が立ってきた。
アリシア様と何があったのかは知らないが、こんな態度をとられる覚えはない。
私は思わず、レニー様の手を振りほどいた。
「さっきから、何なのですか!?」
廊下で立ち止まった私にレニー様は苛ついたように舌打ちをした。
「チッ!とにかく!ここでは話せない。さあ!」
レニー様は再度私の手を取ると、先ほどより強い力で握りしめる。流石に、振りほどけそうにない。結局、私は渋々レニー様について行くしかなかった。
執務室へ入るなり、レニー様は言った。
「レオとは何者だ?」
その名を聞いて、私は思わず反応してしまった。ピクリと肩が揺れる。
「ちょっとした知り合いです」
「ちょっとした?嘘をつけ!そいつとく、口付けをしていたと……」
口付け!?そんなことをした記憶はない。
「そんなことしません。誰がそんなデマを……」
そう口にしながら、私はふと考えた。
レオのことを知っている人物はあの社交クラブに出入りする人間に絞られる。あの夜会には、クラブで見かけた顔もチラホラあったが……まぁ、あのタイミングなら一人しか思い浮かばない。
「デマ?ならばそいつは何者か言ってみろ!」
あのクラブが男娼達の集う高級娼館だということは契約書がある為、言えない。言えないし、そんなところに行っていたのかと責められるのも面倒だ。
というか……アリシア様の狙いがイマイチ分からない。
「平民の若者ですが、幼い妹さんの面倒を見ていて── 」
嘘は言わない。ただ隠すだけ。それなら契約を破ったことにならないだろう。
「ほう。同情が愛情にでも変化したのか?それとも金を恵んでやってるのか?パトロン気取りで平民を誑し込んでいるのか?」
レニー様はまるで私が浮気をしていると決めつけているような口調で吐き捨てた。
その物言いにカチンときた私も我慢出来ずに言い返してしまった。
「そんな覚えはありませんけど、レニー様にとやかく言われる覚えもありません」
「なっ……!僕には言う権利がっ……!」
「そんな権利あるわけないじゃないですか。だって、愛人を作ってもいいと言ったのは貴方の方です」
私の言葉にレニー様は目を見開いて固まった。
馬車に乗ってからも一言も発しないレニー様。しかも全く目も合わせようとしない。
体全体からは『怒ってますよ』というオーラがほとばしっているため、迂闊に私も声をかけられない。
馬車の車輪の音だけが、響く車内……居た堪れない。
アリシア様と何かあったのかしら?喧嘩したとか?
ただ……私に八つ当たりをするような人だったかしらと首を傾げたくなる。
結婚当初の彼ならいざ知らず。最近のレニー様は随分と成長なさったと感じていたのに……って、歳下の私がそんな風に考えること自体、馬鹿にしてると思われても仕方ないけれど、口に出さなければ思っていないのと同じだ。
ダンスの途中で足が止まり、顔色が悪くなった。呆然と立ち尽くすレニー様に気付いた時には、既にクラッド様が声を掛けていたっけ。
クラッド様に引きづられるようにして退室したレニー様を追いかけたが……そういえばアリシア様はあの後どうしていたかしら?
私はその時のことを必死に思い出していた。すると、急に馬車が止まる。
体が少し前のめりになるが、何とか耐えた。
御者台から繋がる窓が叩かれる。
「旦那様、護衛の者が手紙を預かって来たと」
御者の言葉にレニー様は馬車の窓を開ける。
「何だ」
声を掛けて来たのは、ハルコン家の護衛だった。侯爵家にもなると、夜会に護衛がついて行くらしい。なるほど……勉強になる。
「アリシア様よりお手紙を預かっております」
護衛の言葉にレニー様は窓から手を出し、手紙を受け取る。
窓を閉めた馬車は、また静かに走り出した。
きっと仲直りの手紙だろう。……あぁ、この重苦しい空気から逃れられる。私はそう安堵したのだが── 。
グシャッ!!
レニー様は物凄い形相で、その手紙を握りつぶす。……仲直りは失敗に終わったらしい。そして何故か私を睨みつけた。……え?何?何なの?アリシア様とレニー様が喧嘩をするのは勝手だけど、私を巻き込まないで欲しい。
私はあえて、レニー様から目をそらし、窓の外を見る。月に照らされた街並みが流れるように去っていった。
屋敷に着いた途端、レニー様は乱暴に馬車の扉を開けると、私に一言「話があるから、サッサと降りてくれ」と言った。話?私と?
仏頂面のレニー様は一応私に手を差し出す。私はその手をおずおずと取った。
「お帰りなさいませ旦── 」
執事の出迎えの挨拶もそこそこにレニー様は早口で言った。
「デボラと話がある。執務室には誰も入れるな」
私は馬車を降りる時からレニー様に手を掴まれたままだ。
私を引っ張るようにして早足で歩くレニー様に、私は段々と腹が立ってきた。
アリシア様と何があったのかは知らないが、こんな態度をとられる覚えはない。
私は思わず、レニー様の手を振りほどいた。
「さっきから、何なのですか!?」
廊下で立ち止まった私にレニー様は苛ついたように舌打ちをした。
「チッ!とにかく!ここでは話せない。さあ!」
レニー様は再度私の手を取ると、先ほどより強い力で握りしめる。流石に、振りほどけそうにない。結局、私は渋々レニー様について行くしかなかった。
執務室へ入るなり、レニー様は言った。
「レオとは何者だ?」
その名を聞いて、私は思わず反応してしまった。ピクリと肩が揺れる。
「ちょっとした知り合いです」
「ちょっとした?嘘をつけ!そいつとく、口付けをしていたと……」
口付け!?そんなことをした記憶はない。
「そんなことしません。誰がそんなデマを……」
そう口にしながら、私はふと考えた。
レオのことを知っている人物はあの社交クラブに出入りする人間に絞られる。あの夜会には、クラブで見かけた顔もチラホラあったが……まぁ、あのタイミングなら一人しか思い浮かばない。
「デマ?ならばそいつは何者か言ってみろ!」
あのクラブが男娼達の集う高級娼館だということは契約書がある為、言えない。言えないし、そんなところに行っていたのかと責められるのも面倒だ。
というか……アリシア様の狙いがイマイチ分からない。
「平民の若者ですが、幼い妹さんの面倒を見ていて── 」
嘘は言わない。ただ隠すだけ。それなら契約を破ったことにならないだろう。
「ほう。同情が愛情にでも変化したのか?それとも金を恵んでやってるのか?パトロン気取りで平民を誑し込んでいるのか?」
レニー様はまるで私が浮気をしていると決めつけているような口調で吐き捨てた。
その物言いにカチンときた私も我慢出来ずに言い返してしまった。
「そんな覚えはありませんけど、レニー様にとやかく言われる覚えもありません」
「なっ……!僕には言う権利がっ……!」
「そんな権利あるわけないじゃないですか。だって、愛人を作ってもいいと言ったのは貴方の方です」
私の言葉にレニー様は目を見開いて固まった。
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