愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

初瀬 叶

文字の大きさ
84 / 162

第84話

「あっふ」

私は欠伸を噛み殺す。昨晩、よく眠れなかったせいだ。
身体は疲れているのに、頭がカッカして冴えて眠れなかった。誰のせいか……もちろんレニー様だ。いや……それよりアリシア様か。

あれから彼女の狙いが何なのか考えてみた。彼女があの社交クラブに私を招待したのは何故だろう……と。単純に考えれば私の弱みを握りたいからという理由が一番しっくりくるが、彼女にも相手がいた。浮気をしているのはアリシア様も同じ。私がこれをクラッド様にチクれば、アリシア様とてピンチに陥るはずだ。
とまぁ、ここであの誓約書が効いてくるわけだ。私はあれにサインをしたから、アリシア様の事を公に出来ない。だが、やはりそれもアリシア様とて同じ。……レニー様にレオの事をチクって、彼女に何のメリットがあるのか。

ウンウンと考えていたら、朝になっていた。
寝不足の頭を振って、私は小さなカードにひたすら文字を書く。これはバザーで出すジャムに付けるカードだ。何の果物を使っているのかと、産地を書いてジャムの瓶に一つ一つ紐を付けて結ぶ。この単純作業が私の眠気を誘う。
たまに文字がヘニャヘニャと歪んでは捨てるを繰り返していた。

眠気と戦う私の耳にノックの音が聞こえる。

「はい」

顔を出したのは家令だった。

「ハロルドが到着しました」

私は椅子から立ち上がる。

「早かったわね」

すると家令はスッと部屋の中に入って来た。あら、私は部屋から出ようと思っていたのに。

「どうしたの?」

「生きる屍って知ってますか?」

家令の質問の意味が分からない。

「物語で読んだ気がするわ……確か死体が動き出して……みたいなお話」

「私は今日、それを見ました」

ますます家令の言葉が分からず、私は首を傾げる。

「作り話よ?」

「この屋敷に居ましたよ。……あぁ、今は一応王宮へと仕事に出かけましたけど」

「……レニー様のことをそんな風に言ってはダメだわ」

私は苦笑いしたが、レニー様が生きる屍とはどういう意味だろう。

「目は虚ろで生気がなく、髪はボサボサ。それに酷い顔色でした。執事から『昨晩お二人の間に何かあったらしい』と申し送りを受けてましたけど……」

そう言いながら、家令はくしゃくしゃになった紙を私に差し出した。

「何これ?」

「原因はこれでしょうか?」

質問に質問で返す家令に苦笑しながら、私はその紙を開いた。

「……なるほど。これはアリシア様かしらね」

「例の平民のことですか?アリシア様にバレたのは痛いですね」

家令は少し顔を顰めたが、私を咎めるようなことはなかった。

「レオとは何でもないわ」

「分かっております。しかし、何か後ろめたいことがある……違いますか?」

家令は優しく私に尋ねた。彼は意外と鋭いところがある。

「……似てるのよ」

「どなたに?」

「元婚約者」

私の言葉に少しだけ家令は驚いた顔をしたが、直ぐに納得したように頷いた。

「なるほど。レイノルズ伯爵の御子息に……」

「ええ。似すぎていてびっくりしたわ。おじさまの隠し子かと思ったぐらい。もちろん違うとは分かっていたけど」

おじさまは家族をとても大切にしている。おばさまを裏切るようなことは決してないと私は断言出来た。

「それは……親近感も湧きますね」

「苦労をしているようで……放っておけなかったの。でもそれだけ。手を貸したことはあるけど、お金でレオをどうこうしようなんて思ったことはないの」

今でもレオに何とか手を貸せないかとは考えている。でもそれは、レオの叔父から受ける理不尽な扱いをどうにかしてやりたいという思いからだ。

「分かってます。奥様はそんなことをする方ではないことぐらい。ただ……あの社交クラブにはもう行かない方が」

「分かってるわ。招待されて行っただけだもの。自分から行く気なんてサラサラないの。……でもレニー様はどうしてそんなことを気にするのかしら?私のことなど放っておけば良いのに」

私の言葉に家令は残念そうな目つきでため息をついた。

「はぁ……。奥様も旦那様も鈍感とは。まぁきっと旦那様の方が早く気付かれた。私は今回の出来事を前向きに捉えることにします」

家令はそんなことを言って勝手に納得している。

「何を言ってる── 」

意味を尋ねようとした私に家令は気持ちを切り替える様に『パンッ!』と一度手を叩いた。

「さぁ!ハロルドがたくさんジャムと果実飴の為の果物を持って来てますよ!バザーの準備に取り掛かりましょう!」

家令の勢いに私は「え……えぇ、そうね」と答えることしか出来なかった。

あなたにおすすめの小説

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

「妾の子だから」と呑気に構えていたら、次期公爵に選ばれました

木山楽斗
恋愛
父親であるオルガント公爵が大病を患った、その知らせを聞いた妾の子のヘレーナは、いい気味であるとさえ思っていた。 自分と母を捨てた父のことなど、彼女にとっては忌むべき存在でしかなかったのだ。ただ同時にヘレーナは、多くの子がいるオルガント公爵家で後継者争いが起こることを予感していた。 ただヘレーナは、それは自分には関係がないことだと思っていた。 そもそも興味もなかったし、妾の子の中でも特に存在感もない自分にはそんな話も回ってこないだろうと考えていたのだ。 他の兄弟達も、わざわざ自分に声をかけることもない。そう考えていたヘレーナは、後継者争いを気にせず暮らすことにした。 しかしヘレーナは、オルガント公爵家の次期当主として据えられることになった。 彼の兄姉、その他兄弟達が彼女を祭り上げたのだ。 ヘレーナはそれに困惑していた。何故自分が、そう思いながらも彼女は次期当主として務めることになったのだった。 ※タイトルを変更しました(旧題:「どうせ私は妾の子だから」と呑気にしていたら、何故か公爵家次期当主として据えられることになりました。)

あなたの隣に私は必要ですか?

らんか
恋愛
政略結婚にて、3年前より婚約し、学園卒業と共に嫁ぐ予定であったアリーシア。 しかし、諸事情により結婚式は延期され、次の結婚式の日取りさえなかなか決められない状況であった。 そんなアリーシアの婚約者ルートヴィッヒは、護衛対象である第三王女ミーアの傍を片時も離れようとしない。 月1回の婚約者同士のお茶会もすぐに切り上げてしまい、夜会へのエスコートすらしてもらった事がない。 そんな状況で、アリーシアは思う。 私はあなたの隣に必要でしょうか? あなたが求めているのは別の人ではないのでしょうかと。

花嫁は忘れたい

基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。 結婚を控えた身。 だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。 政略結婚なので夫となる人に愛情はない。 結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。 絶望しか見えない結婚生活だ。 愛した男を思えば逃げ出したくなる。 だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。 愛した彼を忘れさせてほしい。 レイアはそう願った。 完結済。 番外アップ済。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

【完結】魅了魔法のその後で──その魅了魔法は誰のため? 婚約破棄した悪役令嬢ですが、王太子が逃がしてくれません

瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
その魅了魔法は誰のため? 一年前、聖女に婚約者である王太子を奪われ、婚約破棄された悪役令嬢リシェル・ノクティア・エルグレイン。 それが私だ。 彼と聖女との婚約披露パーティの噂が流れてきた頃、私の元に王太子が訪れた。 彼がここに来た理由は──。 (全四話の短編です。数日以内に完結させます)

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!