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第86話
レニー様は私からそっと顔を逸らすと「大したことはない。治療が大袈裟なだけだ」とボソッと小声で呟いた。
「何があったのです?」
家令もレニー様の荷物を抱えたまま、心配そうに眉根を寄せた。
しかし、レニー様は恥ずかしそうに口を尖らせると言った。
「剣の稽古で── 」
「まさか斬られたのですか?」
私は怖くなって、口を手のひらで覆う。その手は微かに震えていた。
「大丈夫、模造刀だ。刃は潰してあるが、少しボーッとしてて」
私はそれを聞いて少しだけホッとした。
「骨は?」
「折れているかもしれないから、安静にと言われ、このザマだ。医者が大袈裟なんだ」
レニー様は怪我をしたことが恥ずかしいようだ。ずっと不貞腐れた子どものような顔をしていた。
「夕食には片手で食べられる物を用意してちょうだい」
私がメイドに指示すると、彼女は早足で厨房へと向かう。
レニー様は、改めて私に顔を向けた。
「デボラ、夕食後に少し話があるんだ」
「お話ですか?」
正直、レニー様の怪我で私の昨晩の怒りは有耶無耶になってしまっていたが、素直に許す気にもなれない。……私って結構心が狭いのかもしれないと自分に苦笑した。
答えを待つレニー様は私の顔色を窺っているようだ。
「明日はバザーで早起きしなければならなくて……その後でもよろしいですか?」
もしまた喧嘩にでもなれば、モヤモヤした気分で皆の前に立たなければならない……それを思うと今日は遠慮したい気分だった。
「あぁ……そうか、バザーだったな」
「はい。レニー様も怪我をされたばかりです。今日はゆっくりお休みになってください」
「── 分かった」
レニー様はまだ何か言いたげだったが、「旦那様のお出迎えせず申し訳ありません!眠っておりました!」と頭を下げながら現れたハロルドの大声に全てが掻き消されていた。
翌朝、私は早起きをすると、テキパキとバザーの準備を始めた。馬車に昨日用意した品物を詰める。
ハロルドもニコニコとしながら「皆様が喜んで下さると良いですね」と嬉しそうだ。
ブラシェール伯爵領では、少しずつ荒れた果樹園に手を加え再生し始めた領民が増えてきたという。私に期待してくれているのだとハロルドは言っていた。その期待に応えなければならない。私は気合を入れ直した。
教会に到着すると、司教が笑顔で出迎えてくれた。
「今日のバザーはかなり規模が大きくなりそうです。楽しみですね」
司教の言葉に私も笑顔で返した。
バザーの売り上げは全て寄付となる。とにかく今日はブラシェール伯爵領産の果物の美味しさを知って貰うことが重要だ。ここで宣伝してお店がオープンした時の集客に繋げたい。── おじ様との約束の時まであと約半年。あの領地を買い付けるだけの資金を集められるかどうか、今は不安と期待が半々だ。
午前中は王都に住む貴族の方々がバザーに出店した店先を覗いて回る。
私がお茶会でジャムを手土産として渡したご婦人方はこぞってジャムを購入してくれた。
「うちの子ども達が、また食べたいってずっと言っていたの」
私はジャムの瓶を袋に詰めながら答える。
「実は王都に店を開こうと思っておりまして。中に地図を書いたカードを入れておりますので、是非」
何度も睡魔に襲われながら、書いた手書きのカードは数百枚。手が腱鞘炎になるかと思った。
「お店を!?それは楽しみだわ」
こんなやり取りを何度続けただろうか。ジャムもパウンドケーキも果実飴も順調に売り上げを伸ばした。
特に果実飴は貴族のご令嬢達に大人気だ。見た目の可愛らしさも相まって、飛ぶように売れる。
ハロルドが私に耳打ちした。
「果実飴がなくなりそうです。追加を作らせるように、今使用人を屋敷へ戻らせました」
確かに今日手伝ってくれていたメイドが一人いない。ハロルドの素早い対応に感謝した。
「何があったのです?」
家令もレニー様の荷物を抱えたまま、心配そうに眉根を寄せた。
しかし、レニー様は恥ずかしそうに口を尖らせると言った。
「剣の稽古で── 」
「まさか斬られたのですか?」
私は怖くなって、口を手のひらで覆う。その手は微かに震えていた。
「大丈夫、模造刀だ。刃は潰してあるが、少しボーッとしてて」
私はそれを聞いて少しだけホッとした。
「骨は?」
「折れているかもしれないから、安静にと言われ、このザマだ。医者が大袈裟なんだ」
レニー様は怪我をしたことが恥ずかしいようだ。ずっと不貞腐れた子どものような顔をしていた。
「夕食には片手で食べられる物を用意してちょうだい」
私がメイドに指示すると、彼女は早足で厨房へと向かう。
レニー様は、改めて私に顔を向けた。
「デボラ、夕食後に少し話があるんだ」
「お話ですか?」
正直、レニー様の怪我で私の昨晩の怒りは有耶無耶になってしまっていたが、素直に許す気にもなれない。……私って結構心が狭いのかもしれないと自分に苦笑した。
答えを待つレニー様は私の顔色を窺っているようだ。
「明日はバザーで早起きしなければならなくて……その後でもよろしいですか?」
もしまた喧嘩にでもなれば、モヤモヤした気分で皆の前に立たなければならない……それを思うと今日は遠慮したい気分だった。
「あぁ……そうか、バザーだったな」
「はい。レニー様も怪我をされたばかりです。今日はゆっくりお休みになってください」
「── 分かった」
レニー様はまだ何か言いたげだったが、「旦那様のお出迎えせず申し訳ありません!眠っておりました!」と頭を下げながら現れたハロルドの大声に全てが掻き消されていた。
翌朝、私は早起きをすると、テキパキとバザーの準備を始めた。馬車に昨日用意した品物を詰める。
ハロルドもニコニコとしながら「皆様が喜んで下さると良いですね」と嬉しそうだ。
ブラシェール伯爵領では、少しずつ荒れた果樹園に手を加え再生し始めた領民が増えてきたという。私に期待してくれているのだとハロルドは言っていた。その期待に応えなければならない。私は気合を入れ直した。
教会に到着すると、司教が笑顔で出迎えてくれた。
「今日のバザーはかなり規模が大きくなりそうです。楽しみですね」
司教の言葉に私も笑顔で返した。
バザーの売り上げは全て寄付となる。とにかく今日はブラシェール伯爵領産の果物の美味しさを知って貰うことが重要だ。ここで宣伝してお店がオープンした時の集客に繋げたい。── おじ様との約束の時まであと約半年。あの領地を買い付けるだけの資金を集められるかどうか、今は不安と期待が半々だ。
午前中は王都に住む貴族の方々がバザーに出店した店先を覗いて回る。
私がお茶会でジャムを手土産として渡したご婦人方はこぞってジャムを購入してくれた。
「うちの子ども達が、また食べたいってずっと言っていたの」
私はジャムの瓶を袋に詰めながら答える。
「実は王都に店を開こうと思っておりまして。中に地図を書いたカードを入れておりますので、是非」
何度も睡魔に襲われながら、書いた手書きのカードは数百枚。手が腱鞘炎になるかと思った。
「お店を!?それは楽しみだわ」
こんなやり取りを何度続けただろうか。ジャムもパウンドケーキも果実飴も順調に売り上げを伸ばした。
特に果実飴は貴族のご令嬢達に大人気だ。見た目の可愛らしさも相まって、飛ぶように売れる。
ハロルドが私に耳打ちした。
「果実飴がなくなりそうです。追加を作らせるように、今使用人を屋敷へ戻らせました」
確かに今日手伝ってくれていたメイドが一人いない。ハロルドの素早い対応に感謝した。
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