88 / 162
第88話
居心地が悪くなったようで、ギルバート様は「お大事にな」とレニー様に声を掛け、買ってくれたジャムの袋を手に去って行く。レベッカ様も頭をペコリと下げると、逃げるようにギルバート様の後を追った。
居た堪れない空気になるが、それでもお客様は待ってくれない。
「これは何かしら?」
「苺に砂糖を溶かした物をかけて固めた物です。外はパリパリ、中は苺の果実がみずみずしくて美味しいですよ」
私はレニー様の様子が気になりながらも、接客に追われる。ハロルドはレニー様や料理人が持って来てくれた飴やパウンドケーキを手早くラッピングして並べ始めた。
レニー様はまだ地面を見つめてその場に佇んでいるだけだ。何も喋らないし顔色は悪い。
手伝いに来たと言っていたが……動く気はあるのだろうか?
やっと客が途切れ、私は先ほどまでレニー様が銅像の様に固まっていた方向を見た。
「あれ?レニー様どこに行ったか知らない?」
レニー様の姿が見当たらない。
「さっきあちらの方にトボトボと歩いてい行きましたけど……」
バザーを手伝ってくれていたメイドが答える。
「午前中の客は終わりでしょう。午後の開始まで、まだ時間がありますよ」
ハロルドの声に私は軽く手を挙げて応えた。
「ちょっと捜してくるわ。様子がおかしかったし」
「どうぞ」
その場をハロルドに任せ、私は先ほどメイドに教えられた方向へとレニー様を捜しに行くことにした。
「レニー様、どちらです?」
バザー会場から随分と離れた場所まで来たが、まだ彼の姿は見えない。ほんの少し早足になった私に、声がかかった。
「デボラ様!」
振り返った私に笑顔のレオが妹の手を引き駆けてきた。
「レオ!」
私は立ち止まる。レオは私の前まで来て立ち止まった。
「シルビア、こちらがお前にクッキーとハンカチをくれた人だよ。それに薬も」
レオにそう言われたシルビアはもじもじと頬を染めながら言った。
「あの……ありがとう。クッキーとっても美味しかった……」
レオの後ろに隠れる様にシルビアは私に礼を言う。その姿が愛らしい。私は彼女に目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「クッキー、気に入ってくれた?」
私の言葉にシルビアはコクコクと頷くと、少し微笑んだ。
「ハンカチもかわいかった……」
「シルビア。病気も治して貰ったんだから、もっとちゃんとお礼を──」
レオは少し眉間に皺を寄せたが、私はそれを遮った。
「病気を治したのはお医者様だもの。それにもうお礼は言ってもらったわ。私はデボラよ。仲良くしてね」
私が手を出すと、シルビアは照れながらも私の手を取り握手した。小さな手のひらが私の手にすっぽりと納まる。
「子どもって……可愛いわ」
私は無意識にボソリと呟いた。
「デボラ様もバザーに?」
頭上からレオの声がして、私は立ち上がりながら答える。
「いいえ、私はバザーに出店してるの」
「え?デボラ様自ら店番を?」
レオは目を丸くした。
「ええ。うちの領地の果物を使ってるから、皆様に私から説明したくて」
私の言葉にシルビアは急に目を輝かせる。
「え?ならまたクッキー食べられる?」
「ええ。クッキーも、パウンドケーキも、りんご飴もいちご飴もあるわよ」
シルビアはレオの手を引っ張る。
「早く行こう!」
「待て。まだ少し時間が早いから!」
バザーは貴族と平民が混じらないよう、午前と午後の間には二時間程時間が空けられている。
すると向こうから、もう一人女の子が駆けてきた。
「シルビア!」
どうもシルビアのお友達のようだ。その声にシルビアはレオの手を離す。
「少し遊んでくる!」
シルビアはレオの返事を待たずに、既に駆け出し始めていた。レオはその背中に声を掛ける。
「おい!遠くに行くなよ!」
「分かってる!」
シルビアは振り返ると軽く手を降って、友達の元へと駆けていった。
「もう……本当に落ち着きがないんだから」
レオが諦めた様にため息をついた。
「子どもはジッとしているのが苦手だもの。仕方ないわ」
私の言葉にレオは頭を掻いた。
「中々言うことを聞いてくれなくて」
「そんなものよ」
私が笑うと、レオもつられて笑った。
「でも、ここで会えて良かったです。もうあの場所には……来ないと思ったから」
私は少し返事に困った。もうあの社交クラブには顔を出すつもりはない。だけど、レオのことが気になっていたのは確かだった。
「レオ……ねぇ、ちょっとあなたに──」
そう私が口を開いた時、私の後ろから声がした。
「デボラ……彼がレオなのか?」
声の主……振り返らなくても私には直ぐに誰か分かった。
居た堪れない空気になるが、それでもお客様は待ってくれない。
「これは何かしら?」
「苺に砂糖を溶かした物をかけて固めた物です。外はパリパリ、中は苺の果実がみずみずしくて美味しいですよ」
私はレニー様の様子が気になりながらも、接客に追われる。ハロルドはレニー様や料理人が持って来てくれた飴やパウンドケーキを手早くラッピングして並べ始めた。
レニー様はまだ地面を見つめてその場に佇んでいるだけだ。何も喋らないし顔色は悪い。
手伝いに来たと言っていたが……動く気はあるのだろうか?
やっと客が途切れ、私は先ほどまでレニー様が銅像の様に固まっていた方向を見た。
「あれ?レニー様どこに行ったか知らない?」
レニー様の姿が見当たらない。
「さっきあちらの方にトボトボと歩いてい行きましたけど……」
バザーを手伝ってくれていたメイドが答える。
「午前中の客は終わりでしょう。午後の開始まで、まだ時間がありますよ」
ハロルドの声に私は軽く手を挙げて応えた。
「ちょっと捜してくるわ。様子がおかしかったし」
「どうぞ」
その場をハロルドに任せ、私は先ほどメイドに教えられた方向へとレニー様を捜しに行くことにした。
「レニー様、どちらです?」
バザー会場から随分と離れた場所まで来たが、まだ彼の姿は見えない。ほんの少し早足になった私に、声がかかった。
「デボラ様!」
振り返った私に笑顔のレオが妹の手を引き駆けてきた。
「レオ!」
私は立ち止まる。レオは私の前まで来て立ち止まった。
「シルビア、こちらがお前にクッキーとハンカチをくれた人だよ。それに薬も」
レオにそう言われたシルビアはもじもじと頬を染めながら言った。
「あの……ありがとう。クッキーとっても美味しかった……」
レオの後ろに隠れる様にシルビアは私に礼を言う。その姿が愛らしい。私は彼女に目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「クッキー、気に入ってくれた?」
私の言葉にシルビアはコクコクと頷くと、少し微笑んだ。
「ハンカチもかわいかった……」
「シルビア。病気も治して貰ったんだから、もっとちゃんとお礼を──」
レオは少し眉間に皺を寄せたが、私はそれを遮った。
「病気を治したのはお医者様だもの。それにもうお礼は言ってもらったわ。私はデボラよ。仲良くしてね」
私が手を出すと、シルビアは照れながらも私の手を取り握手した。小さな手のひらが私の手にすっぽりと納まる。
「子どもって……可愛いわ」
私は無意識にボソリと呟いた。
「デボラ様もバザーに?」
頭上からレオの声がして、私は立ち上がりながら答える。
「いいえ、私はバザーに出店してるの」
「え?デボラ様自ら店番を?」
レオは目を丸くした。
「ええ。うちの領地の果物を使ってるから、皆様に私から説明したくて」
私の言葉にシルビアは急に目を輝かせる。
「え?ならまたクッキー食べられる?」
「ええ。クッキーも、パウンドケーキも、りんご飴もいちご飴もあるわよ」
シルビアはレオの手を引っ張る。
「早く行こう!」
「待て。まだ少し時間が早いから!」
バザーは貴族と平民が混じらないよう、午前と午後の間には二時間程時間が空けられている。
すると向こうから、もう一人女の子が駆けてきた。
「シルビア!」
どうもシルビアのお友達のようだ。その声にシルビアはレオの手を離す。
「少し遊んでくる!」
シルビアはレオの返事を待たずに、既に駆け出し始めていた。レオはその背中に声を掛ける。
「おい!遠くに行くなよ!」
「分かってる!」
シルビアは振り返ると軽く手を降って、友達の元へと駆けていった。
「もう……本当に落ち着きがないんだから」
レオが諦めた様にため息をついた。
「子どもはジッとしているのが苦手だもの。仕方ないわ」
私の言葉にレオは頭を掻いた。
「中々言うことを聞いてくれなくて」
「そんなものよ」
私が笑うと、レオもつられて笑った。
「でも、ここで会えて良かったです。もうあの場所には……来ないと思ったから」
私は少し返事に困った。もうあの社交クラブには顔を出すつもりはない。だけど、レオのことが気になっていたのは確かだった。
「レオ……ねぇ、ちょっとあなたに──」
そう私が口を開いた時、私の後ろから声がした。
「デボラ……彼がレオなのか?」
声の主……振り返らなくても私には直ぐに誰か分かった。
あなたにおすすめの小説
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
「妾の子だから」と呑気に構えていたら、次期公爵に選ばれました
木山楽斗
恋愛
父親であるオルガント公爵が大病を患った、その知らせを聞いた妾の子のヘレーナは、いい気味であるとさえ思っていた。
自分と母を捨てた父のことなど、彼女にとっては忌むべき存在でしかなかったのだ。ただ同時にヘレーナは、多くの子がいるオルガント公爵家で後継者争いが起こることを予感していた。
ただヘレーナは、それは自分には関係がないことだと思っていた。
そもそも興味もなかったし、妾の子の中でも特に存在感もない自分にはそんな話も回ってこないだろうと考えていたのだ。
他の兄弟達も、わざわざ自分に声をかけることもない。そう考えていたヘレーナは、後継者争いを気にせず暮らすことにした。
しかしヘレーナは、オルガント公爵家の次期当主として据えられることになった。
彼の兄姉、その他兄弟達が彼女を祭り上げたのだ。
ヘレーナはそれに困惑していた。何故自分が、そう思いながらも彼女は次期当主として務めることになったのだった。
※タイトルを変更しました(旧題:「どうせ私は妾の子だから」と呑気にしていたら、何故か公爵家次期当主として据えられることになりました。)
あなたの隣に私は必要ですか?
らんか
恋愛
政略結婚にて、3年前より婚約し、学園卒業と共に嫁ぐ予定であったアリーシア。
しかし、諸事情により結婚式は延期され、次の結婚式の日取りさえなかなか決められない状況であった。
そんなアリーシアの婚約者ルートヴィッヒは、護衛対象である第三王女ミーアの傍を片時も離れようとしない。
月1回の婚約者同士のお茶会もすぐに切り上げてしまい、夜会へのエスコートすらしてもらった事がない。
そんな状況で、アリーシアは思う。
私はあなたの隣に必要でしょうか? あなたが求めているのは別の人ではないのでしょうかと。
花嫁は忘れたい
基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。
結婚を控えた身。
だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。
政略結婚なので夫となる人に愛情はない。
結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。
絶望しか見えない結婚生活だ。
愛した男を思えば逃げ出したくなる。
だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。
愛した彼を忘れさせてほしい。
レイアはそう願った。
完結済。
番外アップ済。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
【完結】魅了魔法のその後で──その魅了魔法は誰のため? 婚約破棄した悪役令嬢ですが、王太子が逃がしてくれません
瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
その魅了魔法は誰のため?
一年前、聖女に婚約者である王太子を奪われ、婚約破棄された悪役令嬢リシェル・ノクティア・エルグレイン。
それが私だ。
彼と聖女との婚約披露パーティの噂が流れてきた頃、私の元に王太子が訪れた。
彼がここに来た理由は──。
(全四話の短編です。数日以内に完結させます)
【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!