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第109話
「どうしてあんな嘘を?」
晩餐会が終わり、ハルコン侯爵家の馬車に乗った私は開口一番、クラッド様にそのことを問いただした。
「実はリカルド殿下は女好きでね。君みたいな若くて美人な女性に目がないんだ。僕のパートナーと言っておけば、目をつけられないだろうと思って」
「ならば、私が既婚者であることを伝えれば済むお話ですわ」
非難混じりの言葉になるが、私はどうしてもその言い訳が腑に落ちなかった。
「弟の奥さんを連れてきたなんて言ったら『何故?どうして?』って話しになるだろう?説明すればアリシアの無能さを露呈することになるし、皇太子殿下はもう少しで帰国の予定だ。本当のことを知らせる必要はないと考えた末のことだよ。あそこに出席した皆にも、元々根回ししておいたから混乱も起きなかった」
確かにクラッド様の発言に皆は驚いた素振りを見せなかった。……驚いたのは私だけだ。
「嘘はよくありません」
私の表情は硬い。クラッド様は少し困ったように笑った。
「確かに嘘は良くない。だが、別に誰かを不幸にするわけじゃないなら、嘘も方便って言うだろう?」
クラッド様はさも当然といった風に、飄々としている。モヤモヤしているのは私だけということだ。
その後、私達二人は一言も交わさずにブラシェール伯爵邸まで馬車に揺られていた。最後に「今日はありがとう。助かったよ」と言うクラッド様に私は「失礼します」とだけ言って馬車を降りた。
「お疲れ様。晩餐会はどうたった?」
玄関ホールで私を出迎えてくれたのは、レニー様だった。
私は晩餐会での出来事を包み隠さずに話すべきなのか迷った。それが顔に出ていたらしい。
「どうした?何かあったのかい?」
心配そうなレニー様に私は何と言葉を返して良いか分からなくなる。私が答えに迷っていると、レニー様は私の手をそっと握った。
「困ったことがあったのなら、話して欲しい。……僕はまだ頼りにならないかな?」
控え目で穏やかだが、少し自信のなさそうなレニー様の声に胸がキュッと痛くなる。レニー様が頼りにならないなど思ってはいないが、クラッド様はレニー様のお兄様だ。……悪口を言うようで気が引ける。
「あの実は……」
そこまで言って私はまた口籠った。レニー様は私の手を握ったまま、優しく微笑んだ。
「先ず、着替えをしておいで。それからゆっくり話そう。慌てなくてもいいし、話したくなったらでいいから」
彼の優しさに胸が温かくなる。私はコクンと頷くと、侍女を伴い自室へと戻った。
湯浴みをし、夜着に着替える。私は先日のレニー様との約束通り、夫婦の寝室へと向かう。そこには既にレニー様の姿があった。
「疲れたろう?もう休むか?」
私に気を使ってくれているのが、わかる。私は少し心が解れたような気分で、彼の待つ寝台へと向かった。
二人ヘッドボードに背中を預けて並んで座る。
「レニー様、私、クラッド様のことが分からなくなりました……」
思い切って私は言葉を口にした。レニー様は私の話しに静かに耳を傾けている。
「今日の晩餐会……何か変だったんです。招待客も極わずか。そこには両陛下もいて……何故私が出席しなければならなかったんだろう……って。何となく値踏みをされているような、そんな変な空気があって……上手く言えないんですけど」
「値踏み?何か言われたのか?」
「いえ、言葉で何かを言われたわけではありませんが、皇太子殿下と会話をするのは、私ばかりで……。私が何か答える度に、陛下やクラッド様が満足そうに頷くんです。何かテストを受けているような気分でした……それに……」
私は少し俯いた。クラッド様が私をパートナーと言ったあの言葉をレニー様に話してしまって良いものなのか。
レニー様はシーツをキュッと握った私の手を自分の手でそっと包み込んだ。
「言いにくいことなら無理には聞かないが……だがデボラ、本当は誰かに聞いて欲しいと思っているんじゃないか?それなら、僕が聞くよ。兄さんのことだからと遠慮することはない」
私は顔を上げてレニー様を見つめる。彼の瞳に映る自分はとても情けない顔をしていた。……うん……こんなの私らしくない。悩んでたって仕方ない。
「皇太子殿下に私の事を訊かれたクラッド様が『パートナーだ』と答えたんです。いえ、正確には『パートナーになる予定だ』……と」
それを聞いたレニー様の顔はみるみる不機嫌そうに歪んでいった。
晩餐会が終わり、ハルコン侯爵家の馬車に乗った私は開口一番、クラッド様にそのことを問いただした。
「実はリカルド殿下は女好きでね。君みたいな若くて美人な女性に目がないんだ。僕のパートナーと言っておけば、目をつけられないだろうと思って」
「ならば、私が既婚者であることを伝えれば済むお話ですわ」
非難混じりの言葉になるが、私はどうしてもその言い訳が腑に落ちなかった。
「弟の奥さんを連れてきたなんて言ったら『何故?どうして?』って話しになるだろう?説明すればアリシアの無能さを露呈することになるし、皇太子殿下はもう少しで帰国の予定だ。本当のことを知らせる必要はないと考えた末のことだよ。あそこに出席した皆にも、元々根回ししておいたから混乱も起きなかった」
確かにクラッド様の発言に皆は驚いた素振りを見せなかった。……驚いたのは私だけだ。
「嘘はよくありません」
私の表情は硬い。クラッド様は少し困ったように笑った。
「確かに嘘は良くない。だが、別に誰かを不幸にするわけじゃないなら、嘘も方便って言うだろう?」
クラッド様はさも当然といった風に、飄々としている。モヤモヤしているのは私だけということだ。
その後、私達二人は一言も交わさずにブラシェール伯爵邸まで馬車に揺られていた。最後に「今日はありがとう。助かったよ」と言うクラッド様に私は「失礼します」とだけ言って馬車を降りた。
「お疲れ様。晩餐会はどうたった?」
玄関ホールで私を出迎えてくれたのは、レニー様だった。
私は晩餐会での出来事を包み隠さずに話すべきなのか迷った。それが顔に出ていたらしい。
「どうした?何かあったのかい?」
心配そうなレニー様に私は何と言葉を返して良いか分からなくなる。私が答えに迷っていると、レニー様は私の手をそっと握った。
「困ったことがあったのなら、話して欲しい。……僕はまだ頼りにならないかな?」
控え目で穏やかだが、少し自信のなさそうなレニー様の声に胸がキュッと痛くなる。レニー様が頼りにならないなど思ってはいないが、クラッド様はレニー様のお兄様だ。……悪口を言うようで気が引ける。
「あの実は……」
そこまで言って私はまた口籠った。レニー様は私の手を握ったまま、優しく微笑んだ。
「先ず、着替えをしておいで。それからゆっくり話そう。慌てなくてもいいし、話したくなったらでいいから」
彼の優しさに胸が温かくなる。私はコクンと頷くと、侍女を伴い自室へと戻った。
湯浴みをし、夜着に着替える。私は先日のレニー様との約束通り、夫婦の寝室へと向かう。そこには既にレニー様の姿があった。
「疲れたろう?もう休むか?」
私に気を使ってくれているのが、わかる。私は少し心が解れたような気分で、彼の待つ寝台へと向かった。
二人ヘッドボードに背中を預けて並んで座る。
「レニー様、私、クラッド様のことが分からなくなりました……」
思い切って私は言葉を口にした。レニー様は私の話しに静かに耳を傾けている。
「今日の晩餐会……何か変だったんです。招待客も極わずか。そこには両陛下もいて……何故私が出席しなければならなかったんだろう……って。何となく値踏みをされているような、そんな変な空気があって……上手く言えないんですけど」
「値踏み?何か言われたのか?」
「いえ、言葉で何かを言われたわけではありませんが、皇太子殿下と会話をするのは、私ばかりで……。私が何か答える度に、陛下やクラッド様が満足そうに頷くんです。何かテストを受けているような気分でした……それに……」
私は少し俯いた。クラッド様が私をパートナーと言ったあの言葉をレニー様に話してしまって良いものなのか。
レニー様はシーツをキュッと握った私の手を自分の手でそっと包み込んだ。
「言いにくいことなら無理には聞かないが……だがデボラ、本当は誰かに聞いて欲しいと思っているんじゃないか?それなら、僕が聞くよ。兄さんのことだからと遠慮することはない」
私は顔を上げてレニー様を見つめる。彼の瞳に映る自分はとても情けない顔をしていた。……うん……こんなの私らしくない。悩んでたって仕方ない。
「皇太子殿下に私の事を訊かれたクラッド様が『パートナーだ』と答えたんです。いえ、正確には『パートナーになる予定だ』……と」
それを聞いたレニー様の顔はみるみる不機嫌そうに歪んでいった。
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