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第127話
バタンとしまった扉を三人で暫く見つめた後、クラッド様がおもむろに口を開いた。
「サインは……偽装するわけにはいかないよな」
そう言いながら、中途半端な姿勢から、再度椅子に腰掛けた。
「兄さん、本当に離縁するつもりなのか?」
レニー様はクラッド様を見下ろしながらそう言った。
また腰掛ければ、話が長くなりそうだ。私達は立ったまま、頭を抱えたクラッド様の答えを待つ。
「本気だよ。あれを見ただろう?限界なんだ」
「あんなに好きだったじゃないか……」
レニー様はまだ信じられないという表情だ。
「……侯爵を継いで思い知った。惚れた腫れたでは家を存続出来ない。後継ぎを作らず男娼に入れ上げて浪費する妻を見過ごせない。それに今彼女が妊娠したとしても僕の子である可能性は殆どない。そんな危険な橋を渡るつもりはないよ。お前、自分だって心変わりしたくせに、おかしな奴だな」
クラッド様は乾いた笑いを漏らした。
私はその様子に納得した。
アリシア様は見誤ったのだ、クラッド様の愛を。泣けば許される年頃は過ぎ去ってしまったのだ。
レニー様は図星を突かれて口籠る。しかし私はクラッド様にはっきりと言った。
「クラッド様のお気持ちは分かりました。しかし、私はレニー様を生涯の伴侶として選んだのです。それにブラシェール伯爵家はもうハルコン侯爵家の持ち物ではありません。私達の意思を無視した発言はこれ以上止めていただきます」
レニー様は私の言葉を聞いて、私の手をキュッと握った。
「兄さん。僕たちは離縁するつもりはないよ。アリシアとの離縁は仕方ないが、新しい伴侶は別をあたってくれ。じゃあ、失礼する」
僕はそのままデボラの手を引いてドアへ向かう。兄さんはもう僕たちを呼びとめることはなかった。
「……びっくりしたな」
馬車の中、レニー様が沈黙を破った。
「はい……」
ただ、私はアリシア様が浮気していることを知っていた。その結果がこうなることは、予想出来なかったわけではないが、私もどこかでバレないだろうと軽く考えていたことも事実だ。
「もしかして……君がレオと出会ったのって── 」
「想像の通りです。あの社交クラブが高級娼館だと知らずに行って……。でも、あそこに行った女性が全て……その男娼を買っているわけではありません。ただ、お喋りするだけの方も。レオナはそこでボーイをしていました。私は彼女と話をして直ぐに女性だと気付きましたが、それをあそこで暴くわけにもいきませんし……その前に言っておきますが、私は男娼を買っていません」
「……少し疑った……ごめん。でもちゃんと信じてる」
レニー様がシュンとなるが、私はため息をついた。
「疑わないでください。でも……仕方ありませんね。あの社交クラブに足を運んだのは確かですし」
「そういえばアリシアに招待されたんだったよな」
私はさっきのアリシア様の言葉を思い出していた。
「もしかすると……アリシア様はレニー様から私を引き離したかったのかもしれませんね」
するとレニー様はバツが悪そうに唇を噛んだ。
「例の約束だが── 」
「わかっています。アリシア様に泣きつかれたのですよね?」
どうりで初夜の後、全く夫婦の寝室に顔を出さなかったわけだ。
「あぁ……でも本当にすっかり忘れてたんだ」
「レニー様がアリシア様に好意を持っていたことを知っていますから、気にしていませんよ」
「『昔』な。アリシアのことは全て昔のことだ」
昔、昔って……そんなに昔じゃないと思うのだが、そんな風に言ったところで……そう思った私は微笑んで少しだけ肩を竦めるだけに留めた。
「今は本当に── !」
レニー様がそう言いかけた時、馬車が屋敷に到着した。ハルコン侯爵邸から然程離れていない。私達の会話はそこで打ち切られる。
さて……ここからはもう一つの問題を片付けなければならない。
スパイの執事をどう処分するのか……私は気合を入れて馬車の扉に手をかけた。
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