愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

初瀬 叶

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第134話

家令の青ざめた顔を見て、私は只事ではないことを悟った。

「奥様、大変です!」

新しく雇った執事がまた何かやらかしたのだろうかと不安になる。

兄に頼ったはいいが、実家から紹介された執事はまだずいぶんと若い青年であった。兄曰く「これからに期待してやってくれ」と言われたが、この屋敷に来た当日に大切な書類を紛失するという大事件を起こした。私と家令が取引先に頭を下げたことは言うまでもない。
ちなみにレニー様は皇太子殿下の帰国の護衛として同行している。国境沿いまでとはいえ、長い道のりだ。

「どうしたの?」

「今、早馬が来て皇太子殿下が隣国に入った途端捕縛されたと── !」

私は思わず立ち上がった。椅子が大きな音を立てて後ろへひっくり返る。

「レニー様は?レニー様はご無事なの?」

「旦那様はご無事でいらっしゃいます。国境沿いで隣国の護衛に皇太子殿下の乗った馬車を引き渡した所……直ぐ様……」

家令の手には早馬で届けられた手紙が握られていた。

「うちの国の近衛達はみんな巻き込まれていないかしら?」

「この手紙にはそのようなことは書かれておりませんが……アリシア様が……」

私は家令の言葉に今の今まで忘れていた人物の顔を思い出していた。
皇太子殿下の帰国が決まったその夜遅く、レニー様が話していた言葉と共に。

『アリシア様が王宮に?』

『あぁ。本気で隣国に一緒に行くらしいな。兄さんは離縁証明書を教会に提出したと言っていた』

『そうですか……』

今でもレニー様が不快そうに顔を歪めながらその話をしたことを覚えている。アリシア様はクラッド様やレニー様に見せていたか弱く守りたい少女の仮面を完全に脱いでしまったようだ。
黙り込んだ私の心を読んだかのようにレニー様は続けた。

『僕は人の表面しか見てなかったんだな。アリシアは相手によって見せる顔を変えていたようだ。今はリカルド殿下に淑やかな顔を見せているよ。……吐き気がしそうだった』

そう言ったレニー様の顔は本当に気分が悪そうに見えた。

そんなレニー様がこの屋敷を出発したのは七日前。店の開店に立ち会えないことを何度も謝っていたっけ。
あの朝にまさか一週間後、皇太子殿下が捕縛されるなんて誰が予想しただろう。

「でも……どうして?」

後継ぎ問題が片付いて帰国することになったはずなのに……。
私はレニー様の無事に安心すると同時に今回の出来事に困惑しっぱなしだった。

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