『理不尽ばかりの人生でしたが、異世界でようやく報われるようです

ジュド

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第一章

第六話 巨獣を越え、剣を交わす理由

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第六話 巨獣を越え、剣を交わす理由

 分厚い扉を押し開けた瞬間、耳を裂くような咆哮が石の広間を揺らした。
「……でっか」
「ジドル、気をつけてください! あれは――」
「ジャイアントビート、だな。見た目ほぼカブトムシでも、中身は災厄ってわけか」

 甲殻は黒曜石のように硬く、天井に届く角がギラリと光る。巨体が一歩踏み出すだけで床石が悲鳴を上げた。

「来る!」
「受けるな、さばく!」

 突進の風圧だけで頬が切れた。横薙ぎの角を紙一重でくぐり抜け、脇腹へ光刃を叩き込む。

「ライトオブソード!」
「固っ……!」
「甲殻が分厚い……なら、節目を」
「わかってる。ロマ、足止めいけるか」
「はい――リーフヴァイン!」

 蔓が脚を絡める。巨獣が怒号を上げた刹那、俺は腹部の継ぎ目へ滑り込み、渾身の突きを放つ。

「通れぇっ!」
「ジャアアアアッ!」

 黒い体液が噴き、巨体がよろめく。追撃の針魔法が甲殻を叩き、隙が開く。

「もう一発――ライトオブソード!」
「やりました!」
「まだ倒れねぇ、畳みかける!」

 三撃目で、ついに巨獣は仰向けに倒れ込み、角が地に突き刺さった。静寂。残るのは重い息と、焦げた匂いだけ。

「ふぅ……危なかった」
「お見事です、ジドル」
「いや、ロマの足止めが刺さった。――素材、回収して次へ行くぞ」
「はい」

 手早く魔石と甲殻片を袋に詰め、俺たちは下層へ。道中は拍子抜けするほど静かだったが、九階層の前で空気が変わった。冷たく、重く、張り詰めている。

「この先……嫌な気配がする」
「ああ。扉、開ける」

 重扉の向こう、赤い灯のごとく揺らめく双眸がこちらを見ていた。漆黒の鎧、露出した白骨、握られた長剣。仁王立ちした骸骨の戦士。

「……あれがボスか」
「そうみたいですね」
「ロマ」
「はい」
「こいつは俺ひとりでやる。頼む、手は出すな」
「えっ、でも――」
「感じるんだ。“戦士”だ。正面からやらなきゃ意味がない」
「…………わかりました。ですが、危ないと思ったら助けます」
「助けはいらない。――モンスター、俺はジドル。勝負だ」

 骸骨の眼光が細くなる。
「名乗るか。よい、来い」

 剣と剣がぶつかるたび、火花が散り、腕が痺れる。重さも速さも一級だ。間合い管理も正確、隙がない。

「くっ……!」
「遅い」

 鎧の縁が頬を掠め、血が滲む。俺は呼吸を整え、一歩奥へ踏み込む。

「ファイヤースラッシュ!」
「浅い」

 片手でいなされた。反撃の斬り下ろしが肩を裂く。鈍い痛み。構わず踏み込む。

「ライト――」
「遅いと言った」

 がきん、と甲高い音。俺の剣身に走った亀裂が、蜘蛛の巣のように広がって――

「……折れた、だと」
「終いだ」

 骸骨の刃が振り下ろされる。視界が閃光に白む――その前に、緑の蔓が奔った。

「リーフヴァイン!」
「ロマ、だめだ――!」
「ごめんなさい、でも今は――今です、ジドル!」

 わずかな拘束。俺は残った柄を両手で握り、光を叩き込む。

「ライトオブソードォッ!」
「……ほう」

 胸骨に白光が弾け、骸骨が一歩だけ下がる。だが倒れない。蔓は瞬時に斬り裂かれ、緊張が張り詰めたまま止まる。

 奥の扉が、ぎぃ……と開いた。

「……道が開いた、ジドル。進みましょう」
「いや、戻るぞ」
「えっ?」
「戻る。補給もあるが、それだけじゃない。――ロマ、手を出すなと言っただろ」
「……すみません。でも、死んでしまったら」
「“真剣勝負”を汚してまで助かるのは、俺にとっては負けだ」
「でも――!」
「いいから戻るぞ!」

 思わず声が荒くなった。ロマが悔しそうに唇を噛む。

「……はい」

 広間を離れ、階段を引き返す。自分の声の棘が胸に残った。だが、言わなければならなかった。

 

◇ ◇ ◇

 地上の町。夕刻、武具屋の鈴が鳴る。
「剣は軽く、芯は強く。片刃でバインドを切れる硬度。……出来るか」
「上玉は高いぞ」
「払う」

 宿に戻ると、ロマが焚き火台の前で俯いていた。

「さっきは、言いすぎた」
「私こそ……勝手でした。ジドルが“やらせてくれ”と言ったのに」
「命を救うのは正しい。だけどな、俺にはどうしても貫きたいものがある」

 ロマが顔を上げる。静かな瞳。俺は言葉を選んだ。

「俺はずっと理不尽に殴られてきた。強い奴が笑い、弱い奴が踏まれる世界で。……だから、正面からぶつかって、互いに刃を交わして、勝ち負けを決めたい。
 逃げや横槍で決まる勝負じゃなく、“俺とお前”の真剣で。たとえ相手がモンスターでも、あいつは“戦士”だった。礼を欠きたくなかった」

 ロマはしばらく黙って、それから小さく微笑んだ。

「……わかりました。次は、私、見てます。最後まで。
 ただ、一つだけ。もし倒れたら、私、泣きます」
「倒れない。勝って戻る」

「はい。――朝、行きましょう」

 

◇ ◇ ◇

 翌朝、鍛え直した剣を腰に、再び九階層へ向かった。広間は昨日と同じ静寂をたたえ、その中心に――再び立つ、骸骨の戦士。

「来たか、人間」
「来た。今度は最後まで、俺ひとりで行く」
「よい。剣を抜け」

 深呼吸。握りが掌に馴染む。最初の一合は、俺から。

「――はっ!」

 踏み込み、捻り、抜く。骸骨の刃が正確に迎撃に来る。そこに半歩のズレを作る。

「ライトフェイント」
「小癪な」

 刃と刃が擦れ、火花が弾ける。肩口をかすめた衝撃を無視して、肘で押す。体幹が軋む。呼吸が熱い。

「楽しいぞ、人間」
「奇遇だな、俺もだ」

 間合いが切り替わる。一歩退いて溜め――骸骨が追い足を見せた瞬間、俺は踏み台にした石を蹴り、跳ね上がる。

「――ライト・ビッグソード!」

 光刃が膨張し、長大な斬撃へと変わる。骸骨が十字に受け太刀を構える。重圧が広間を押し潰し――

「押し切れぇぇぇ!」
「ぐ……ぬぅ……!」

 床石が砕け、衝突が弾けた。閃光が収まり、骸骨の長剣に走った亀裂がぱきりと弾け飛ぶ。

「……見事」

 胴の中心に決定打が入っていた。赤い炎がふっと細り、骸骨は膝をつく。

「久しく忘れていた……真っ直ぐな剣だ。
 人間、名を」
「ジドル」
「ジドル。楽しかった。これは礼だ――受け取れ」

 床に魔法陣が咲き、黒鉄と白光が交じる一振りが現れる。柄に触れた瞬間、馴染む。まるでずっと一緒だったかのように。

「……いい剣だ」
「その剣は“誓い”を喰う。折るな。汚すな」
「折らない。汚さない。誓う」
「ならばよい」

 骸骨の身体は砂のように崩れ、最後に小さく笑った。

「こんな戦いは、いつぶりか……」

 光が消え、静寂が戻る。奥の扉が、今度はゆっくりと、祝福のように開いた。

「ジドル!」
「ロマ。待たせた」
「ううん……すごく、かっこよかった」
「はは、汗だくでか?」
「そういうの、いいんです」

 ロマがほんの少し泣き笑いになる。胸の棘がほどけていくのを感じた。

「行こうか」
「はい。――その剣、名前つけます?」
「そうだな……“オース”はどうだ。誓いの剣って意味で」
「素敵です」

 新しい剣を腰に、俺たちは開かれた扉へ歩き出す。
 真剣を交わす理由は、もう胸に刻んだ。
 逃げない。歪めない。正面から――この世界で生きていく。

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