賢者の花嫁

桜木來華

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第一章

第一話 とある少女の話2

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少女は17歳になった。

「忌みの子」「災いの子」と言われる所以ゆえんである銀色の髪を無造作に伸ばし、青白く痩せこけた肌。しかし瞳だけは、アメジストに喩えられる程に美しく、強く意志を持った紫色をしていた。


真っ暗な地下室の中、ボロボロになった古新聞を重ねただけの質素なベッドから身体を起こし、朽ちかけた梯子はしごを上り、蓋を開け、辺りを見渡した。海の向こうから零れる光が夜明けを告げる。外から鳥の鳴き声も聞こえる。
良い天気だ。朝が来た。


誰もいないのを確認し、地下室から這い出ると、村の1番奥にある村長の家へ向かう。 
他の家よりも立派な煉瓦の家。その扉を叩くと、中から返事が聞こえ扉を開けた。

「村長、来ました……」
「来るのが遅い!」
「……!」

何時に来ようと、村長は必ず文句を言いながら少女に石を投げる。石は少女の額に当たり、弾みで倒れると、近くにいた使用人はまるで汚物でも見ているかの様な目で少女を睨み付け、サッと離れた。

「おい、汚い体で我が家のカーペットに寝そべるな!何時まで経っても学習しないな」

少女は怪我をした額を押さえながら起き上がり、その場に土下座した。その額には血が滲んでいる。

「ご、ごめんなさい……」

この石を避ければ、より酷い暴力が待っている事は十分理解している。少女は、続く暴言をじっと耐えた。
しゃべるな、気味が悪い、なんでお前は生きている。
そんな聞き飽きた罵声を繰り返す村長を他所に、そばに控えていた占い師が少女の隣に立ち、優しい表情で告げる。

「今日はいいお天気だわ、全員のお洗濯をして頂戴。それと、馬たちのお世話。男たちが漁から帰ってきたら、船に問題がないか見て欲しいわ。すべてこなせたら、また新聞をあげるわ」

麗しい占い師は少女の顔の横で今日の新聞の束をチラつかせる。それを見た瞬間、少女の目は輝いた。

「……すぐに、してきます」




村の者達の洗濯物はそれぞれ名前の書かれた籠に積まれ、村の少し端にある小川の近くに集められる。2~3日に1回少女がすべてを洗濯する。もし中身を間違えたり、汚れが残っていればどのような仕打ちが待ち受けているか分かったものでは無い。

少女がその場所へたどり着くと、そこには文字通り山積みの洗濯物。

「……よし」

冷たい川に衣服をつけ、1枚1枚丁寧に洗う。まだ村人は起きてこない。今のうちに少しでも多く終わらせたいところだ。じゃぶじゃぶと入念に洗い、汚れが酷いところは石鹸で落とす。きつく絞った後、森の入口の木に括り付けた針金に掛けていく。

今日は天気がいい上に風もある。このままやれば、乾くのは早いだろう。少女は籠の洗濯物を洗っては干し、また洗っては干しを繰り返した。


2時間ほどでようやく半分が終わると、村人が起きてきた。

「よう奴隷!今日も汚ぇなぁ!」 
「災いの子は死んでくださぁい」
「忌み子の癖に、よく生きていられるわ」

村人の言葉を聞きながらも、黙々と作業を続ける。すると、村の子供が走ってきて、少女の背中を強く蹴飛ばした。

少女はそのまま川に落ちる。

横に置いてあった洗濯物もひっくり返してしまうと、子供達は大人の真似をして暴言を吐きながら親の元へと走っていった。
川に流されそうな洗濯物を必死にかき集める少女を見て、その家族はよくやった、と笑いものにした。



やっとの思いで洗濯を終えても、少女に休息などない。食事も無い。栄養を補充されない身体で次の仕事をしなければならないのだ。

村の者が関所を通って隣町へ出かける際に使われる馬。彼等を定期的に洗い、メンテナンスをするのも少女の仕事だった。その為、洗濯をする川の反対側に位置するうまやに行かなくてはならない。家の前を横切ると暴力を受ける為、遠回りにはなるが海岸側を回って走った。


天気が良い所為で日光に晒され、熱を持った砂浜の上を駆ける。しゃくしゃく、と小さな音を立てながら少女は厩を目指した。

「おい、奴隷。お前何してんの?」
「……え」
「え?じゃねぇよ何してんのって聞いてんの!」

大柄な髭の男は聞き返す少女の頬を思い切り殴った。海へと投げ出された少女の頬は赤く腫れ、しばらくは引かないだろう。

「ご、ごめんな、さい。厩へ、向かっていて……」
「あ?聞こえねぇよ」

男は少女の頭を踏みつけ、水面に沈めさせる。息苦しさから顔を上げようとする少女の反応を面白がり、何度か踏みつけて遊び、最後に腹を思い切り蹴って立ち去った。

残された少女は酷く咳き込み、真っ青だ。そんな哀れみの姿を見ていた子供達は嘲笑う。少女に向けて砂をかけ始めた。

「や、やめてください、やめて」
「おれらにめーれーすんなよな!」
「うわぁ、きったねぇなぁ」
「さすがおっちゃん!」
「なー!!」

痛む身体を引き摺って子供達から離れようとすると、その先に一人の男が立ちはだかった。

「あ、あの、私、もう行かないと…」
「奴隷は奴隷らしく、子供達の玩具になっていろ!」

少女の髪を掴み無理矢理立たせると、そのまま砂浜に叩き付けた。その姿を子供達がはやし立て、男の妻は彼を褒め讃える。

この村は、狂っている。
大人も子供も少女を傷付けることが正しいと信じていた。



彼等が少女を虐めるのに飽きると、今度こそ少女は厩へたどり着く。

古めかしい小屋から馬達を出すと、その体を優しく洗ってやった。泡をつけ、優しく撫でさすり、水で流す。馬は少女の洗い方が気持ち良いのか、少女に鼻を擦り寄せた。

「う、わ」

裏表の無い優しい触れ方に、少女は安心して馬を抱き締める。動物だけは、少女を虐めるようなことはしない。この厩の掃除は少女にとっての数少ない癒しだった。

「さて、お家を洗わないと」

馬に外に出てもらっている間に、小屋の掃除をしなくてはならない。藁をかきあつめ、糞を始末する為に木箱を準備する。酷い匂いだが、これを怠ると馬にとってストレスになる為、少女は努めて丁寧に掃除をした。
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