完堕ち女子大生~愛と哀しみのナポリタン~

ミロ

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第一章 運命の人

【5】

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  「定休日」の札がかかった扉を開けると、厨房から声がした。
「すみれちゃん、さっき新しい食器が届いたよ」
 カーディガンを脱いで急いで奥に入ると、長門はちょうど一つ目の段ボールを開けているところだった。カダイ、という丸い器は内側はステンレス、外は銅製になっている。熱伝導が良く、カレーが冷めにくい。両脇についた耳のような取っ手には、エンボス加工の模様が施されていた。
「なんかグッとインドっぽくなりますね」
「そうだろ」
 ドヤ顔の長門にサムアップポーズで応える。
「じゃ、やるか」
「はい!」

 今まで使っていた皿やコーヒーカップ、スプーンを長門が食器棚から取り出し、バケツリレーのようにすみれに手渡していく。
「お皿、結構重いから気をつけて」
「ホントだ」
 すみれは落とさないように慎重に受け取りながら、作業台に並べていった。すべて終わると、今度は一つ一つ新聞紙で包み、緩衝材と一緒に段ボールに納めていく。最後の一個が終わるまで、たっぷり二時間はかかった。
「お疲れさん。ひと休みね」
 長門がコーヒーを差し出した。
「マスター、この食器どうするんですか」
「寄付しようと思って。中古の食器を受け付けてくれる団体があるんだ。捨てちゃうより世の為になるだろ」
 世の為、か。サークルでボランティア活動をしているすみれは、長門のそんな気持ちにほっこりする思いだった。
 新しい食器は食洗機にセットしてスイッチを入れる。乾燥が終わったら、あとは食器棚に納めていくだけだ。時計の針は正午を回っていた。

「そろそろお昼にしようか」
「イタリアンでしたよね」
「うん、バッチリ下ごしらえしてあるから」
 そう言うと、長門はドアボーイのように事務室横の扉を開けた。
「きょうは二階にどうぞ」
 店の上は長門の自宅になっているが、階段を上がるのは初めてだ。
「どうなってるのか、一度覗いてみたかったんですよ」
 ちょっと前にリフォームしたという話は聞いた気がする。確かに、チアダンス部を引退してから四ヶ月くらい、店が閉まっていた時期があった。しかし、長門が多くを語らなかったので、話題にするのは避けていた。

「おじゃましまーす」
 重たそうなドアを開ける長門の後に続いて玄関に入ったすみれは、思わず歓声をあげた。
 正面奥には広いキッチンとダイニングテーブル。右手には八十インチはありそうな大型ディスプレイがドンと構えている。天井からはモニタースピーカーが吊る下がっていて、背の高いリクライニングチェアに座ればもうミニシアターだ。左に目をやると、奥にはキングサイズのベッドが綺麗にメイキングされていた。ベッド横の壁は全面鏡張りの引き戸になっている。恐らくクローゼットだろう。天井はところどころ梁がむき出しになっており、天窓から光が射しこんでいる。無垢材のフローリングが敷き詰められた大きなワンルームは、店からは想像できない空間だった。

「おしゃれ過ぎですよ、マスター」
「能ある鷹はネイル隠す、だ。ははは」
 長門はさっさとキッチンに陣取り、冷蔵庫から食材を取り出している。
「本当に彼女とかいないんですか」
「すみれちゃん、言ったよね。俺には彼女なんか出来ないって。親父ギャグばっかり言ってるようじゃ無理だって」
 まだキョロキョロしているすみれを可笑しそうに眺めながら、大きめのフライパンをコンロにかける。
「アクアパッツァだけどいい?」
「アクアパッツァ! 早く食べたい!」
「下ごしらえはしてあるけど、もうちょっとかかるから、テレビでも見てて」
 のんびり言いながらオリーブオイルをひくと、長門はニンニクを投入した。ほどなくして、食欲をそそる香りが立ち込めてくる。すみれは思わず目をつむってその匂いを吸い込んだ。

 大型ディスプレイには、すみれが大好きなエレクトロ・ポップユニットのライブが流れていた。最新の映像技術を駆使した派手な舞台演出と、三人のシンクロするダンスは海外でも人気だ。部屋中に重低音が響く。
「すごい迫力……」
 息をのむと、キッチンから長門が自慢げに声をあげる。
「リフォームした時に二階は完全防音にしたんだ。映画とか音楽とかご近所さんに遠慮しないで楽しめるように」

 ライブが佳境に入ったころ、「出来上がったよ!」という声が聞こえた。
 ダイニングテーブルの真ん中には、真鯛を丸ごと一匹使ったアクアパッツァが、フライパンのまま鎮座していた。黄と赤のパプリカ、ミニトマトが華やかな彩りを添えている。イタリアンバジルの緑も鮮やかだ。
「すみれちゃんがいてくれたお陰できょうは本当に助かったよ、て、まだ終わってないか。最後はパスタで締めるから、汁は残しておいて」
 いただきます。キチンと手を合わせてから、すみれは左手でスプーンを伸ばす。魚介の旨味が溶け出したスープにため息が漏れた。ニンニクが利いている。ふんわり焼き上がった真鯛は柔らかくホクホク。添えられたあさりもたまらない。

 料理に使った白ワインの残りを口にした長門が「ふー」と息をついた。
「ワインとまた合うんだよ。あ、すみれちゃんはまだ未成年だったっけ」
「ずるい! 私だって来月にはハタチですよ」
 じゃあ一口だけ。長門はグラスをもう一つ取り出すと、白ワインを控えめに注いだ。
 口に含むと、潮風のような香りが広がる。アクアパッツァとの相性は抜群で、スプーンが止まらなくなった。
「マスター、これ、お店で出さないんですか。絶対受けますよ」
「こっちは趣味、カレーは仕事。趣味は仕事にしないの、俺は」
「えー、もったいない」
 真鯛が残り三分の一ほどになったところで、長門はパスタを茹で始めた。
「これがまた美味いんだ」
 手際よくアルデンテに仕上げると、アクアパッツァの茹で汁をフライパンに加え、パパッと塩胡椒を振る。残っていた真鯛の身をほぐすと、スープにパスタを絡ませ、最後にオリーブオイルをひと回しした。
「さあどうぞ」

 口にしてすみれは思わず目を見張った。なにこれ……。
「マスター、これヤバいです」
「鍋の最後の雑炊が美味しいのと似てるだろ」
「ヤバい、ホントにヤバい」
 気が付くと、二人分のパスタをほとんど平らげていた。
「俺の分も取っておいてくれよ」
 長門が呆れたようにイヤミを言うと、すみれは、あ、と声をあげた。
「ごめんなさい。でも、美味しかったんだもん」
「そんなに気に入ってもらえた?」
「気に入ったなんてもんじゃないです。私もこんなの作れたらなあ」
 純平に食べてもらえるのに、という言葉は飲み込んだ。
「料理自体は簡単なんだよ。白身魚ならなんでもいいし、一匹丸ごとじゃなくて切り身でもOKだし。今度教えてあげる」
「やった!」
「でも、パスタ全部食べられちゃったしなあ。そうだ、罰として一つ手伝ってもらおう」
「なんでもやります!」
 ホントに? 長門はすみれに聞こえないようにつぶやいた。
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