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55. 悲しい戦い(ジャック視点)
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(愛している、そうなら何故男はルーク殿下を連れ去ったのだろう。)
最初こそ攻撃されたが、お互いの距離が離れたこともあり、静かな膠着状態になる。
いや、多分この男は対話を望んでいるのだと分かった。
「少し話をしよう」
罠である可能性は当然高い。けれど殺気は消えている。俺が静かに見つめ返せば、男は持っていた獲物をしまう。
「これで良いだろう?」
「……分かった、応じる」
俺も自身の剣をしまう、すると男の昏い瞳に僅かに何か感情がうつる。
「護衛騎士のジャック、お前は貴族で騎士で俺とは身分は違うがルーク殿下を守ることを生業にし、それでいて決してその垣根が変わらないという意味ではよく似ている。だから、中に入れた」
中に入れた。
そう言えばこの館に入るのは難しいと聞いていたのにあっさり入れたのは、この男が俺を入れたかららしい。
「俺は、物心ついた時にはすでに人を殺すことを生業にしていた。それは当たり前で食事をするくらい自然だった。命は奪うものでしかない。そんな時に俺はルーク殿下専属の影に任命された。最初はわがままなだけの坊ちゃん、不幸な人間のことなど理解できない愚かな主君。そう思っていたよ」
しばらく沈黙をしてから男は話を続けた。
「けれど、仮の姿、庭師をしていた時にルーク殿下が心配そうにいったんだ。「働きすぎだよ、休もう」って。最初意味がわからなかった。けれど、ルーク殿下は土で汚れた俺の手を握りしめて目を合わせていった。「昨日の夜偶然、庭にいるのを見た。寝ていないよね」って。「寝ないと駄目だ、いつかそれが原因で、死んでしまう」妙に確信を持っていてびっくりした、まるで自分が体験したみたいな口ぶりだった。そんなはずないのにな……はじめてだった、人に心配されたのが……その時、ルーク殿下は白い薔薇の香りを気まぐれにかいだんだ、それが、どんなものより美しく思えた瞬間、きっと恋を知った」
そんなに美しい想いを頂いたなら、何故かれはルーク殿下をさらったのかが純粋に気になった。
「何故、ルーク殿下をお前は連れ去った?」
「俺は決して選ばれないからだ」
そう言いきったその顔には明確な諦めが浮かんでいた。
「選ばれないって、それは当たり前だ。俺もお前もただ、ルーク殿下の幸せをお守りできれば良いはずだ」
「そうだな、高潔で汚いものを知らないお前はそう愚直になれるだろうさ。羨ましい」
羨ましいと言いながらそこにあるのは同情的なものだった。本質では全く羨んでいないだろうことが分かる。
美しかった男の感情はどうして歪んだんだろう。しかし、答えは浮かばない、いやはじめから全ては手遅れだったのかもしれない。
ならば、もう話すことはない。
「ルーク殿下を返してもらおうか」
「まさか、そう簡単に返すなら攫うわけがない」
男の昏い瞳には一切の光がない、まるで、全てを拒絶するような絶対的な黒い目。
何ひとつもう届かない場所にいる、そんな気がした。
「……お前がいくらルーク殿下を手に入れたいと願っても、殿下の心は手に入らない」
しかし、その言葉に男は笑う。ケラケラと狂ったように。急な変化に一瞬唖然とした。意味がわからなかったから。
「はじめから心など手に入れるつもりはない。ルーク殿下を今ある部屋に閉じ込めている。「開かずの間」と呼ばれる部屋で、その中に入ったものは数日で心を壊す。そうしたらやっと、ルーク殿下は俺だけの花になる」
「駄目だ、そんなこと許されない」
「許しなんて得るつもりはない、元から全て許されないことだ、そうだろう?」
そこで俺は理解した。この男はとうの昔に諦めている。
ルーク殿下を愛し愛されたいのではない、ルーク殿下という存在だけを愛している。一方的に募り続けて変質したそれは、けっして手に入らないことへの焦燥が変わり果てた姿、それは一歩誤れば俺も踏んだ可能性があった道。
「ああ、そうだな」
ふたりの視線が交わり、男は再び獲物を構えた。はじめから最早それ以外の道は残されてはいない。
俺も剣を構えた、悲しい殺し合いの幕があがった。
最初こそ攻撃されたが、お互いの距離が離れたこともあり、静かな膠着状態になる。
いや、多分この男は対話を望んでいるのだと分かった。
「少し話をしよう」
罠である可能性は当然高い。けれど殺気は消えている。俺が静かに見つめ返せば、男は持っていた獲物をしまう。
「これで良いだろう?」
「……分かった、応じる」
俺も自身の剣をしまう、すると男の昏い瞳に僅かに何か感情がうつる。
「護衛騎士のジャック、お前は貴族で騎士で俺とは身分は違うがルーク殿下を守ることを生業にし、それでいて決してその垣根が変わらないという意味ではよく似ている。だから、中に入れた」
中に入れた。
そう言えばこの館に入るのは難しいと聞いていたのにあっさり入れたのは、この男が俺を入れたかららしい。
「俺は、物心ついた時にはすでに人を殺すことを生業にしていた。それは当たり前で食事をするくらい自然だった。命は奪うものでしかない。そんな時に俺はルーク殿下専属の影に任命された。最初はわがままなだけの坊ちゃん、不幸な人間のことなど理解できない愚かな主君。そう思っていたよ」
しばらく沈黙をしてから男は話を続けた。
「けれど、仮の姿、庭師をしていた時にルーク殿下が心配そうにいったんだ。「働きすぎだよ、休もう」って。最初意味がわからなかった。けれど、ルーク殿下は土で汚れた俺の手を握りしめて目を合わせていった。「昨日の夜偶然、庭にいるのを見た。寝ていないよね」って。「寝ないと駄目だ、いつかそれが原因で、死んでしまう」妙に確信を持っていてびっくりした、まるで自分が体験したみたいな口ぶりだった。そんなはずないのにな……はじめてだった、人に心配されたのが……その時、ルーク殿下は白い薔薇の香りを気まぐれにかいだんだ、それが、どんなものより美しく思えた瞬間、きっと恋を知った」
そんなに美しい想いを頂いたなら、何故かれはルーク殿下をさらったのかが純粋に気になった。
「何故、ルーク殿下をお前は連れ去った?」
「俺は決して選ばれないからだ」
そう言いきったその顔には明確な諦めが浮かんでいた。
「選ばれないって、それは当たり前だ。俺もお前もただ、ルーク殿下の幸せをお守りできれば良いはずだ」
「そうだな、高潔で汚いものを知らないお前はそう愚直になれるだろうさ。羨ましい」
羨ましいと言いながらそこにあるのは同情的なものだった。本質では全く羨んでいないだろうことが分かる。
美しかった男の感情はどうして歪んだんだろう。しかし、答えは浮かばない、いやはじめから全ては手遅れだったのかもしれない。
ならば、もう話すことはない。
「ルーク殿下を返してもらおうか」
「まさか、そう簡単に返すなら攫うわけがない」
男の昏い瞳には一切の光がない、まるで、全てを拒絶するような絶対的な黒い目。
何ひとつもう届かない場所にいる、そんな気がした。
「……お前がいくらルーク殿下を手に入れたいと願っても、殿下の心は手に入らない」
しかし、その言葉に男は笑う。ケラケラと狂ったように。急な変化に一瞬唖然とした。意味がわからなかったから。
「はじめから心など手に入れるつもりはない。ルーク殿下を今ある部屋に閉じ込めている。「開かずの間」と呼ばれる部屋で、その中に入ったものは数日で心を壊す。そうしたらやっと、ルーク殿下は俺だけの花になる」
「駄目だ、そんなこと許されない」
「許しなんて得るつもりはない、元から全て許されないことだ、そうだろう?」
そこで俺は理解した。この男はとうの昔に諦めている。
ルーク殿下を愛し愛されたいのではない、ルーク殿下という存在だけを愛している。一方的に募り続けて変質したそれは、けっして手に入らないことへの焦燥が変わり果てた姿、それは一歩誤れば俺も踏んだ可能性があった道。
「ああ、そうだな」
ふたりの視線が交わり、男は再び獲物を構えた。はじめから最早それ以外の道は残されてはいない。
俺も剣を構えた、悲しい殺し合いの幕があがった。
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