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15.ネモフィラの純粋(視点:ウィリアム)
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「始めまして、ベラトリクスと申します」
鈴のような声という表現をたまに聞くがまさにそれだった。僕はその日、全人生をかけてもかまわないと思うような美しい人に出会った。
はじめて出会った彼女はまるで夕日のような真っ赤で美しい髪にエメラルドの瞳をした美しい少女だった。ベラトリクスを見た瞬間今まで灰色だった世界が色づくのがわかった。
彼女を中心に色彩が生まれていくようだった。それは今まで感じたことがないもの、僕は彼女に恋をしたのだ。
「ベラトリクスを自分のものにしたいそのためなら何でもしようそれが神に逆らうことでも」そう、本当に頭の中で声がした気がした。
その自分の心の声に恐れ慄いた。怖くて怖くてしかたなかった。少なくとも母にされた恐ろしい行為が頭をちらつく。愛とは醜いものだ。一方的で醜い。そんなものをあの美しいベラトリクスに向けてはいけない。
葛藤する僕を彼女が見つめたのが分かった。美しいそのエメラルドの瞳に僕を映して欲しい。けれど……醜い僕が映る資格等あるのだろうかと思うと思わずその目を反らしてしまった。
その日から王宮と自宅を往復するようになった。ただ、ひと目でもベラトリクスに会いたくてしかたなかった。そして、たまにベラトリクスは僕に声をかけてくれた。ささやかな挨拶の言葉も嬉しかった。けれど僕のような醜い怪物が彼女に声をかけるのが怖かった。傷つけてしまう気がした。今思えばその声に応えるべきだったと思うが最早後の祭りに過ぎない。
正直自分が口下手なのがわかっていた。変なことを話して彼女に軽蔑されると思うと何より恐ろしくてしかたなかった。自分のことしか考えられない愚かさに今思えば自嘲しかない。
それを悲しそうに見つめているベラトリクスに罪悪感が募っていったが、どうしてもうまく話すことができなかった。自分が母のように身勝手にベラトリクスを傷つける可能性が怖かったから直接声をかけることもできなかった。なんて臆病な男だろう。
王宮でのスケジュールが詰まっていたので家には長居はできなかったが、僕はベラトリクスに会いたくて足しげく家に帰るようになった。
そうして、ベラトリクスがみすぼらしい格好をしていることに気づいた。だから使用人に彼女をしっかり面倒みてほしいと伝えたし、ドレスや装飾品を送ることにした。
僕は自分の歪さを理解していたから、直接渡すことがためらわれて使用人にお願いをした。
けれどそれだけでは足りないと思った。ベラトリクスはいつ見ても家の中で浮いていた。あんな暗い家の中で美しく穢れないベラトリクスが可哀そうだ。だからどうにかしてあげたいと思ったがベラトリクスがどうしたいのかが僕にはわからずそれを知りたくて彼女をただ見つめていた。
そんなある日、ベラトリクスが花を摘んでいるのを目撃した。彼女はもしかしたら花が好きなのかもしれないと直感的にそう思った。ならば僕はせめてベラトリクスが少しでも喜んでくれればと思い、庭師にお願いをして家の中を花であふれさせるようにした。特別花が好きだったわけではないが彼女のために花を選ぶのは楽しくいつの間にかのめりこんでいた。
特に僕のお気に入りは「ネモフィラ」だった。可憐なその花は悲しい物語を持った花でもあった。
昔、ネモフィラという女性がいて、その女性に恋をした男がいた。男は神様に
「ネモフィラと結ばれるのなら全てを失ってもかまわない」
と願った。願いは叶えられてネモフィラと結ばれたが男は結婚式前日に願いを叶えた代償に死んだ。
男を愛していたネモフィラは死者の門の前で男を待ち続け、ついには花になってしまったのだという。
その純粋な悲恋の物語に僕は感動し、ネモフィラを思った男のような純粋な想いであるならばベラトリクスに抱いても許されるだろうと勝手に思い込んだ。そうしないとベラトリクスへ何か思うことさぇ躊躇われたから。僕はその日からネモフィラの花束をベラトリクスに送るようになった。
こっそりと、その部屋の前に花束を置き続けた。それはある種の宗教的な儀式のように僕には神聖な行いに思えて、その時だけはとても幸せだった。
見返りなどはいらない。せめて少しでも彼女が喜んでくれたならば……。
花束にはメッセージカードもつけていた。
「君がもし困った時は必ず助ける。だからどうか教えてほしい」
ある日、僕はソレイユに誘われてある歌劇を観に行った。内容はとある醜い怪物が美しい歌姫に恋をする物語。
歌劇に興味はあまりなかったが、その物語は違った。僕は完全に怪物に感情移入した。特に怪物が歌姫を想うばかりに殺人を犯す姿がなんだか未来の自分のようで底知れぬ恐怖を感じた。
狂おしいまでに愛する彼女のためならなんでもしよう。
怪物のセリフだったが自分のことのようで体が妙に熱くなる感覚があった。それは自分の運命を決定付けた瞬間だったのかもしれない。
そうして、僕は彼女の部屋をその日はじめて訪れた。この気持ちを彼女に伝えよう、好きとかではなく守りたいのだと直接に。しかし、そこで僕は衝撃的なものを見ることとなる。ネモフィラがドアの前でバラバラに散らされていたのだ。
それを見た瞬間笑いがこみあげてきた。
「僕は彼女に嫌われていたんだな」
醜い存在だから。僕は彼女から嫌われている。そう思うと心が激情で焼けるようだった。僕が今までしたことは彼女を傷つけるだけでなにひとつ助けになりはしなかった。そうして彼女は僕が嫌いだからいきなり僕に何か言われたらより嫌な気持ちにさせてしまうと思った。
しばらくベラトリクスと距離を置くべきか。けれど僕には耐えられなかった。ベラトリクスが僕を嫌いでも構わない。せめて憎んでもらえればベラトリクスの中で生きていければ……。何かが変質し始めた瞬間だったのかもしれない。
誰かが僕の愚かな病をオリオン公爵家の偏執狂と呼んだが僕にはわかる、これはそれだけではない、僕の母からも引き継いだ執着でもあり、そのふたつが混ざり合って生まれた僕は生まれてはいけなかった醜い怪物なのだ。
鈴のような声という表現をたまに聞くがまさにそれだった。僕はその日、全人生をかけてもかまわないと思うような美しい人に出会った。
はじめて出会った彼女はまるで夕日のような真っ赤で美しい髪にエメラルドの瞳をした美しい少女だった。ベラトリクスを見た瞬間今まで灰色だった世界が色づくのがわかった。
彼女を中心に色彩が生まれていくようだった。それは今まで感じたことがないもの、僕は彼女に恋をしたのだ。
「ベラトリクスを自分のものにしたいそのためなら何でもしようそれが神に逆らうことでも」そう、本当に頭の中で声がした気がした。
その自分の心の声に恐れ慄いた。怖くて怖くてしかたなかった。少なくとも母にされた恐ろしい行為が頭をちらつく。愛とは醜いものだ。一方的で醜い。そんなものをあの美しいベラトリクスに向けてはいけない。
葛藤する僕を彼女が見つめたのが分かった。美しいそのエメラルドの瞳に僕を映して欲しい。けれど……醜い僕が映る資格等あるのだろうかと思うと思わずその目を反らしてしまった。
その日から王宮と自宅を往復するようになった。ただ、ひと目でもベラトリクスに会いたくてしかたなかった。そして、たまにベラトリクスは僕に声をかけてくれた。ささやかな挨拶の言葉も嬉しかった。けれど僕のような醜い怪物が彼女に声をかけるのが怖かった。傷つけてしまう気がした。今思えばその声に応えるべきだったと思うが最早後の祭りに過ぎない。
正直自分が口下手なのがわかっていた。変なことを話して彼女に軽蔑されると思うと何より恐ろしくてしかたなかった。自分のことしか考えられない愚かさに今思えば自嘲しかない。
それを悲しそうに見つめているベラトリクスに罪悪感が募っていったが、どうしてもうまく話すことができなかった。自分が母のように身勝手にベラトリクスを傷つける可能性が怖かったから直接声をかけることもできなかった。なんて臆病な男だろう。
王宮でのスケジュールが詰まっていたので家には長居はできなかったが、僕はベラトリクスに会いたくて足しげく家に帰るようになった。
そうして、ベラトリクスがみすぼらしい格好をしていることに気づいた。だから使用人に彼女をしっかり面倒みてほしいと伝えたし、ドレスや装飾品を送ることにした。
僕は自分の歪さを理解していたから、直接渡すことがためらわれて使用人にお願いをした。
けれどそれだけでは足りないと思った。ベラトリクスはいつ見ても家の中で浮いていた。あんな暗い家の中で美しく穢れないベラトリクスが可哀そうだ。だからどうにかしてあげたいと思ったがベラトリクスがどうしたいのかが僕にはわからずそれを知りたくて彼女をただ見つめていた。
そんなある日、ベラトリクスが花を摘んでいるのを目撃した。彼女はもしかしたら花が好きなのかもしれないと直感的にそう思った。ならば僕はせめてベラトリクスが少しでも喜んでくれればと思い、庭師にお願いをして家の中を花であふれさせるようにした。特別花が好きだったわけではないが彼女のために花を選ぶのは楽しくいつの間にかのめりこんでいた。
特に僕のお気に入りは「ネモフィラ」だった。可憐なその花は悲しい物語を持った花でもあった。
昔、ネモフィラという女性がいて、その女性に恋をした男がいた。男は神様に
「ネモフィラと結ばれるのなら全てを失ってもかまわない」
と願った。願いは叶えられてネモフィラと結ばれたが男は結婚式前日に願いを叶えた代償に死んだ。
男を愛していたネモフィラは死者の門の前で男を待ち続け、ついには花になってしまったのだという。
その純粋な悲恋の物語に僕は感動し、ネモフィラを思った男のような純粋な想いであるならばベラトリクスに抱いても許されるだろうと勝手に思い込んだ。そうしないとベラトリクスへ何か思うことさぇ躊躇われたから。僕はその日からネモフィラの花束をベラトリクスに送るようになった。
こっそりと、その部屋の前に花束を置き続けた。それはある種の宗教的な儀式のように僕には神聖な行いに思えて、その時だけはとても幸せだった。
見返りなどはいらない。せめて少しでも彼女が喜んでくれたならば……。
花束にはメッセージカードもつけていた。
「君がもし困った時は必ず助ける。だからどうか教えてほしい」
ある日、僕はソレイユに誘われてある歌劇を観に行った。内容はとある醜い怪物が美しい歌姫に恋をする物語。
歌劇に興味はあまりなかったが、その物語は違った。僕は完全に怪物に感情移入した。特に怪物が歌姫を想うばかりに殺人を犯す姿がなんだか未来の自分のようで底知れぬ恐怖を感じた。
狂おしいまでに愛する彼女のためならなんでもしよう。
怪物のセリフだったが自分のことのようで体が妙に熱くなる感覚があった。それは自分の運命を決定付けた瞬間だったのかもしれない。
そうして、僕は彼女の部屋をその日はじめて訪れた。この気持ちを彼女に伝えよう、好きとかではなく守りたいのだと直接に。しかし、そこで僕は衝撃的なものを見ることとなる。ネモフィラがドアの前でバラバラに散らされていたのだ。
それを見た瞬間笑いがこみあげてきた。
「僕は彼女に嫌われていたんだな」
醜い存在だから。僕は彼女から嫌われている。そう思うと心が激情で焼けるようだった。僕が今までしたことは彼女を傷つけるだけでなにひとつ助けになりはしなかった。そうして彼女は僕が嫌いだからいきなり僕に何か言われたらより嫌な気持ちにさせてしまうと思った。
しばらくベラトリクスと距離を置くべきか。けれど僕には耐えられなかった。ベラトリクスが僕を嫌いでも構わない。せめて憎んでもらえればベラトリクスの中で生きていければ……。何かが変質し始めた瞬間だったのかもしれない。
誰かが僕の愚かな病をオリオン公爵家の偏執狂と呼んだが僕にはわかる、これはそれだけではない、僕の母からも引き継いだ執着でもあり、そのふたつが混ざり合って生まれた僕は生まれてはいけなかった醜い怪物なのだ。
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