婚約破棄が確定している悪役で聖女の私は国外追放されて自由になるはずだった。

ひよこ麺

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16.ネモフィラの悲劇(視点:ウィリアム)

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その日、事件が起きた。

母が、ついにベラトリクスに直接害を及ぼしたのだ。そうならないように注意していたがまだ幼く家の実権を持っていなかった僕の考えが甘かったのだ。

母はベラトリクスに毒を盛った。彼女の食事に使用人に入れさせたのだと後で問い詰めた時に母が言っていた。

「いかないで」

そう泣き叫び追いすがる母を突き飛ばして僕は極上の笑みを浮かべる。

「僕はあなたを許さない」

腸が煮えくり返るという言葉があるがその時まさにそういう気持ちだった。ベラトリクスを失うかもしれないそう思うと恐怖がせりあがってきた。

解毒をしなければ。

そして、ベラトリクスの部屋の扉を開いて唖然とした。そこは何もない殺風景な部屋でなんとかベッドはあったがそれもとても粗末でとてもご令嬢が眠るようなものではなかった。

あれだけ使用人に言い聞かせたのに彼女の待遇は一切変わっていなかった。さらに悪いことに僕の送ったドレスも装飾品も見当たらない。本当にだった。

声にならない慟哭が胸を打つ。ベラトリクスがどんな気持ちでこの部屋にいたのか考えただけで胸を搔きむしり心臓を抉りだしたいような行き場のない思いが沸き立つ。

しかし、慟哭している場合ではない。ベラトリクスの毒で上気した赤い頬に涙を流しながら、口に解毒剤を流し込む。その苦みにベラトリクスの顔が歪む。それすらも悲しくって仕方ない。彼女を傷つける全てが憎くて憎くてたまらない。

ベラトリクスの瞳から真珠のような涙が流れ落ちた。

あまりの美しさにその涙を指で拭う。勿論この罪が癒されるはずなどない。けれどそれでも……。

その後の記憶は曖昧だ。ただ、僕はこの事件の首謀者である母をその後責め立てた。最初は母もかわいそうなだけの人だったのかもしれない。しかし無関係な子供をベラトリクスを巻き込んだ罪は重い。

今まで言うことのなかった全てを吐露した、それは錯乱して実の息子に行ったも含めて。長年心を蝕んでいた母にはそれで充分だった。

母は自殺した。

母が自殺してすぐ、僕はいままで母に従いベラトリクスを虐げていた使用人ほぼ全てを解雇した。勿論反する者もいたが、ベラトリクスへの虐待行為ならびに僕がベラトリクスへ贈ったものの窃盗などで犯罪者となるか辞めるかを決めさせた結果、僕やベラトリクスの願いを聞いてくれていた庭師以外全て総入れ替えとなった。

新しい使用人についてはしっかりと面談を行い問題がないものだけを集めた。もうベラトリクスが虐待されることなどなくなった。

不幸の因子を取り除いたことでベラトリクスは少し幸せそうに過ごすようになった。もっと幸せにしてあげたい。そう考えた時、彼女に友人が必要だと考えた。

暗い屋敷にひとりでいるのはとても辛い。だから気晴らしが出来るような、僕にとっての王宮のような場所がベラトリクスにも必要だと考えた。

そんな時、丁度とある令嬢の誕生会の誘いが届いていた。だからそれがベラトリクスの手に渡るよう手配した。

ベラトリクスもその手紙を読んで嬉しそうに笑っていた。その笑顔を守りたい。ベラトリクスがずっと笑顔でいてくれるように願いながら、マナーの稽古が出来るよう急いで人材を手配し、新しいドレスをさりげなくプレゼントした。

それは青いドレス。こっそり自分の瞳の色のものを送った。婚約者も保護者も同伴しないため僕が彼女のエスコートをすると願いでた。とても緊張したが、彼女は興味がないようにうなずいた。

ベラトリクスをエスコートするのが夢のようで、ちゃんと恥をかかないよう必死だった。

慣れないマナーを必死に学び、挨拶するベラトリクスが健気でいとおしい。しかし、それが周りの令嬢、令息たちがクスクスと嘲笑したのが分かった。

「本当に、公女様なのかしら」
「あんな礼みたことない」

「食べ方も本当に品がないわ」
「あのドレスもただ派手なだけね」

「顔だってそこまで美しくない」
「赤い髪が珍しいだけよ」

とりあえずベラトリクスを嘲り笑う全ての人物の顔と名前は記憶した。ソレイユも居るこの場で大事はさすがに起こせないがあとで必ず報復をする。そう考えていた時、ひとりの令嬢がベラトリクスに近付いた。

ベラトリクスと同じ珍しい赤い髪の令嬢。そこでハッとした。彼女、クレア伯爵令嬢こそ母が養子に出した正真正銘の僕の腹違いの妹だった。

初めてみたクレアに僕は何も感じなかった。ベラトリクスに感じたような美しい思いなどひとつもわかなかったし、なんなら目障りだとすら思った。

そのクレアがわざとベラトリクスに近づいてグラスの中身をかけようにしたのが分かった。咄嗟に体が動いた。

(クレアを取り押さえねば)

しかしその目論見は思わぬ形で失敗した。クレアは謝ってソレイユにぶつかり、ベラトリクスはソレイユに突き飛ばされる形となった。頭が真っ白になる。

「いたた……君だいじょう……えっ」

「……」

その瞬間、直感した。ベラトリクスはソレイユを見て恋をしたと。そして自身の中に真っ黒い嫉妬が生まれた。

「早く、早く彼女の手当をしろ」

しかし、ソレイユの次の言葉で正気になる。私はすぐに、呆然としているクレアを取り押さえた。それから彼女を別室へ連れて行く。勿論王族への不敬行為による聞き取りのため、という名目でのある計画のために。

そう、あくまで名目。何故ならまだ僕は近衛騎士では見習いだったから。そんな権限は当然ない。

「あ、あの、私……ソレイユ様にそんなことするつもりはありませんでした」

「ああ。ただ僕の妹である公女のベラトリクスに傷害行為を行おうとしたことは間違いないだろう」

「そ、そんなこと……」

「まぁ、君が何故そんなことをしたのかもわかる。彼女は元平民で公爵家の血筋のものではないからな」

「そうです、元平民のくせに……」

憎々しげに自身の罪を棚にあげるクレアに同じ血が流れているとはいえ嫌悪しか感じない。いや、オリオンの血筋故に同族嫌悪があるのかもしれない。

「そう。ここで君にだけある話をしよう。僕の父親にはそれはそれは愛していた愛妾がいたんだ。彼女はじつは娘をひとり産んだんだが、その産後の肥立ちが悪く亡くなってしまった」

「……その愛妾の娘が彼女なのですか?」

「いや、違う。彼女は正真正銘元平民に過ぎないよ。だってその娘は母の知り合いであるある伯爵家に養子にだされたからな。ところでクレア嬢、ベラトリクスと同じで君の赤い髪はとても珍しい。その愛妾も真っ赤な髪をしていた」

そう耳打ちした時、クレアの表情が変わる。僕の言わんとすることを察したらしい。それから何故か少し顔を赤らめた。

「つまり、私が……」

「それ以上はいけない。ただ、今後も色々よろしく頼むよ」

我ながら寒気がするような笑顔を浮かべる。内面では憎々しさとベラトリクスとソレイユにした行為への怒りしかなかったが、僕には駒が必要であった。それが実は腹違いの実の妹であっても。
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