疲れたあなたの背中をそっと押すサプリ、あるいはプラセボ

しかまさ

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2009年作品

死がふたりを分かつまで

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 メイが映画の主役に抜擢されることが正式に決まった日、睦樹とメイは離婚した。

 十代の頃から、アイドルとして活躍していたが、歌もダメ、演技もダメ。ただかわいいというだけで芸能界を生きてきたメイにとって、二十代に入ってからの日々は、地獄だった。
 毎年のように、自分よりも若くピチピチしたアイドルたちが現れ、当然のように、人気をさらっていく。
 それにひきかえ、十代の頃には、全国に何万といたメイのファンも、いつの間にか霧散むさんし、道を普通に歩いていても、誰にも握手もサインも求められない。十代の頃は、毎日テレビの収録に呼ばれ、画面いっぱいに華やかな笑顔を映し、だれもがメイに恋していたというのに……
 だから、二十三歳になったときに、幼稚園の頃からの幼馴染みの睦樹のプロポーズを受け入れたのだった。睦樹のことが好きだったから。それももちろんある。でも、一番の理由は、さびしかったから。だれからも忘れられていく、そんな自分をいつまでも想い、ただ一人求めてくれたのが、睦樹だったから……
 結婚した翌年には、娘も生まれ、それから数年が経った。
 でも、それでもメイの寂しさは埋められなかった。かつての華やかな舞台の上、スポットライトを浴びた日々が忘れられなかった。恋しかった。
 なのに、毎日、娘の世話に明け暮れ、一日中会社に行っている睦樹の帰りを待つ日々。これが私の望んだことなの? 私、今、本当に幸せなの?
 ある日、メイは決心した。演劇スクールへ通って、一から演技の勉強をやりなおすことを。
 娘の世話も睦樹の面倒もすべてを放り出し、メイは演技の勉強に打ち込んだ。ただ、ただ、再び、あの華やかなスポットライトを浴びるために。
 そして、メイの努力が認められ、主演女優として、映画に出ることが決まったのだった。



 メイが一人で離婚届を市役所へ出しに行った帰り、マンションのポストには、睦樹からの手紙が入ってた。

『メイへ

 映画の主演決定、おめでとう! 夢がかなったね。
 あれだけ努力したんだもん、芸能界に復帰できないなんて、ありえないか。
 でも、なんで、俺たち、別れなきゃいけなかったんだ?
 メイがどうしてもっていうから、届けに判は押したけど、いまだに分からない。君は、女優として生きていくって決めたから、もう二度と俺の妻や弥生の母にはならない! 女優業と、妻や母として役割との両方をかけもつ中途半端な存在ではいたくない! って話していたけど……

 でも、やっぱり理解はできない。

 ともかく、君は、弥生の世話を母ちゃんにおしつけ、俺の食事はいつもコンビニ弁当だった。家の中は、いつも散らかり放題だったし、洗濯物は山積み。家事なんて雑事は、君の眼中になかったみたいだしね。
 なかでも、会社から疲れて帰ってきても、家の中に、いつも君がいなかったのには、正直こたえたよ。君は自分の目標を持って、一生懸命努力しているのは知っていたし、俺も精一杯応援してきたんだけど。でも、俺が君と一緒になりたかったのは、君の笑顔を隣で見ていたかったからなんだ。幸せそうに微笑む笑顔を。今の演技の笑顔でなくてね。



 と、まあ、恨み言はここまで!
 弥生の面倒は俺がちゃんと見るから、心配するな。独身にもどった君が十代の頃みたいに、再び大活躍できるといいな。もうすこし大きくなった弥生がスクリーンの君を指して『私のお母さんだ!』って、誇らしく言えるような、そんな女優さんになってほしい。
 君は、弥生にとってはダメなお母さんだったけど、弥生にとって、それから、俺にとっても、ただ一人の人なんだから。

 メイ、これからもガンバレよ!

 俺たちは、お前をいつまでも見ているから、応援しているから。

 君のファン第一号より



追伸:
 それはそうと、芸能界には、二十代でもいい女優さんなんて、いっぱいいるんだから、挫折して、夢破れたら、潔く俺と弥生のところにもどってこいよ! いつでも君のためにドアを開けといてやる!
 もう君は若くない。絶対にムリだけはするな!
 俺は、まだまだ若いけど、君は……
 すくなくとも、俺より八ヶ月は早く生まれたわけだし、八か月分、おばあちゃんなんだぜ! これからも、ずっと永遠に。

 死が二人を分かつまで!』



 メイは、机に突っ伏した。そして、久しぶりに演技ではなく、心の底から、笑った。

 大丈夫! 私は、がんばれる!
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