疲れたあなたの背中をそっと押すサプリ、あるいはプラセボ

しかまさ

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2009年作品

ハッピー・バースデー!

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「今日はありがとう、おいしかったわ」
「ねぇ、まだ時間あるんだったら、どっかで飲んでいかない?」
「う~ん、どうしようかしら」
「終電までに切り上げるからさ」
「そうね、なら、いいわ」

 今日は私の誕生日。
 でも、だれも、私を祝ってくれる人なんていない。
 恋人がいるわけでもないし、家族は田舎にいて、私は都会で一人暮らし。
 さびしかった。
 だから、会社の帰り、雄介の誘いに応じて食事をすることにした。
 雄介は、私のデスクの隣、二つ年上の先輩。
 普段から、なにかれと面倒を見てくれる先輩だけど、口数が少なく、あまり感情を表に出さないタイプ。私生活と仕事は別って感じの人。だから、食事を誘われて、内心びっくりした。

「今日、君、誕生日だったよね?」
「え? ええ……」
「じゃ、これから彼氏とデート?」

 ううん。

「そっか、じゃ、どっか食事へ行かない? お祝いしようよ」

 月並みな誘い。
 いままで、付き合ってきた何人かの男たちと、大して変わらない。
 私、びっくりはしたけど、最初から何も期待していなかった。



 雄介に連れられていったイタリアンレストランは、肩のこらない庶民的な味。
 すごくおいしいってほどではない、ほどほどの味。
 それでいて、値段の方は……

 雄介が払ったそのお金で食材を買ってきて、私が料理した方が絶対おいしい!

 ま、いっか、私が払ったわけではないのだし。
 で、私たち、雄介のいきつけのバーへ。
 タクシーで店へ乗りつけ、扉をひらくと、開いた扉から喧騒けんそうがどっと押し寄せてきた。
 私たちは、人々の間をい、カウンター席に座り、カクテルを注文した。
 目の前では、バーテンダーが激しくシェイカーを振り、お客の注文するカクテルを次々に生み出していく。
 バーテンダーも汗だく。

 なんだか、さっきの店といい、この店といい。これって、雄介の人柄の表れなのかしら?

 雄介としては、これで精一杯なのかもしれないけど、センスがよいとは言えない。
 すごく的外れ……

 はぁ~
 もう、雄介なんて、ほっておいて、帰ろうかな?

 でも、今から帰っても、だれも待っていない一人の部屋。さびしい。



 カクテルの味は、まあまあだった。
 いままで男たちに連れてこられた店の中でも、おいしい方。
 一口飲んで、雄介に向き合った。

「ねぇ? 今日はどうして、私を誘ってくれる気になったの?」

 雄介、バーテンダーの方を見たまま。

「俺、前から、君の事、いいなって思ってたから、今日は君の誕生日だし、ダメもとで」
「そう」

 私が、雄介の方を見てるんだから、ちゃんと雄介も私の方をむいて、答えてほしいのだけど……

「ねぇ? じゃ、私のどこが気に入ったの?」

 雄介、ようやく、ちらりと私を見た。でも、すぐに元へ視線を戻し、

「君のすべてさ」

 ……雄介先輩、あんたもなのね。

 男たちって、みんなそう。
 私のことが好きって言ったくせに、じゃ、どこがって訊いたら、そう答える。
 それで女が喜ぶとでも思ってるのかしら?
 君は、どこもかしこも魅力的だって、お世辞のつもりなのかしら?
 それとも、自分は、君のすべてに、それこそ欠点も含めて、好意をもっている優しい男だとでも、アピールしているのかしら?

 分からない。

 はっきり言えることは、私にとって、君には指摘するに値するような魅力なんて、なんにもなくて、ただ女として、俺たち男に付き合え! 俺たちのモノになれ! って言っているだけにしか聞こえないってこと。
 もういいわ! 私、これ飲んだら帰る。
 誕生日だっていうのに、一人の部屋はさびしいけど、こんなバカな男と一緒にいるよりは、ずっとマシ!
 私、バックを近くに引き寄せ、カクテルのグラスを持ち上げた。



 カクテルを口に含んでいると、雄介、急にグラスを仰ぎ、一気にカクテルを飲み干した。
 そして、体ごと向き直り、早口にまくし立てはじめた。

「なぁ、知ってる? 君、仕事がうまくいって、得意そうにしているとき、瞳がキラキラ光って、宝石みたいに綺麗なんだよ。それに、俺のこと、何か質問があって、ジッと見るとき、吸い込まれそうな気分になるんだよなぁ」

 私、一瞬ぽかんとした。直後に、気を取り直し、なんでもないふりして、カクテルをのどに流し込みながら、頬がしだいに熱くなるのを感じていた。

「君の瞳って、すごく素敵なんだよなぁ。のぞきこむたびに、いつまでも、この瞳をのぞいていたい、いつも、この瞳が俺を見ていてほしい、そう思うんだよなぁ。それから……」

 雄介の告白、まだまだ続きそう。



 雄介の告白、瞳だけでなく、口や鼻、耳の形、延々と続いていた。
 いつしか私の耳もとに口を寄せ、熱烈にささやく。
 くすぐったかったけど、すごくいい気持ち。こういう気持ちになるのって久しぶり。
 でも、偶然、カウンターの時計が眼に入った。
 シンデレラのタイムリミットはもうすぐだった。

「ねぇ? そろそろ終電……」
「え? あ、もう? じゃ、今日はもう終わりにしようか?」
「うん……」

 私、ちょっぴり期待を込めて、勘定を済ます雄介を見つめた。

「今日は、ありがとう。また、誘ってね」
「ああ、またな」

 ちょっと失望した。

 そこにいるのは、会社でよく知っている無表情な雄介。そっけなく、さよならを告げて、どこかへ消えていく。
 私、さよならとつぶやいて、近くの駅へ歩き始めた。
 なんだか、無性にさびしい。
 さっき、一瞬でも期待を持ってしまった分だけ、失望も大きかった。
 地下街を通り抜け、私鉄の改札口へ向かっていく。
 終電に乗り遅れまいと走る、何人もの酒臭いサラリーマンたちが足早に私を追い越していった。
 背後からリズミカルな足音が私に近づき、そして、スーツ姿になって去っていく。



 突然、私に近づいてきていた足音のひとつが真後ろで途絶えた。

 ハァ~ハァ~

 私の背後で、荒い息を吐いて立ち止まった人が一人。

「なぁ? やっぱ、俺、ムリしてた。間違ってた。本心を隠すのに、慣れすぎてた。とにかく、今は、君をこのまま帰したくない。俺と今日は一緒に居てくれないか?」

 そして、私は背後から抱きしめられた。

 ウン

 時刻はとっくに、十二時をすぎていて、一日遅れだけど、たぶん神様がくれた素敵な誕生日プレゼント。
 私、そっとつぶやいた。

 ハッピー・バースデー、私!
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