疲れたあなたの背中をそっと押すサプリ、あるいはプラセボ

しかまさ

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2009年作品

ネコネコ通信 B-side

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「山本舞って、いいよなぁ~」

 そういうと、上村や松田は決まって、「そうか~? 俺、あんな暗い地味な子より、秋田実夏とか、戸村みたいな、もっと明るい華やかな子の方がいいけどな!」って言いやがる。
 あんなキャーキャーうるさいだけで、頭が空っぽな女たちのどこがいいんだか、俺には理解できないよ。
 昨日も、俺がバントの練習をしていると、山本が近くを通りかかった。俺、すんげー緊張してしまってさ。いつもなら、かまえて、バットを動かすだけで、簡単にボールに当てられるのに、何度も当て損なった。バットに当たらなきゃ、バント練習になんないのに、これじゃ意味ねぇ~
 だから、仕方なく、ピッチャーがスクイズ警戒して、大きく外してきた、つまりウェストしてきたつもりで、体ごとぶつかっていったら、ようやくバットにボールが当たった。
 俺は、イチローみたいな華麗なセーフティバントをしたかったのに……
 体ごといちいちいってたんじゃ、一歩目から出遅れて、一塁でセーフにならねぇ~!
 山本さえ近くにいなけりゃ、俺、もっとうまくできるのに。ったく!
 でも、じゃ、どっかいってほしいかっていうと……

 俺、どうすりゃいいんだよ!



 今日から、中間テスト前のテスト休み。
 久しぶりに部活が休みで、学校が終わってソッコー家に帰り、勉強していたんだけど、全然頭に入ってこねぇ。
 普段から、授業中は机に突っ伏して、寝てることが多いから、授業なんて聞いてないし、まともにノートなんてとってない。こんなんで、いまさら勉強しようって方が、そもそもムリってもんだ!
 それでも、俺、がんばって机にかじりついてはいたけど、結局一時間ももたなかった。
 しかたなく、勉強机の上の教科書を閉じて、台所へ水を飲みにいった。



 台所では、ばあちゃんが、玉三郎に煮干しをやっていた。
 ホント、玉三郎、煮干しをパリポリパリポリ美味しそうな音を立てて、食べてやがるし。

「おい、玉? 煮干しって美味しいのか? それ、一匹くれよ!」

 俺が玉三郎の皿から、煮干しを失敬しようとすると、玉三郎のヤツ、するどい爪見せて、俺の指先を引っ掻こうとする。
 ほんの小さな釘の頭ほどの爪のくせに、ちょっとかすっただけでも、血まみれになるから、こいつは要注意!
 俺は、慌てて、指を引っ込めた。

「こら! 悠太、いじきたないまねしないの!」

 ばあちゃん、台所のテーブルの上で、玉三郎の首輪にくくりつける手紙を書きながら、俺を叱る。
 玉三郎は、その間も、小気味いい音を立てて、煮干しをがっついていた。



 ばあちゃんが手紙を書き終えた頃、玉三郎も煮干しを平らげ、いつものように、ばあちゃんの膝の上へ。

 みゃ~ぅ

 ばあちゃんにあごの下をなでられて、ゴロゴロとご機嫌さん。
 いつもなら、そのあと手紙を手早く首輪にくくりつけ、放してやるんだけど、今日は――

――トゥルルルル……

 電話だ! ばあちゃん、玉三郎を床に下ろすと、「はい、はい」って呼び鈴に返事をしながら、歩いていった。
 その途端、玉三郎、トトトっと、開けっ放しになっていた勝手口の方へ移動し、外へ。

「あ、玉ちゃん! 悠太、玉ちゃんに手紙つけてない! 追いかけて! 追いかけて、手紙つけてきて!」

 ばあちゃんの叫びを背にして、俺、慌てて、玉三郎の後を追って行った。



 玉三郎は、名前の通り丸々とした猫のくせに、意外と俊敏で、足が速い。
 野球部でも一番か二番を打つ、しゅん足な俺なのに、全然追いつかない。
 裏庭を抜けて、通りを横断して、角を曲がって……

「こ、近藤君!」

 山本舞が角を曲がった『山本』って表札のかかった家の前でしゃがみ、玉三郎の頭をなでていた。

「お、山本! 玉三郎って、山本の家の猫だったのか?」
「え? う、うん……」

 そ、そうだったのか……

 玉三郎って、山本の家の飼い猫だったんだ! 意外な縁が俺たちにあったんだ!
 俺、心臓がバクバクいっていた。今全力疾走してきたからだけじゃなく、意外な発見に興奮して。

「そっか、うちのばあちゃんが、いつも玉三郎を膝に乗っけて、昼寝してるから、どこの猫かなって」
「そ、そうなの。へぇ~ 近藤君ちにも玉三郎、遊びにいってたんだ」
「うん、いつもばあちゃん、玉三郎に煮干しをあげるんだけど、今日は手紙をくくりつける前に、玉三郎が帰っていっちゃったから、慌てて追いかけてきたんだ。あ、コレ、ばあちゃんから」

 俺、山本に手紙を渡した。なんか、なんか、すごく照れくさい!
 でも、どうせ山本に渡すんだったら、『煮干し5匹上げました。福島』なんて紙切れじゃなくて、もっと俺の思いのこもった……

 あっ、俺、調子こいて、なに考えてるんだ! 自分でも頬に血がのぼったのに気づいた。やばっ! 山本に気づかれたかも! ともかく、なるべくさりげなく、自然に応答しなきゃ。

「え? 福島さんって、近藤君のおばあちゃん?」
「ああ、母さんの母さんだから、近藤って名字じゃないんだ」
「そ、そうなんだぁ~」

 だ、だめだ! 山本って、近くで見ると、眼がキラキラして、すごくかわいい! だれだよ、暗くて地味なヤツって言ってたの! 笑顔がまぶしいぐらいだよ。

 そういえば、山本と二人だけで話すのって、初めてのこと。

 た、たえられない!

「じゃ、そろそろ俺、帰るわ」
「うん。またね」
「ああ、また明日」

 俺、くるりと、山本に背を向けた。そして、もと来た道を引き返していった。
 明日、玉三郎が来たら、俺も手紙を首輪につけてやろうかな。

 キラキラ輝く瞳のあいつに。
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