29歳、サレカノ? いいえ、年下純情社長の最愛です

悠月彩香

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第1章 アラサー女子、サレカノになる

第5話

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 正直なところ、業務内容と給与面、勤務地が合致していて、業績がしっかりしていそうなところに手あたり次第応募をかけていたので、社長のことまでは調べていなかった。

 紀伊からも名刺を受け取り、「涼川です、よろしくお願いします」とこちらもにこやかに挨拶した。

 最初は型通りの面接で、花のこれまでの経験や成果をアピールし、大稀からは求めるスキルや業務内容の説明があった。紀伊も細かな補足をしてくれる。

「それにしても、ライジングさんなら給与面でも待遇はよかったでしょうに、どうして転職を?」

 本当のことは死んでも話せないので、それらしい理由は考えてきたが、まるきり嘘というわけではない。

「前職は枠組みがはっきりしていて、アイデアを活かす機会が限られていました。シニア扱いでしたが、実際は上からの指示を形にするだけで、裁量はほとんどありませんでした。御社の環境なら、自分のスキルや発想をもっとダイレクトに活かせると思い、応募させていただきました」

「なるほど。うちは求人にも書いた通り、業務拡大中のベンチャーです。役割分担としての肩書はありますが、上下関係はそんなになくて、社員それぞれの裁量で仕事を進めてます。とはいえ、チームで動いているので、緊急ミーティングみたいなこともよくあります。侃々諤々しながらやってるので楽しいとは思いますけど、命令系統が一元化されてるわけではないので、議論に熱が入りすぎて収拾がつかなくなることも、まあまああります。でもこの通り、今日は僕ら以外、オフィスにだーれもいません。結託すると蜘蛛の子を散らすように一斉に帰っちゃうんです」

 ユーモア交じりの大稀の言葉に、花も楽しくなってきた。

「議論でしたら大歓迎です!」

「それは頼もしいですね。うち、議論好きな人ばっかりなんで」

「涼川さんのような経験豊富な方なら、収拾役も期待できそうですよね」

 紀伊も社長に相槌を打って笑う。
 続いて、大稀が手元のタブレットを操作し、花の送ったポートフォリオを開いた。

「先に送っていただいたポートフォリオも拝見しましたが、華やかで大胆な色使いなのに、優しくまとまっているのが印象的ですね。すごくいい」

「ありがとうございます。応募データ以外にも作品を持参しましたが、見ていただけますか?」

「もちろん! ぜひ拝見させてください」

 花も自分の鞄からタブレットを取り出すと、作品ファイルを開いてふたりの前に差し出す。
 すると、画面を覗き込んだ紀伊が先に反応した。

「色の使い方、攻めてますね! でも、ちゃんと整理されてて、ポップなのに騒がしくないし。視線の誘導も自然で、構造が崩れてない。素敵! さすがライジングのシニアデザイナーさん」

「ありがとうございます」

 大稀も熱心に見つめながら、うれしそうに口許を綻ばせる。

「……やっぱりセンスいいな」

 ふたりの表情からは手応えしか感じないのだが、ここまでの会話も好感触だし、なんとか面接がうまくいかないだろうかと願ったとき、大稀と紀伊がアイコンタクトを取った。
 そして、大稀が続ける。

「うん。いつから来られますか?」

「え? 採用していただけるんですか……?」

「絶対来てほしいです!」

 思わず聞き返すと、紀伊が間髪を入れずに答え、大稀はにこっとやわらかく笑った。まぶしすぎる笑顔にドキドキしてしまったほどだ。

「こんな最高の人材を逃す手はないでしょう。ぜひうちに来てください。それとも、他社さんで返事待ちのところがありますか?」

「いえ、ないです。ありがとうございます! ただ、実はまだライジングの退職が済んでいなくて、来週末まで引継ぎ出勤で、再来週から来月半ばまで有給消化期間でして……御社で問題なければいいのですが」

「有給中に勤務はじめたらマズいです?」

 紀伊が大稀に尋ねると彼は首を傾げる。

「ライジングさんって副業OKでしたよね。涼川さんの都合が悪くなければ、うちは早めに来てもらえた方がうれしいです」

 それこそ願ったり叶ったりだ。

「はい、私は大丈夫です!」

「よかった。じゃあ細かい条件をお伝えしますね」

 雇用形態や勤務時間、待遇面などの細かい説明をされたが、なぜか現住所に引っかかったようだ。

「国分寺からここまで、わりと遠くないですか?」

 電車を乗り継いでも乗車時間は一時間程度だ。決して遠いとは思わないが、社長はいかにも都会の若者といった雰囲気なので、二十三区外は全部山奥と思っている可能性も……。

「みんなが社長みたいに近所から通ってるわけじゃないんですよ。全然アリな範囲です」

 紀伊につっこまれ、「そう?」と大稀は首をひねっている。
 そもそも、実際は国分寺から通うわけではない。まさか住所不定と書くわけにもいかず、飛び出してきたマンションの住所を書いておいただけなのだ。

「仕事が決まったら引っ越す予定でいました。今の家は退去を求められているので――」

 曖昧に言葉を濁したが、退去の理由などは聞かれなかった。個人情報との兼ね合いで、あまり根掘り葉掘り聞かれない時代なのが幸いしたのだろう。

「転居先はもう見つけてあるんですか?」

「いえ、まだこれからです」

 すると、大稀がもう一枚名刺をくれた。

「それなら、うちと提携してる不動産屋を紹介しますから、都合のいいときにアポ取ってみてください。この千堂という営業担当、僕の先輩なので融通が利きます。遠慮なく希望を伝えていただいて大丈夫ですよ。家賃、安くするように言っときますし、会社にも家賃補助がありますから」

「あ、ありがとうございます!」

 花も名前を知っている大手不動産屋だ。社長のコネみたいで、なんだか楽しい。

「引っ越しもあるなら、先にそっちに時間をとってもらって、でしたら勤務開始は来月一日いっぴからでいかがですか?」

「はい! どうぞよろしくお願いいたします!」
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