純愛パズル

久遠寺風卯(ペンネーム)

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第1話 記憶の片隅

記憶の片隅(6)

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             6

 まだ何も気付いていないこの日、月が出ていない夜二十時に一は、ふぶきと晩ご飯を二人で食べ終えると、体の疲れを取るために、『灯』旅館の温泉の露天風呂に浸かっていた。
 浸かる以外では身体を洗ったり、サウナに入ったりとしていると、四十分くらい経った。
 こう見えて結構、一はルーズな面もあり、まったりすることもあった。
 病院内の仕事ではそんなことは許されないことではあるが、今はプライベートだ。
 一日だけ、今日だけ心休まる日があってもいいだろう。と一は、溜め息を付いた。
 明日になれば、きっとこんな風に感じる暇はないだろう。と心の中で思った。
 一は身体の疲れが取れたと感じると、露天風呂から上がり、着替えを終え、店員にロッカーの鍵を返却し、旅館内の自動販売機で飲み物を買うとすぐに外へと出て、遠野家へと暗い夜道を歩いていく。徒歩十分の所だが、都会とは違い、暗く深い夜道だった。
 所々電灯はある。しかし、田舎だから怖さが空気の冷たさを増す。
 都会は街の灯りで夜でも明るい。さすがに深夜に回れば、灯りもだいぶ減るが、それでも田舎よりは明るさはある。故に、深夜でもうろつく輩はいる。でも田舎ではやはり、誰も夜に出歩く者は早々いない。
 それに比べて一は暗いのになれているのか、それとも夜間勤務でもある当直で過ごす病院生活であるせいなのか、彼は平然と懐中電灯を照らせて歩いていた。
「ふーっ、いい湯だったぜー。それに、暗いけど、星はきれいに見えるし。最高だな田舎は。」
 と言っても、一は遊びに来たわけではない。
 妹の命を救う為に、半妖の座敷童子を見つけ出して東京に連れて来るのが目的だった。
 ここに来て、本当に見つけられるのだろうか。不安を抱えつつも、今だけはこの星空を眺めて心を落ちつけたい。
「だけど、明日からどうすっか。」
 一が旅館内で買ったジュースを飲みながら、遠野家に帰って来る。
 しかし、その姿を眺める浴衣を来た少女が一人いた。
 旅館から少し離れた場所、遠野家の庭に立つ一つの太く大きな木に登り、腰かけて座り、古い一本だけの、昔でいう古い遠眼鏡、望遠鏡で覗き見ていた。
「小児科医師……か。」
 望遠鏡をしまうと、その少女は腕の中に持っていた一つの三味線を木の上で奏でながら、目線を夜空に向ける。
「久々にくだらないことを思い出してしまったわ。」
 少女は星を切なく感じつつも三味線の音色を奏で弾き続けた。
 すると、突然、喉や心臓に少し違和感を覚えていると、小さな咳が数回出る。
 懐に入れていたハンカチを取り出し、手で口元を押さえる。
「夏風邪かしら? 」
 夜ではあるが昼間の暑さが冷めていないのか生ぬるい。
 熱中症やらならないように気をつけないと思い、また三味線を奏でる。
 少女は主治医から言われた言葉を思い出す。
 それは人ではなく九十九蝦蟇といった蛙妖怪にだった。
「よく肝に免じておいてください。あなたの寿命はおそらくもって半年。症状は誰によっても違いますが、あなた様の場合は、少しずつ色々な障害が出ることと思います。
 最初は些細なこととは思いますが、それは間違いなく病状が進行している証拠。いずれは寝たきりの生活になるはず。ご無理はせずに安静に最後の時をお過ごしくださいませ。」
 そうだ。そんなことを言われた。一年前に。
「早く楽にしてくれればいいのに……。」
 彼女の奏でる演奏は、美しく儚げで綺麗な音色だった。子供の演奏とは思えないくらいの。
 その瞬間にサワッと優しく撫でるように風が吹く。
 一は、謎の少女に自分の行動を探られていることには気付かず、遠野家へと帰宅した。
「三味線の音? 」
 一が遠野家に足を運ぶと同時に、三味線の奏でる音色が聞こえて来た。
 すると、視界に庭にある桜の樹に登り寄り掛かって三味線を弾く少女の姿に視線を向く。
 こんな夜更けによく子供が、異様な行動を起こすことが出来るなと、心の中で思った。
 いくらなんでも警戒心どころか無防備に一人でいるなんて。
 家の前だからだと、安心しきっているのだろうが、怪我したり、誰かに襲われでもしたらどうするんだ。と一は考えながら、木に登っている少女に近付く。
 だが、途中で音は途切れた。
尚更気になって足を速めると、演奏を止めて、木から下りようとしていた。
 七つぐらいの歳だ、いくらなんでも、あの大きな木の上から一人で下りるのは危なすぎるだろう。と思いつつ彼女の様子を窺う。
 少女は、怖いもの知らずなのか三味線をしっかり抱いて、軽々とひとっ飛びで地に足をつけて着地した。
「わっ! あぶねっ! 」
 少女は怪我することなく、無事に木から下りた。けれど、思わず大きな声を出してしまった一は、慌てて口を塞ぐ。
 少女は一が自分の三味線の演奏に、立ち止まって聞いていたのを気付いていたのか、可愛げもなくツンとした態度で彼を見る。
「あのー。俺、この家に今日から下宿することになった杉浦って言うんだけど、お譲ちゃん。
 危ないぜ。夜に一人で外を出歩くのは。それとさ、ひとっ飛びで木から下りるのは危ないからやめとけ。万が一、足を滑らして落っこっちたりしたら大怪我じゃすまないぞ? 」
「何よ。偉そうに。盗み聞きされている人に言われたくない。」
 子供のくせに可愛げないな。と一は思いながら自分を通り過ぎて家の中に入って行く少女を追い掛けるように早歩きして着いて行く。
「お前、もしかしてここの家の子か? 遠野家に住んでいる詩暮さんの妹のちっこいの? 」
「そうだけどっ、ちっこいのじゃない! 蕨よ! 」
 少女の名は、遠野蕨。遠野家の詩暮の妹だ。
 髪は肩までぐらいの長さで、詩暮と同じ黒髪だった。
 浴衣の格好をしていた蕨は、冷たい態度を取って、一の足を履いていた下駄で踏んづける。
「痛っ! 」
 本当は妹でもなんでもない。詩暮という姉も存在しない。
 すべて彼女、蕨一人が演じていたのだった。つまりは同一人物ということ。
 しかし、それは決して誰にも他言してはならないこと。
 幼児姿の今と、大人の姿では、とても似ても似つかない姿の差だったからだ。
しかも、幼児の姿でいるのは夜の間、朔の日の間だけしかなれない。
 それは蕨が体内に流れる妖怪の血、霊力を一時失う時がある、それがこの日、朔の日だった。蕨は普段は大人の姿だが、この夜は幼児姿になるのだ。
 この自分の姿を一に知られることはあってはならない故に、二つの顔を演じていた。
 大人の姿の時は姉の詩暮として、お淑やかに演じ、今の姿では、子供なりの演技で接していた。
 一は何も気付くことなく、蕨に苛立ちを覚えながらも心を落ち着かせる。
「可愛げねぇガキだぜ。姉貴とは似ても似つかねぇな。」
「悪うございましたね。似てなくて。」
 蕨は一と一緒に家の中に戻ると、真っ先に台所にある冷蔵庫からアイスを取り出して、居間の卓袱台テーブルで食べていた。
「おいしい~! 最高~に、し・あ・わ・せ~! 」
 蕨は、だいふくアイスを微笑んで頬張るように食べていた
「随分と安い幸せだな。おい。」
 一は、飲み物だけでは物足りなかったのか、抹茶アイスを、ぱくっと一口だけず食べていた。
 しかし、冷え切ったアイスを食べると頭痛がし、食べる気が失せてしまう。物静かな空気には耐えられず、何か面白い番組はないかと、近くのテーブルに置いてあるテレビのリモコンを手にしてチャンネルを変えていた。
 すると、彼の食べかけのアイスに、そーっと、スプーンのさじを持った手がゆっくりと忍び寄る気配を感じる。
 一は、いつの間にか隣に座っている蕨からのアイスの視線と行動に気付くと、素早く自分のアイスを取り上げて眉間に皺を寄せて睨んだ。
「何やってんだ? お前。」
 蕨は気付かれたと思うと、一歩後ずさり少しだけ顔を一とは違う方向に向けて、バレたかと舌打ちをした。
「いきなり人のアイスを取るなよ。意地汚いやつだな。自分のがあるだろ。」
 ぱくっと、また一口入れて食べながら、蕨を窺うと、さっきよりも近いて物欲しそうな顔をしてきた。
「確かに~こっちもおいしいけど、人が食べているの見たら、そっちもおいしそうだな~って。」
「あっそ……。」
 一は眼差しで、アイスはあげないぞ。と蕨に訴える。しかし、彼女は彼の裾を軽く何度か引っ張って、もじもじと言いながらねだって来た。
「あのさ~。一口でいいんだけど、一お兄ちゃんの抹茶アイスちょうだい! 」
「誰がやるか。」
 一は、うるうるとトイプードルのような目をした蕨に、眉間に皺が寄りつつも、無視し、またぱくっとアイスを口に入れる。
 一にうるうる光線が通用しないと分かると、蕨は悔しい顔を作り、最後の手段と思い、ぶるぶると手を震わせながら、食べかけのだいふくアイスを彼に渡す。もちろん、食べかけしていない分は残してある。
「む~う! しょうがない! じゃあ~っ、私のだいふくアイス一口あげるから~! 」
「人の食べかけなんているかっ! 」
一は蕨を怒鳴りつけた。しかし、数秒後、はっ、と容赦なく怒りにまかせて口走ったことに顔を青ざめる。もしかして、泣き弱ってしまうのだろうかと冷や冷やとし、慌てふためいた。
 しかし、蕨は泣くそぶりなく、急に台所へ向かう。そしてまた素早く戻って来た。
「ならっ、これならいいでしょ! 」
 別の皿と綺麗なスプーンを持ってきて、しぶしぶと食べかけじゃないだいふくアイスを
 それで半分に割って、深い溜め息を吐きながら一に渡した。
「どんだけ食い意地はってんだよ。」
 だが、うるうると震えた子犬みたいに涙目で視線を向けらたら、答えないわけにもいかず。
 口を噤み、一は綺麗なスプーンで自分が食べてない個所を掬い、一口より少し多めに分けてあげた。男は女の涙には弱しとはこのことだと実感する。
 分け終え、交換したとたん蕨の顔はキラキラと嬉しそうに頬張って食べている。
 そんな彼女を見ていると、ふと疑問が浮かんだことを口にした
「なあ、俺さ。ふぶきさんから、ちっこいのが病弱だって聞いていたんだけど……。」
 すると、蕨は強張るように動揺した。
「全然病弱に見えないし、元気そうに見えるんだけどなあ……。ちっこいのって、一体何の病気なんだ? 」
 蕨は、たどたどしく一に説明した。
「わ、私、生まれた時から喘息が酷くて……でも今はちょっと落ち着いていて元気なの。」
 嘘だ。そんな持病はない。しかし、彼女には嘘を付かなければならない理由がある。
 詩暮と蕨の姿が同一人物であることを隠し通す。変化する姿を人間に見られないようにする。身内や仲間以外には悟られてはいけないということだ。
 蕨は、少しだけ咳き込む振りをする。幸いにも一は気遣ってくれたり、心配してくれている様子だ。まあ、こんなことで疑う者はいまい。
「そうなのか。」
「色々家庭内事情があって、東京の方じゃなくて……九州の方で病院から近い場所に住んで通院している生活なの。家政婦さんがね、住み込みで一緒に住んでいるの。」
「ふーん……そっか。」
「月に一度戻って来ているのは、元気な顔を見せに来ているんです。」
「でも、それなら何で昼間に早めに帰って来ないんだ? わざわざ夜遅くに帰って来なくても……効率悪くないか? 」
 一からそう言われるのはごもっともな話だ。普通は誰でもそうするのが普通だ。ここをどう納得させるかが難問だ。
「わ、私……それに太陽の光が苦手なの。日焼けするし、シミになるし。とくに、こんな真夏の暑い時期に日差しに当たるのなんて苦手で~。」
 一は、ちょっとだけ蕨を不審に変な子だという視線を向けていた。
 でも、太陽の光が苦手なのは嘘ではない。
 この子供の姿で、もし朝日を浴びれば、大人の姿の詩暮姿に戻ってしまう。
 そんな姿を一に晒すなんて無理な話だ。
「あ、でも、来月は上旬のどっかと花火大会の日の週二回帰って来るよ! 」
「花火好きなのか? 」
「うん! それに年に一度の花火大会だもん! 一兄ちゃんは、この地元の花火大会行くの?」
「さあな 。」
 蕨は、アイスを食べ終えると、一を花火大会に誘う。
「もし、一人で行きづらいなら、私達と一緒に行こう! 」
 一も蕨と同じくアイスを食べ終わると、嫌そうな顔をした。
 家族みずいらずの中に着いて行くのはちょっと野暮な話だからだ。
 おそらく、義母のふぶきと姉の詩暮と三人で行く予定なのだろう。
「家族じゃないよ。観月とライム、私の三人だけだよ。」
「え、そうなのか? 」
「旅館のことで忙しいもの。観月とライムは、その日はお休みなんだって。」
「いや、だけど……。」
「それ花火はね。死者の霊を供養する為でもあると同時に、疫病が流行らないよう健康に過ごせるよう……厄除け効果があるんだよ。」
「詳しいんだな。ガキのくせに。」
 一は、テーブルに置いてある新聞を手に取って広げて読みながら蕨の言葉に感心した。
 蕨は、テレビの近くにあるゴミ箱に食べ終えたアイス箱を捨てながら蕨は、目を細めながら切なそうに呟いた。
「昔ね、教えてくれた人がいたの。」
 一からは蕨の表情は見えない。彼女の背だけが見えた。
「昔……?」
 しかし、蕨の疑問な言葉に眉間に皺を寄せ、蕨を見た。
 蕨はとっさの口走りに、口元を塞いで何とか誤魔化す言葉を探し、一の方へ振り返った。
「じゃなくて~。一、二年前だったかな~。」
 蕨は変な話し方ではなかったはずと、胸が高鳴りながらも平静を装って、穏やかな顔をした。
 一は首を傾げながらやっぱり少し変な子だと思いつつも、蕨の問いに答えた。
「まあ、忙しくなければ。」
 この夜、下宿して最初の一日目だった。
 賑やかな人々との出逢いもあったが、穏やかな時間は静かに過ぎて行った。
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