純愛パズル

久遠寺風卯(ペンネーム)

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第2話 都市伝説

都市伝説(8)

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               8

 十七年前の西暦二〇〇六( 平成十八年 )。
 一は遠野家で民宿することになり一日を終えた。
 その日の深夜。
 深夜十二時の針が示すと、ボーンと時計の振り子の音が鳴る。
 蕨は自分の自室にいた。子供の姿で、寝ることなく書類整理をして過ごしていた。
 その鐘が鳴ったことを確認し、一度自室のノブに手を掛けてそっとドアを開け、顔を出して廊下を覗く。
 一や人が誰も居ないことにホッとすると、部屋のドア閉めた。
「よし。大丈夫そうね。急がないと。」
そんな蕨は、実は二つの顔を持っていた。
 部屋にある着物タンスから、子供が着るものとは思えない煌びやかな着物に着替え直し、それに羽織を纏い、一に気付かれないように一階にある大広間の部屋の襖に手をかざす。
「何人もたりとも人をこの空間、霊道及び妖たちの世界に誘うことなかれ。」
 そう呪文を小声で唱えると、周りが真っ暗な霊道と大広間の襖だけの道となる。
 蕨は、迷いもなく襖を開けて入ると、大勢の妖怪集団が大広間に集まっていた。
「みんな、待たせてごめんなさいね。」
 蕨は上座に一つだけ用意された座布団に座る。
「お疲れ様です。蕨様。」
 下座には横並びに何十人と妖怪達、また数人の人間が集まり、頭を垂れて集まっていた。
そこにはふぶき、観月、ライムの姿もあった。
 蕨は、普通の子供ではない。身体が小さい幼児の時は、病弱な難病の子と言う設定。
 大人の姿の時、表向きは旅館仲居仕事、習い事教室の先生などあらゆる仕事をしているが、裏では旅館の本家本元の女将、そしてこの土地の妖怪の主という立場であった。
「苦しゅうない。表をあげよ。これから夜の会合を始める。」
 一が探しに来た半妖の座敷童子が彼女であることを彼が知るのはだいぶ先の話になる。
 彼女は毎夜会合、時には総会などを開いてこの旅館、土地のことについて語っていた。
 この日の夜中もそれを行っていた。
 蕨がやる仕事は一や旅館に来た客の『幸』を叶えることだけではなかった。
 家事全般、時に外の畑仕事に庭仕事。夜中になればに早々と煌びやかな着物に着替え直し、人間に気付かれないように一階にある地下の階段を下り、大広間へと入り妖怪集団の会合。
 それが彼女の女の日常だ。
「あのあと、宿泊のお客様達の様子はどう? 」
 蕨は背筋をしっかりと伸ばして、横に置いてある束になった用紙一枚取り、目で読みながら、時々ちらっと目線を向けて下座の一番近くにいる二人の妖怪に尋ねた。
「ご安心ください。何の仕事にも差し支える様なことはございませんでした。」
「不審がる者達もおりません。」
 二人の妖怪が手に持った紙を捲り確認しながら蕨に報告をする。
「そう。よかったわ。ご苦労様。」
 すると、下座に座っていた観月が隣に居るふぶきに肘で押しからかう。
「よかったなー雪女。今回は女将に怒られなくて。命拾いしたな。」
 ふぶきは強く手で観月の身体を倒すと、蕨の方を向いて深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。大女将。」
「そんなに毎回頭下げなくていいわよ。いつものことじゃない。」
 ふぶきは昼間の間、表向きでは旅館女将になっているがそれ以外はもちろん経理の仕事と蕨の側近を務めている。蕨とは実の母ではないが母親代わりとして彼女を育てたのは間違いない。
「では、次へ。いつもの通りだけれど、今日の反省点、そして来た宿泊のお客様並びに温泉に浸かりに来た人数報告。それと、苦情を言われたことの書類書を提出し得た者達から解散となります。まずは反省点から。」
 そしてある数時間が過ぎ経営の話を終える。
「以上、それ以外何か話がある方はいらっしゃいませんか? 」
 いつもならここで会合は終わるのだが、ある一人の男が手を上げて意見を求めて来た。
「蕨様。下宿人のことをお尋ねしたいことがございます。」
「何でしょうか? 」
 下宿人とは、一のことを言っているのだろうなと思いながら蕨は相手の話を聞く。
「我らの存在はあの者に気付かれていないのでしょうか? 」
「今のところ心配ないわ。案ずることはありません。もし万が一、我らの存在が誰かに気付かれたとしてもそう易々、世間にれることはないから安心してください。」
「一番ご心配なのは大女将、蕨様ご自身のことでございます。」
 二人が会話していると、観月は、シャンと錫杖を鳴らして沈ませ、間に割って入る。
「それは心配ねぇよ。大女将……いや、主である姫君は我々が全力をもって警護をしている。欲深な人間風情など万が一利用、或いは誘拐なんざ考えて現れるようなら始末すればいいだけのことだ。」
「観月。」
 物騒な言葉に慎むように目で視線を冷たく送る。
「冗談ですよ。姫君。」
 何も意見が無くなると確認すると蕨は扇子を閉じて会合終了の合図をする。
「まぁ、そんなことは無いと思うけど。みんな今夜も変わりなく、日々精進しこの宿、いや、この旅館を守ってきた私の父上に母上、そしてご先祖様達の為に働いて下さい。以上。」
 蕨がそう言うと残った者達は頭を下げて「承知致しました。」と声を揃えて会合は終了。
 しかし、まだまだ彼女の仕事は終わらない。
 大広間を出たかと思えば、次は旅館の立ち入り禁止地下へ向かい。妖怪達の異空間世界が待っていた。そしてそこに来る大妖怪や神様達を出迎え接待するということなどの行事を難易に熟していた。
 それが終わればやっと家に戻って睡眠の時間帯になる。
「よく動いたなー。今日も。」
 煌びやかな羽織を肩に掛けたまま、床を引きずって地下一階から階段を上って、家の中の何処か入り口付近に出た。
 最後の一段目に到着すると、安心しきったように肩を回したり、拳で、とんとんと軽く叩いたりとしながら欠伸をする。
「いけない。気を抜いてはいられないわ。」
 蕨は、角の右側、左側誰か人が居ない用心深く見渡す。
「よし。いない。一と鉢合わせすることないと思うけど、気を抜けられないもんね。」
 彼女はひとときも気を抜けない立場だった。

             ◆

 そんなことが身近に行われているとは知らずに一は、自分の部屋である策を練って、何かノートに書き記していた。
 それから二週間後が経った。八月上旬。
 一は何も知らず遠野家に滞在しながら、仕事の合間を縫って早朝や昼間に、あちらこちら古びて、誰一人も住んでない家や、廃退されそうな家に訪れ人探しをしていた。
 この日の早朝も一は一人で懐中電灯を照らしゆっくり歩き進めながら、誰も住んでいない
使われなくなった古い古民家の空き家へと忍び込むように人探しをしていた。
「お邪魔しまーす。誰かいませんかー? 」
 時刻は深夜五時。ちょっとまだ薄暗い。朝の日差しがもうすぐ照らされて青い空、清々しい風景が広がる前の時間帯。
 懐中電灯の光を照らして家の中に入り込んで見てみる一だが、彼の行動はどう見ても超怪しい男に見えてもおかしくない行動だった。
「ここにも手掛かりなしと。はぁ、ボロで使われていない古民家とか空き巣を探しているけど、呪いを解いてくれるかもしれない『座敷童子。』なんてそもそも都合よく現れるわけねぇよな。
 だいたい居るか居ないか未知の領域だって言われているし、世も末だな。」
 そんな独り言を呟いて、更に奥に進もうとすると、突然子供の笑い声が周りから聞こえる。
 まさか、本当に座敷童子がいるのだろうかと、辺りを見回す。
「だ、誰かいるのか? 」
 驚きながら慌てて振り返り、懐中電灯を照らす。
 すると、詩暮が飼っている犬、白いスピッツを抱いて一人、眠そうに欠伸し目を擦りながら一の後ろに立っていた。
「ふわあああ~! 眠いっ。誰かも何もいるわけないじゃないですか。ここは空き家よ? 一くんって本当に変な人。」
 詩暮とは何故か毎朝、犬の散歩で出くわしてしまう。
 しかし、普段は綺麗で美人でも、朝方は身だしなみがあまり整っていないのか、髪型がボサボサで寝癖が所々あった。体が動きやすいスポーツタイプの上下夏用のジャージ姿をしていた。
「なんだ。詩暮さんか。驚いた。幽霊かなんかだと。」
 詩暮の突然現れた姿に一は驚愕し、腰を抜かすように床にへたり込む。
( それと本当に座敷童子が出たかと思った。 )
 口に出せない一は心の中に思いを押し込めて深い溜め息を吐いた。
「幽霊って、失礼な。朝から人のことなんだと思っているんですか。確かに肌が少し白いかもだけど。」
 詩暮は、空き家の外の壁に背中を付け腕組みし立って一人苛立っている。
 そんな様子を一は窺いながらも、薄暗い部屋の中を懐中電灯の光で照らし続けて部屋の作りを見続ける。
 薄暗くギスギスとした空気の中、一は近くに居る詩暮に声を掛けた。
「おーい……。お聞きしたいんですけど、何で詩暮さんはこんな朝っぱらから早く起きて俺の後を着いて来ているんですかー? 」
 着いて来てほしくない。はっきり言って邪魔なんだよ。とかズバッと文句を言えるなら簡単だが、民宿させてもらっている家の娘にそんなこと言えるはずもなかった。
 本音を言ったら即決で『帰ってください。』だの『他の宿探してください。』だの言われそうだ。
 ふぶきではなく詩暮にだ。二週間経つが中々、女性と親しく話すのは慣れない。まだ些細な口喧嘩さえも起きてないのは、良いことなのだろうが。まったくどうしたものか。
 ただ最初に会った時からに比べたら、自分の名前を呼ぶときに『さん』から『くん』に変わったぐらいだ。
「朝、犬の散歩だから。一くんが行くところを、ライムちゃん好きみたいで。色々行かない場所に行くから。」
 抱っこしている犬の名前が何故か仲居を務めるライムと同じ。ただの偶然なのだろうが。
 でもよくこの犬、人間のライムの目元が似ていた。気のせいという事にしておこう。
「あっそ……。」
「それに、人探しに出来る限り協力するって言ったでしょ。」
 詩暮は、腕や背伸びをして体をほぐしながら一とそんな何気ない会話をしていると夜が明け、僅かに光差す朝の日差しで町の風景が見栄え良くなる。
 空き家の中にも陽射しが差し込み、薄暗いには変わりはないが、懐中電灯を使うのには必要なくなった。付けなくても普通に自然と何も使わず薄暗い部屋は見渡せた。
 一は、空き家の玄関先の靴箱棚に人差し指でホコリが溜まっていないか確認する。
 ホコリは一ミリも指先には着かなかった。
 気になる家だ。誰も住んでない空き家に時々、大家や物件売りの人など誰か来たとしても、掃除する暇なんてあまりないはず。ホコリだって蜘蛛の巣くらい出来てもおかしくないはずだ。
 なのにだ。床下など炊事場など何処もかしこも綺麗なのだ。気味が悪いくらいに。
 詩暮の喋っている声はもちろん聞きとっているが、ほとんど別のことが気になり、適当に「うん。」と言って頷いていた。
 でも考え込みに耽っていたと気付くとまた普段通りに会話をする。
「つーか、俺はあんたに手伝ってくれって頼んだ覚え一つもねぇーんだけど? 」
 一はこれ以上、空き家の中を探っても何の手がかりどころか、人の気配も異様なモノの気配もないことが分かるとすぐに表の外へと出た。
 とりあえず一は、犬と散歩する詩暮とウォーキングしながら、遠野家へと一端戻るのだった。
 すると、近所の近くである公民館で夏の間だけ、小学生らが集まりラジオ体操が六時半に始まっていた。
 近所付き合いの子供はもちろんだが、母親か父親が付き添って高齢者の方が来ていた。
二人が歩いている所を近所の人が見かけると「おはようございます。」と朝の挨拶を掛けられる。
 詩暮は犬を連れて、お年寄りのおばあさん達に挨拶をする。
「おはようございます。」
「ライムちゃんもおはよう?」
 詩暮が朝から明るく嬉しそうに駆け走って色んな人と会話しながら結局ラジオ体操に飛び入り参加している間、一は気怠そうに詩暮と距離を取って同じく体操をするのが習慣になった。
「何でいつもこんな流れに……。まあいいや、他人のふり。」
 そう小声で呟いていると、詩暮は少し遠い場所から一の名を叫んでいる様子に気付き彼女と否応なく目を合わす形になった。
「一くん! 終わっても勝手に帰らないで、そこにちゃんと待っていてくださいよ。勝手に帰らないでよねー! 男性が女性を守るのは義務でしょう? それに居候でもそれぐらいは当たり前のこと出来ますよねー? 」
 朝から暑苦しい女だ。親しい友達ってわけではないのに、男女問わず平等に話し掛けて来る。
 たまに上から目線の態度だったりしてカチンと頭に来ることもしばしあるが、明るく太陽のように微笑む詩暮の顔を見ると怒りを湧いて来なくなる。
「言われなくても待っててやるよ。」
 一は、素っ気ない態度でラジオ体操をしながら詩暮に伝えた。
「はぁ、俺は三ヶ月滞在の立場。私情は禁物。あんまり女と親しくすると、ろくなことにならない。目的が果したらさっさと東京でまた医療仕事没頭に。」
 一は朝から元気いっぱいの詩暮の姿に、自然と目が引き寄せられる。
 気が付けば、可愛いと心の中で思う。
 しかし、はっと一端動きを止めて、頭をぶんぶんと左右に振り、思考を振り払った。
 居候の自分が、遠野家の娘である詩暮に好意を懐いてどうする。まだこの家に来て二週間あまりだぞ。
 頭を冷やそうとぶつぶつと独り言呟く。
 目的は座敷童子を見つけること。と、言っても半妖だ。
 半妖とは人間と妖怪の間に生まれた者。
( 半妖の座敷童子。本当にいるのだろうか? )
 座敷童子とは子供なはず。人間と座敷童子が恋し、子を生すことがあるのだろうか。疑問に思いながらラジオ体操を終えた。
 その一方、詩暮は近所の人達と一のことを話していた。
 この町では見たことない顔の青年だと密かに噂になっているらしい。
「詩暮ちゃん、あの人が噂になっている東京の医学のイケメン青年の先生? 」
 高齢の人達には一に興味津々に何かと質問攻めをしてきた。
 詩暮は聞かれたままの事をさらっと答えた。
「確か、小児科専門の内科医師だとか……。」
 すると、周りの何人かが歓喜な声を上げる。
「ならうちの孫が風邪引いたり、具合悪くなったら見てもらえるな! 」だの「ついでに、ワシらの健康診断も見てもらえるかもしれんぞ! 」など勝手に話が大きくなっていた。
「しっかし、何であの先生は、何でわざわざ遠野に? 」
 高齢のお爺さんが、疑問に思ったことを口にする。
「人探しをしに来たみたいです。」
「そんな何の手がかりもないのに、人探しでおたくに三ヶ月も滞在とは……あの先生大丈夫なのか? 仕事もせずに。若いもんは気楽なもんだ。」
「いえ、彼はこの遠野にある病院でも東京でもちゃんと医療仕事をする上でのことなので。」
 詩暮は、相手一人一人丁寧に説明していた。
「そんなことより、詩暮ちゃん。あの先生が滞在して二週間経つだろう。」
 一番先に話し掛けてきた高齢のおばさんが何やら面白がるように詩暮に声を掛けて話し出した。
「え? あーはい。そうですけど……。」
「何もないのかい? 先生と。」
「はい? 」
「あんなカッコイイイケメンの医師がいるのに、何にも進展ないのかい? 」
「あー……そういう話ですか。彼は下宿人ですよ。」
「詩暮ちゃんは遠野ではべっぴんなんだから、彼氏がいないのは勿体ないよ。恋の一つや二つあっても良さそうな年頃なのに、仕事熱心だからさ。」
「私、恋より仕事するのが一番好きなので。」
 詩暮は、迷いなく爽やかな顔で、相手に不愉快な思いを一切させない言葉を伝えた。
 なんて語り合う詩暮達の会話は、朝から元気が良く、高く大きな話し声は一にも聞き取れるくらいだった。
「本当に朝から元気だこと。」
 すると、詩暮達の会話を聞いていた近所の高齢者の人達が突如、一のところに押し寄せて来た。
「杉浦先生! 」
 一は何が起こっているのか状況が理解出来ず慌てふためいている。
「今度、うちの娘やら孫が倒れたら診察してくれませんでしょうか? 」
 そんな彼には気にも留めずに、おじいさん、おばあさん達が噂話や雑談など長々と一の前で話し続けている。
 いつ何処で聞いたのか、ふぶきから、ほんの少しだけ近所付き合いの親しい人に言いふらしていることが予想出来た。
「杉浦先生、探す人が見つかるまでここに好きなだけ居て、私達の身体の調子を見てくださいませんか? 実は私はリュウマチが酷くてねー。」
「は、はぁ……。」
 話かけられたら適当に相槌を打つことにした。
「わしなんてなぁ……腰を悪くして、うちのばあさんなんてー。」
 でもそう上手くいくはずもなかった。すぐにまた別の人が声を掛けて来たのだ。
( 勘弁してくれー! )
 たった十分の間の時間帯でこんなにも騒がしい朝はない。普段なら。でも、小学生達が七月中旬、又は下旬ぐらいから夏休みで学校も八月末までは閉鎖なのである。故に、こうして夏休み期間の小学生達、そして高齢の方は、毎週平日に町内で社交場として、もちろん健康に過ごす為にもこのラジオ体操を公民館、公園、神社などで行われていたのだ。
 しかし、それは一にとっては辛く苦痛なものだった。
 穏やかに、自由に過ごし、一人でこの市を歩き回って色々調べたいのだが、上手く動けない。夏休み関係なく、一ヶ月に一度帰って来る詩暮の妹、蕨の面倒も頼まれていた。つまり子守をふぶきから頼まれたのだ。
 だから何かと常にほぼ嫌なほどに一人で行動することが少ない。医療仕事以外には。
 詩暮は「恋より仕事をするのが一番好きなんで。」と言ってはいるが、何故かやたらに暇さえあれば人探しをする一に協力し、着いてくる。彼女もまた変わった人だ。
 でも彼女の人との交流が、一を良い若者だと伝えてくれてギスギスしたこともなく、この遠野の町で親しく近所好き会いが出来たのも事実だ。
 ラジオ体操が始まると、集まった人達は一旦それに集中してするけれど、終わったらまた、長々と高齢者の方々の話を聞かなければならないのだ。
 絶えることなく、この日も日課のように同じことが繰り返されていた。

              ◆

 それを終えて遠野家に帰って来たのは三十分後のことだった。
「ただいま帰りましたー……はぁー。」
 朝から深い溜め息なんて付きたくないものだ。と一は思いながら玄関の靴箱前で立ち止まる。
「ただいまー! 」
 詩暮は一と違ってラジオ体操を終えて帰って来ると、さっき程までと違って異常なほど元気満々で声を上げて嬉しそうに鼻歌を歌うほど明るい雰囲気を振る舞いていた。犬を抱っこして足拭きなどをし終えると、犬も家の中に上がり込んでテクテク歩いていく。
「ん? どうしたの? 一くん、なんか元気ないみたいだけど。」
「当たり前だろ。」
 天然かこの女は。と一は詩暮に目で訴えるように眉間に皺を寄せて睨む。
「あんたが暢気に飛び入り参加でラジオ体操して、終わった時も話していただろ。近所の人達と! その間、ずっと俺は……っ。」
 思い出すだけでも嫌になる。
「ラジオ体操に来ていた近所のじいさん、ばあさん達に取り囲まれて、健康話以外に世間話をずっと聞かされていんだぞ! ラジオ体操も真剣に出来ないほど神経が参るほど疲れたんだよ。」
「そ、そうだったんだ。それは、それはお疲れ様だったねー。ってか、一くんもラジオ体操参加していたんだ。」
 同情の言葉、一つや二つもなく詩暮は何やら可笑しく無邪気にお腹を抱えて笑っていた。
「何一人で笑ってんだ。こっちは全然面白くないんだけど。」
「はいはい。まぁ、あなたは、医者だからここいらの人にそれだけ一は信頼されているってことよ。良かったじゃない。出世出来て。」
 詩暮は適当に相槌や思ったことを述べて一を時々はからかって楽しんでいた。
「って俺、医者って言っても一応小児科医専門んなんだけど……。今のは嫌みか? 」
 まったく冗談じゃない。大人っぽい時もあれば子供みたいな正確になったりする詩暮に振り回されるのは御免だと一は思いつつ深い溜め息を吐く。
「あ、そう言えば。最初に来た時、書庫見せてくれるって約束していたと思うんだけどさ。またあそこに行きたいんだけどさ。」
 ふと一は書庫のことを思い出した。ここに来て二週間ずっと街の地域を散策しているぐらいだ。
 後は、東京と遠野にある医療仕事の行ったり、来たりで書庫には一度足を運んだ程度で、見学みたいなことしかしていなかったのだ。
「ええー。また? いいですけど。でも、ちょっと書庫が埃っぽいかも。全然何十年も掃除してないので、杉浦さんのお身体に触るかも。」
 詩暮は少しだけ肩を震わせ、焦る様に慌てふためいて答えた。
「ん? 何十年? ってか何でいきなり最初に来た時みたいな喋り方になってんだ。」
 一は先程までとは違う詩暮の様子や話し方に疑問を抱く。
「ち、父が生きていた間も全然掃除してなかったみたいで! あはは! 」
 詩暮は靴を揃えて、さっさと早歩きで居間へ向う。
「そんなに書庫使ってなかったのか? 勿体ねぇ。古い本とは言え、宝の宝庫なのに。宝の持ち腐れじゃねぇか。」
 一も彼女と同じように揃え終え着いて行く。
「そう言えば、書庫で何の本を読むの? やっぱり医療関連?」
 詩暮は一の方を振り返って聞く。
「いや、ジャンルは問わない。とりあえず、直接手に取って見て決めて読むつもりだ。」
 首に掛けていたタオルで汗を拭きながら、一はそう答える。
「ふーん。」と相槌を打つと詩暮は、一の目が余所を向いている間に、目を細めて指でピース、ハサミの形を作りそれを横にし、自分の片目に当てを彼に意識を集中する。しかしそれは一瞬のことだ。
「何やってんだ? 」
 一が振り向くと、なんでもない素振りで詩暮は目をぱっちりと元に戻して何事もなく明るく振る舞う。
 時々彼女のする謎の行動も読めない。朝から写真撮影するわけでもないのに、決めポーズをする本当に変わっている。
「ううん。別に。」
 和室居間に辿り着くと広いテーブルに五人分の朝食が用意されていた。
「おはようございます。そしてお帰りなさい。杉浦さん。またいつもの朝のジョギング? 」
 一は顔を出すと台所を行ったり来たりとしている三つ編みだんごの髪型をした、ふぶきと目
が合う。
「ああ、はい。おはようございます。ただいま帰りました。ふぶきさん。」
「もぐもぐ。詩暮、お前またこのヤブ医者と一緒に帰って来たのか? 」
 テーブルにいち早く付き、ご飯におかずと食べている、一や詩暮と同じ年の、現代のカラスになったり人になったりとする謎の男、観月(みづき)。彼女の幼馴染で温泉宿屋の板前仕事を任されている。
 そしてこの家に一と同じく民宿として住んでいる。
「おはよう。観月なんなの? 愛犬の朝の散歩の時間帯と一くんのジョギング時間帯が、偶然一緒なだけよ。」
「おはようございます。杉浦様。詩暮様。」
 ライムは一に気付かれないように犬から人間のライムの姿に戻って普通を装い、朝食運びを手伝って現れた。
 そして三つ編みをあちこちと結んでいる、ライム。現代でも彼女が狼に変化したりする不思議な存在の女の子だ。一や観月とは五つ歳が離れていて二十歳で仲居仕事に勤しんでこの家に彼らと同じく民宿として住んでいる。
「何ですか? 観月様、もしかしてお二人が一緒にいることにヤキモチですか。」
「はっ! 朝から何をバカバカしい。居候相手に誰がヤキモチなんかするか。」
 観月は、雑に食事を食らい、頬には米粒がいっぱいこびりついている。
 食事のマナーがなってない。しかも、何故か異様に一に敵意を抱いているみたいに彼は睨んでいる。それはいつも詩暮と居る時だけだ。
「なんなんだよ……朝っぱらから。」
計合わせて五人テーブルで今から朝食を取ろうとしていた。
「あー! お腹すいた! いただきまーす!」
 詩暮は爽やかで元気な声を出して、身近にある用意されたサラダを先に食べる。
「ライムもいただきますです。」
 詩暮とは打って変わって、彼女はいつ食べたのか素早く自分の周りにある皿を全てキレイに平らげた。
「ごちそうさまでしたわ。」
 観月もまだ食べ終えていないのに、さすがに二週間滞在してもライムの早食いには着いて行けない。慣れないものだ。
「え? 早くね? どうやって食べ終わったんだ?」
ライムは、食べ終えて早々、リビングにあるテレビの下にあるビデオデッキを操作していた。
 これは彼女の日課であり、旅館の仕事の後、録画した番組を見るのが趣味なのだ。
 しかも何故か動物類の番組ばかり。意外な一面がある子だ。
「あらあら、本当に早いわねー。ライムちゃん食べ終えるの、ダメよー。ちゃんと噛んで食べないと。」
「すいません。ふぶき様、ライムはもう旅館の方に仕事しないといけないので! 行ってきますです! 」
 ライムは録画操作を終えると慌ただしく、ふぶきの声には耳を傾けず家を出て行った。
 獣のように素早いのは気のせいだろうか。と思いつつも、一も箸を持ち、用意された焼き魚を一口食べる。
「ん。おいしい。」
 朝からほかほかの暖かい食事に笑顔になる。
 けれど、目の前に座るふぶきの食事に違和感を覚える。
「いただきまーす。」
 よく見ると、ふぶきの並べられた皿には全て冷めた料理がある。
「き、気のせいかな? ふぶきさんのご飯、冷凍のままでは? 温めた方が……ってか、炊き立て食べないんですか? 」
 顔が引きつりそうになりつつも、一はなるべく顔に出さないようにさりげなく彼女に尋ねてみた。
「私は、冷たいのが好きなのー。朝昼晩とこのカチコチの新触感のご飯がおいしいのよー。」
 目をキラキラと輝かせて、ふぶきは冷たい白米に温かい緑茶を掛けて食べる。しかし、それをかけるもシュワッと湯気が冷気に変わる。
「か、変わってますね。ふぶきさん。」
 気のせいであってほしい。今、一気にお湯が水に温度が変化した。
 何なんだこの人……と、一は不審に思い始める。
「それに、冷たいご飯の方が太らなくて済むしねー。」
「へー。詳しいんですね。でもお身体を冷やしすぎるのも気を付けた方がいいですよ。健康に悪いかもですから。」
「ありがとう。優しいのね。杉浦さん。でも心配しないで。私の身体には何の支障も出ないから。」
「は、はあ。」
  一とふぶきの二人の何気ない会話に、詩暮は冷や冷やしていた。
 心の中で、まずい。と悟った。
 なんとか、話題を逸らさないと。と、思い素早く湯呑にぬるめのお茶を注ぐ。
「お義母さん! はい。お茶。ぬるま湯だけど。」
 ふぶきが雪女だとバレたら大変だ。いや、仮に妖怪だと悟られなかったとしても、変な超能力を持っていると思われかねない。
 第一、 ここの家は妖怪が住まう家。妖気を消し、上手く人間に化けてはいる。
 しかし、自分は半妖だ。中旬ぐらいになれば、朔の日が訪れ、大人の姿から子供の姿に変化する。つまりは今の詩暮から蕨になる。
 三ヶ月の辛抱だ。その期間を乗り越えれば、正体もバレずに一とは別れる。
 しかし、何事にもシュミレーションを立てて、一に悟られないようにしなければならない。
 詩暮にとっては内心穏やかではない。笑顔を崩さず、なるべく穏やかに会話を逸らさなければ。
「ありがとう。詩暮。」
 観月は食べ終えると「ごちそうさん。」と言って、食べ終えた食器を台所へ持って行って流し台へ付けた。
「俺も旅館の仕事があるから、行ってくる。」
 素っ気ない態度で観月は、家を出て行こうとしていた。が、そんな彼に詩暮は笑顔で手を振って見送る。
「いってらっしゃい。観月、無理ぜず頑張ってね。」
「おう。お前も無理すんじゃねぇぞ。」
 観月は、詩暮の輝いた笑顔に、胸の鼓動がドキッと高鳴り、顔の頬が少しだけ赤くなる。
 詩暮は知らないが、観月は彼女のことを好きなのだ。
 照れ隠しするようにそっぽを向いて、玄関を出て行った。
 その二人の様子を見ていた一は、眉間に皺を寄せて、少しだけ何故か苛立っていた。
( 何だあの二人は、朝っぱらからやけに親しい雰囲気かもし出すしやがって……っ。 )
 自分には関係のないこと。詩暮と観月は、ただの幼馴染。そして、たまたまこの屋敷に居候している。そう聞いている。
( 付き合っているって……訳じゃないよな? )
 一は、箸を口に入れたまま複雑な顔をしていた。
「杉浦さん。」
 すると、ふぶきが声を掛けて来た。
「何ですか? 」
「さっきから、お箸が進んでないように見えるけど……大丈夫? 食欲ないのかしら?」
「ちょっと考え事していまして。すみません。」
 一は、目の前にふぶきが居ることを忘れていた。
 詩暮と観月のことを考えていたなんて口が裂けても言えなかった。
 朝から何をこんなに彼女のことを考えているんだか。三ヶ月の滞在だと言うのに。
 深い溜め息を付いて、味噌汁を飲む。
 詩暮は呑気に食事している中、ふぶきは目を細めて彼女と一を気付かれることなく交互に見ていた。
「で、杉浦さんは例のお仕事で何か収穫ありましたか? 」
 ふぶきは詩暮の隣で冷え切った卵焼きを箸で摘みながら一に気軽に尋ねた。
 人探しの件だ。
「あ、いえ。まだ……ですが、医学の方の仕事は順調です。」
「そうですか。確か妹さんがご病気と窺っていましたけど、一刻も早く妹さんの病状が良くなれば良いですね。」
「はい。ご心配いただいてありがとうございます。」
 ここに滞在し、妖怪座敷童子を探しに来たことは詩暮達には話していない。飽くまでも呪いを解く手掛かりを探しに来たという理由を付けた。あながち間違いではない。昔の時代なら未だしも今平穏で明るい時代に妖怪や幽霊などの話をしても信じてはくれないだろうと思い至った理由からだ。そして約二週間が過ぎて行った。
「少しも情報得られてないって困ったわねぇ。どんなお人を探しておられるんでしたっけ? 」
 痛いところを着いて来るな。と一は心の中で呟いた。すると詩暮がさりげなく会話に入って来た。
「実は私も協力しているんだ。でも、なんか知らないけど。空き家や観光地とかばっかり見ているし。祠みたいなところも行っていたりするよ。人探しする気配ないし。」
 詩暮は隠すことなく一の行動を語り出す。このお喋り娘め。
「俺だって時には気晴らしみたいなことしたい時があるんだよ。そんな立て続けに人探し出来るか。」
 ふぶきは卵焼きを一口かじり、食べ終えると、何か人探しに繋がる良い案がないか考え出す。
「せめて、何か特徴があればより早くその人を見つけられると思うんですけどねぇ。」
「どんな人って言われても……一度も会ったことねぇ人だし、名前、性別とかも分からないので。」
 一は味噌汁をご飯に持ち替えて箸で口に頬張って食べながら言うか言わざるべきかと迷って
いた。
「じゃあ、年齢とか身長も特徴も分からない感じなの? 」
 詩暮からも尋ねられる。
「年齢までは分からないけど、たぶん身長は子供ぐらいの身長かと。」
 一は、さすがに苦しいが何の情報もないよりマシだと思い、答えた。
「という事は、あんまり背が高くない子供ぐらいの身長の人ってことか。」
 そんな大人はいないこともない。が、男性なのか女性なのか性別が分からない以上また探すに探せない。
「杉浦さんって変わっているわね。そんな少ない情報で探しに来るなんて。」
 ふぶきは少しだけ哀れむような顔で一へ言葉を返した。
 普通なら誰でもそんな少ない手掛かりで人探しなど出来るはずもない。いやしようとしないだろう。このまま何の進展もなさそうだったら、ここにいる人達から本当に人探しに来たのかと疑われかねない。何とかしなければ。と一はそんな事を考え込んでいると詩暮がまた尋ねて来た。
「ねぇ。一くんは、本当にその知り合いの人からの情報を信じているの? 」
「なんだよ。急に。」
「デマかもしれないじゃない。まだ二週間かもしれないけど、このまま続いて現れなかったら一体どうするのよ。」
 一に教えてくれた人の情報が嘘かも知れない。と、言う詩暮の言葉に彼は、ズシリと重たい岩が背中に圧し掛かった間隔を覚えた。
「そんな訳あるか! あいつは、ずっと小さい頃から俺に無理難題と言って来た。素直に聞き入れて医師になり、やっと掴んだ情報を探してこの地に来たんだ! 俺は、あいつが連れて来てほしいと言う人物を必ず探し出して、東京に連れて行って妹の命を救ってもらう! 」
 一は、衝動的に初めて感情を爆発させるように強い意思と辛い表情で、立ち上がってテーブルを強く両手で叩く。
 ガチャンッ! と強い食器の音が響いた。
 我に返って見ると、今まで誰にも見せたことない、恐い表情を見せている事に気が付いた。
「っ、俺はいい加減な気持ちで人を探しに来たわけじゃない。そんなに疑うぐらいなら、無理に人探し手伝ってもらわなくていい。俺一人で探す。」
 一は、詩暮がそんなことを思っていたことに腹が立ち、目の前にあるまだ食べ終えていない食事が急に食欲が湧かなくなった。
「ごちそうさまでした。」と、素っ気なく呟いて、怒ったまま食べ残した食器を台所へ持って行って置き、乱暴に歩いて家の外へと出た。
「一くん! 」
 詩暮は、しまった。言い過ぎたと思い、顔を真っ青にして一を追いかける。
 しかし、乱暴に閉まる引き戸の音に立ち尽くしてしまう。
「そっとしておきなさい。実際、あなたじゃなくても誰かが口に出していた事だし。」
「そうだけど……。」
 ふぶきは、若い雪女の姿に戻り、厳しい目で詩暮、いや蕨に言い聞かせた。
「蕨。あなたは、自分の役割を果たしていればいいの。他人や他のことに私情を挟んで、それ以上のことをする必要はないの。それ以外は、この土地、旅館や依頼、自分の好きなことをして安静に過ごしなさい。」
 詩暮こと蕨は辛そうな表情をしながらも、その先からは言葉が出ず。ただ項垂れるしかなかった。

               ◆

 外に出ると、不思議と頭が冷えた。
「あんな怒った態度を余所の家の人に向けるなんて……何やってんだか。」
 暗い気持ちで落ち込んでいると、一のズボンポケットから携帯のバイブ音が鳴った。
 液晶画面には非通知番号が出ている。
「はい。もしもし。」
 非通知の電話が掛かって来る時、大概は出ないし削除する場合があるが、一の場合は電話に出るのが基本らしい。すると思いもよらない相手の声が携帯から声がする。
『どうじゃ? 杉浦。そっちの暮らしは。』
 男の声か女の声かどちらか分からない。だが、それが一人の声だと一は理解した。薄気味悪い声。寄りにもよって話したくもない相手から連絡が来てしまった。顔の想像もしたくない。
稲荷いなり……。何のよう用だ。朝っぱらから。」
 一に電話をしてきた相手、稲荷と言う人物に声を低くして眉を寄せて話す。
『なんじゃ。相変わらず不機嫌な声を出しおって。まあ良い。で、どうじゃ? わらわが教えてやった土地に座敷童子は見つかったのか? 』
 一は、きょろきょろと辺りを見渡しながら、人が居ないか確認して稲荷の返事に答えた。
「見つけてねーよ……っ。そんなほいほいとすぐに素直に出て来てくれわけないだろ。」
 稲荷と喋っている一だが、彼は何やら落ち着かない感じでたどたどしい喋り方だ。
『そうだろうな。人間のことだ。普通の霊も見えない奴でも主の様に霊感を持っている奴でも、簡単に逢えぬであろうな。だが、なーにまだ時間はたっぷりある。精々ゆっくり探すことだ。ふふふふっ。』
 一は、稲荷の声を聞き取り、目を細めながら耐えるように歯を噛み締め、耳に携帯を当てて持っている手に力を入れる。
『だが、妾はあまり長く待たされるのは嫌いじゃ。もしかしたら、退屈過ぎてうっかりと狐火でお前の妹を焼け死にさせるかもしれんのう。』
 ぞくっ。と悪寒が走る。
 一は稲荷の発した言葉に、真っ青になる程、顔の表情が悪くなり。血の気が引く思いだ。
 冷や汗が流れ出る。
 目もカッと大きく開き驚愕する。冗談じゃない。
「な……っ、やめろ! 」
 恐ろしい稲荷の発言に一は強く大きく言葉を発した。
「必ず座敷童子を見つけてお前の元に連れて来てやる……っ、だから明香梨を殺さないでくれ! 頼む! 」
 一は、ふらふらとした足で家の門まで歩きながら会話をする。
 まるで稲荷に追い詰められているような雰囲気が満ちていた。
『夢々忘れるな。主はあの時から妾の玩具おもちゃ。飽きればいつでも切り捨ててやる。だがそうなれば妹の命も切り捨てると言うこと。少しでも逆らった真似してみるがいい。主が死ぬまで永遠に妾がお前の周りの者達を呪い殺してやろうぞ。』
 稲荷は一に脅しをかける言い方で、いや彼に暗示をかけて頭や心を支配しようとしていた。
「……っ。」
 言霊。『恐怖』の言葉を巧みに使い、一の精神を追い詰めるのだった。
『お前がその土地に何しに来たのか。何の為に『幸』を願いたいか……何を求めているのか。よく考えて行動するがいい。』
 一の携帯からは恐ろしいほどの稲荷の笑い声が木霊こだまする。
 彼は、何一つ返す言葉もなく押し黙ったまま。ただ目を瞑って眉間に皺を寄せて聞いていた。
『そうそう。一つ、座敷童子の性別じゃが、女子おなごじゃ。そして、一番出逢える確率は朔の日じゃ。』
「朔の日?」
『伝えたかったのはそれだけじゃ。また時機みて連絡をしよう。ではな。』
 ガチャッと、稲荷との会話が途絶えると、一はすぐに携帯の電源を切って、近くの門の柱に拳を強く叩きつけた。
「くそっ! 冗談じゃねぇ! 一刻も早く座敷童子に会わねぇと……何処にいるんだ! 」
 一は精神的に参った顔と焦りばかりが出て来た。
 ここに来たのは楽しく笑って過ごす為じゃない。
 妹の命を救う為に来たんだ。観光地旅行気分でもなんでもない。何が何でも座敷童子に会って、呪いを解いてもらわなければならないのだ。
 ここに来て約二週間が経ったが何の情報も手がかりもない。
 時間と日にちだけが削られていく。なんとかしなくては。一はそう決意した。
 すると、ふと脳裏に懐かしい記憶を思い出す。

        ◆

 あれはまだ自分が十歳の頃、妹も倒れる前のことだ。真夏の夜中に家を抜け出して、学校に忍び込んで、飼育小屋の鍵を取り、ウサギ達がいっぱいいる場所に行って、こっそりと一匹ずつ撫でていた。
 静かな夜で、月もない日。
 確か小さな子供に出逢った。
 自分より年下の女の子で、名前は忘れたけれど、着物を着た不思議な子だ。
 顔も暗くて忘れたけれど、その子から何か優しい言葉を投げかけられた。
『あなたはきっと、立派な良い医師になれるわ。
 だって、あなたはそうなる器を持っているんだもの。あきらめないでね。今は辛くても、きっと楽しい未来が待っているわ。私、絶対応援しているから。だから、負けないで。一。』
 そして、ぎゅっとその子に身体を抱きしめられた事を思い出した。

             ◆

「あの子の声、どこかで……聞いたような。」
 一は聞き覚えのある子のことを考えながら、青い空を眺めた。
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