純愛パズル

久遠寺風卯(ペンネーム)

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第2話 都市伝説

都市伝説(9)

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           9

 午後十五時。
 蕨は、詩暮の姿で家の隣にある使われていない屋敷を習い事教室として使い、一階の広い居間を生徒達集めて書道、習字を指導していた。
「先生、書き終わりました! 」
 十歳ぐらいの男の子が、書道用の長い紙に、穂の太い筆で大きい字の文章を書き終わって、筆立てに置くと、他の生徒に評価する詩暮に近付いて報告しに来た。
「はい、分かったわ。ちょっと待っていて、この子の作品評価終わったらすぐ確認するから。」
 詩暮は汚れても大丈夫なようにエプロンを着て、添削メインで使うオレンジ色の朱液を筆に付け、文章と字を良く目で確かめて読み、正しい書き方をしてないところは書き直して訂正し、今評価している中学生徒の女の子に優しく「この字は上手く書けているけど。ここの字はもう少し力を抜いて書いた方が綺麗に書けるわよ。」と適切に親切にアドバイスする。
「む、難しい……。」と落ち込みながらも不満顔をする女の子を詩暮はなだめながら、彼女にダメになった作品ではない上手く書けた作品二枚を取ってあることを伝える。
「前に比べたら、上手く書けているよ。残りの枚数紙で、とりあえず練習と思って書いて。」
「はい。先生、ありがとうございました。」
 皆、夏休みの時期で小学生から高校、たまに大学生や大人、お年寄りが生徒として習字を習いに来ていた。毎週木曜が習字教室で空いている時間は午後十四時から二十時までだ。
 夏の期間は長い紙で書く作品が巡って来る。あまりにも難易度高い小さな字をぎっしり埋める場合は立って、腰を曲げて書く生徒もいる。
「半紙の方が書きやすい。」と呟く人が大半だ。
 半紙は二文字から四文字、たまに難易度は六文字。机に座って書きやすい。もちろん硬筆もだ。しかし、夏期間に硬筆はない。休みで習字しかない。
「先生さようならー! 」
 作品を書き終わり、用がなければ帰って行く生徒もいる。
「さようなら。気をつけて帰ってねー! 」
 そんな中、玄関からインターホンが鳴る。
「誰? 」と呟く生徒も居れば、集中して作品書いたり、友達同士みたいにお喋りしたり、色々な生徒が約二十人。賑やかな教室に誰かが尋ねて来たようだ。
「詩暮先生! 誰かお客さん来たんじゃないんですか? 」
「ちょっと待っていてね。皆。」
 詩暮は「はーい。」と言いながら、壁にある外に居る人が分かる確認モニターで確認する。
「わ……じゃなかった。詩暮先生、生徒さん方の飲み物とおやつを持ってきましたよ! 」
 尋ねて来たのはライムだった。あと観月も一緒だ。
「さっさと開けろ。」
 詩暮が玄関へ向かい引き戸を開けると、ライムは手作りなクッキーもあれば駄菓子やポテトチップスやおせんべいなどをバスケット二つに分けたのを生徒達のところに持って行く。
 観月は、冷たいお茶やジュースの飲料水とグラスを人数分持って来た。
「少し休憩にしましょう。皆様。」と言ってライムは明るく声をかけた。
 すると、大人やお年寄りはともかく、育ち盛りな子供は喜ぶように飛びつくように
 ライムと観月に駆け寄る。
「ちょっと落ち着いて! ちゃんと皆の分あるし、ちゃんと配るから。」
 詩暮は、騒ぐ生徒を落ち着かせて、一人一人席へ着かせる。
「半分幼稚園児か? この教室は。」
「夏の間だけよ。」
 観月はグラスに飲み物を注ぎながら、小学校から使わない机と椅子をもらってこの屋敷に置いてあるのを四つ用意して並べたりする詩暮に話しかける。
 親しそうに話す二人の姿を見ていた小学生男子二人が面白がるように「二人とも付き合ってる!」だの、高校生女子二人が「彼氏? 彼女?」と勝手に勘違いして騒ぎ出した。
「ただの幼馴染です。どうでもいいでしょ。そんなことは。」
 詩暮は呆れた表情で、並べた四つの机の上に、観月とライムが持って来たバスケットや飲み
物類を置きながら、付き合ってないと否定する。
 それでも「えー! 詩暮先生、美人だし、優しいし、明るくて可愛いのに。好きな人も彼氏も未だにいない系? 」や「こんな目の前にカッコイイ、イケメンの幼馴染がいるのに? 」だの恋愛話が飛び交う。
「お菓子食べ終わったら、さっさと続きの作品書きなさい! 」
 詩暮は、からかう生徒ら四人を強く叱ると「怖い」や「ちぇー。つまんない。」と呟いて、お菓子を一人分に分けたプラスチック式の一人分皿をライムから受け取って自分達が書いている場所の席へ戻って行く。
 身体が不自由なお年寄りの人には、自ら近寄ってお菓子や飲み物を配る。
「どうぞ。」とライムがその人達の背に合わせて座って手渡す。
 子供達と違ってお年寄りには和菓子など、喉に詰まったりしない羊羹を用意した。
「ありがとう。」
「いいえ。食べきれなかったら、持って帰れるように包みますわね。」
 そんな和やかな雰囲気だったのもあっという間に過ぎ。
 午後二十一時には生徒誰一人も居なくなった。教室部屋の中は静かだ。
 そんな中、詩暮こと蕨は一人、庭の外の手洗い場で生徒達が使った筆を一本ずつ水や石けん使って丁寧に洗っていた。
「やったー! 筆洗い終わったー! 今度また、習字教室で生徒さん方が使う大切な筆だもんね! 」
 樽か何かに入れて、部屋に上がって来た蕨はすっきりした顔だ。
 そんな彼女をライムは心配してか様子を見に来た。
「蕨様、何も夜遅くに片付けなくても……。昼間にすればいいじゃないですか。」
「昼間は昼間ですることがあるの。書道だけじゃなくて華道、三味線でしょ。歌のレッスンに茶道、着付け教室等があるんだから。」
 部屋の戸を閉め、戸締りをする蕨は自分の体調など気にも留めず、暇さえあればバリバリ年中無休の様に働く女性だ。彼女の、どこが病人なんだろうかと不思議に思うくらい、顔色が悪いわけでもない。無理している様子もない。でも確実に蕨の体調に乱れが出たり、倒れて寝込んだり、病院や家へを行ったり来たりするくらいになっていく日々になる。
 ライムは、生徒の皆が来てすぐに書ける準備されていた習字道具の文鎮や墨が着いても大丈夫な下敷き布マットを片付けながら、蕨にしっかりと叱る。
「掛け持ちすぎでしょう! いくらなんでもパワフルすぎませんか!? 蕨様……本当に習い事教室閉める気あるんですか? 」
「ギリギリで……十月には閉めようと思う。」
「本当にギリギリですね。あんまり仕事抱え過ぎるとお身体に触りますよ。」
 これだけライムに心配されても、蕨は冷静。というか呑気な考えだ。
「だって……じっと大人しく過ごすの苦手なんだもん。何かしていると気が紛れるし! いいじゃない。別に。」
 洗った沢山の筆を拭きながら、乾ききってない部分の穂の部分を乾かすため、別に筆を包む巻物をいくつか持ってきて、小分けの様にして三本ずつ一まとめにする。
 濡れた樽は外にある家の何処かの壁にでも立てて乾かそうと考えながら蕨は、密かに自分が思っていたことを口にする。
「良くないですよ。全っ然。蕨様はライムやふぶき様に観月様より働きすぎです!
 安静に過ごしていただかないと困ります。」
 ライムは、怒りを通り越して呆れた顔で、この部屋中のカーテンを閉めながら話し続ける。
「そんなに働き過ぎているかな? 私。」
 蕨は首を傾げながら、生徒が書いた習字の紙やお手本、提出手続き所など色々入った紙袋を二つ担いで、巻いた筆巻物を十本くらいの物も小さな紙袋に入れて手に持つ。
「自覚なしですか。蕨様は、ほどほどの家事や他人の幸福依頼を受けて叶えればいいんですよ! 」
 ライムは、両手に重い荷物を持つ蕨から、取り上げるようにして重い紙袋二つを持った。
「でもまだそれほど体調悪くないし……。」
「でもはなしです。いつ体調悪化して倒れるか分かりませんもの。」
 まったく、言った傍から蕨は身体に負担がかかる重い荷物を持ったりする。
「疲れる。」という事は人前であまり口に出さない主義だからもあるのだろう。
 少しくらい弱音を吐いても良いものを。と、ライムは密かに心の中で思いながら溜め息を吐いた。
「ライム知っているんですからね。蕨様がこっそり合間を縫っては、旅館経営や下宿経営に農家仕事とかしていること。そういうの本当に止めて下さい。もうほとんど引退して他の方々にお任せしたんですから。」
 部屋の電気を消し玄関を出て戸締りをする蕨を待ちながら、ライムは彼女が気付いていないことを暴露した。
 すると蕨は、眉間に皺を寄せ、頬を膨らまして「この過保護犬! 」と怒鳴った。
「犬ではなく狼と言ってください! 」と彼女に反抗と悪口な様なことを言われれば言い返す。
 しかし、外は夜で静かだ。
「はっ! 」と気付けば、外だ。二人は大声を出していた口を同時につぐみ、手のひらで押さえる。
 田舎町だからキラキラな明るい街の風景も、賑やかや、うるさい音がする都会とは真逆。
 遠くからだろうか近所で飼っているどこかの犬が「うるさい!」と吠える。
 二人の叫ぶ大声に、喝を入れるように吠えられた。
 蕨とライムは、当たり前の日常で大したことないことかもしれないが、二人にとってはそれだけで微笑ましい出来事になる。
「しーっ! 」と人差し指を口元に手を当てて蕨は、声の大きさを控えるようにしてライムと隣の自宅へ歩いて帰宅する。
「ただいまー。」と蕨が自宅の玄関引き戸を開けて入る。
 すると「おかえり。あと、お疲れ様。二人とも。」と一が二階の階段から顔を出して来た。
 ライムは天真爛漫に明るく人懐っこく馴れ馴れしいくらい、一に話しかける。
「ただいま、帰りましたです。杉浦様もお疲れ様です。医療仕事と人探し両立は大変ですね。成果少しありましたか? 」
「まあ、医療仕事は成果出ているかな。」
 一もライムとは友達のように打ち解けている。
 しかし、蕨からしてみれば二人の距離は友達というより、一が飼い主。忠実な犬です。
 みたいなライムの姿に見えるのだ。耳や尻尾が出ていれば間違いない。
 また一は風呂上がりで髪が濡れていた。でも、いつもは私服が多いが、今夜は旅館の浴衣を借りて来て着ていた。
「何? 俺の顔に何か付いてる? 」
 浴衣を着る一の姿を初めて見て、蕨は思わず見惚れてしまっていた。
「え、ああ。め、珍しいなあって……一くんが、浴衣着るなんて。いつもは私服だから。」
「気候の温度が高くて汗かくことが多くて、たまには涼しげな浴衣でもいいかなあと。」
「そ、そうなんだ……。」
 ライムは、じーっと一と蕨、二人の良い雰囲気を見ながら、ニヤリと悪戯顔をする。
「そう言えば今度、お盆に祭りがあるんですよ。
その時、杉浦様も旅館の浴衣じゃない夏祭り浴衣着て、詩暮様とわたくし達と一緒に行きませんか? 」
 一と蕨こと詩暮二人にお祭りに行こうと誘うライム。
「ライム、いきなり言い出すのよ。」
 詩暮はライムの方を見ながら慌てふためく。
「確か、ちっこいの……詩暮さんの、妹の蕨ちゃんが、そんな話していたなあ。」
 一はこの家に来た初日の夜、蕨に夏祭り一緒に行こうと気軽に誘われたことを思い出した。
「そうだったんですか? なら、一緒に行きますか? 」
 ライムは呑気な考えで一を誘う様子に詩暮は困惑する。
「ちょっと待ってよ。一くんはさあ、医療仕事も人探しも抱えていて大変で疲れているじゃない。ライムだって……観月もお義母さんだって、旅館仕事忙しかったりするかもだし。予定変更になりかねないじゃない。」
 冗談じゃないと詩暮は慌てふためきながら、夏祭りを一緒に行くことを断ろうとする。
 何故なら詩暮と蕨はどっちも同一人物で自分自身。本体は一つなのだ。
 展開的に色々まずい状況だ。大人と子供では違うが同じ人間、二つの姿に分離して一緒に夏祭りに行けるわけがないのだ。
「珍しいなあ。詩暮さんが夏祭りに行きたがらないなんて。そんなに妹と会いたくないし、一緒に行きたくないのか?」
 どうやら一は、詩暮と蕨が姉妹と思っているのは間違いない。同一人物とはバレてないようだ。 しかし、まだ一度も二人が顔を合わせていない状態な上、妹の話もあまり出さないからか、姉妹で喧嘩しているのかと一は勝手に勘違いしているのだ。
「そ、そういう訳じゃないけど。」
「でも俺、明日から一週間程度はこの土地離れて一端、東京に戻る予定だから、お盆に帰って
来れそうかは分からないしなあ。」
 一は腕組みをしながら悩んでいた。
 そう言えば一週間前、彼が晩ご飯の食事中、皆に伝言の様に伝えていた。もちろん、カレンダーや皆の当番表であるホワイトボードにも書いていた。
「そうですか。杉浦様、花火とかこの街のイベントに参加してストレス解消や疲れや心の癒しになるようなひとときを、ライムは過ごしてもらいたかったのに……残念です。経ったの三ヶ月かもしれませんが、ライムは杉浦様と別れるのが寂しいでーす! 何か楽しい想い出を作りましょう! 」
「ライム……俺、まだここに来て二週間ぐらいしかまだ経ってないんだけど。」
 ライムは寂しがるように一の背中に飛びつくように抱きついて話す。
 一は別に何も女性に対して意識はしてないが、妹やペット感覚で懐かれる場合は、どう接していいものかと悩みながら、言葉を繋ぐ。
 馴れ馴れしく抱きつくライムにきつく当たり、傷付くことを言って拒絶されて仲違いになるのは如何なものか。二週間でやっと皆と普通に打ち解け、気軽に話せるほどになっているが、女性は何かと言葉に敏感だ。ちょっとした発言でライムと喧嘩みたいになったら。いや仮に、そうでなくても何らかの形でそのことを誰かに知られたら終わりなのではないか。
 別に自分は、旅行や夏休み感覚で遊びに来ているわけではない。
 半妖の座敷童子の手がかりや情報を掴む為に来たのだから。
 もう少し時を見て、本当の事実を話そうと考えていた。
 だがこの状況を、どう上手く相手の心を傷付けずに抱き着き離れずにぶら下がるライムに注意するか悩む。
「とりあえず、分かったからライム。俺から離れてくれるかな。距離が近すぎる。」
「距離? とは」
 ライムは呆けた顔で首を傾げたまま、まだ抱きついた状態だ。
「好きな人でも彼女でもないのに馴れ馴れしくスキンシップするのは、どうなのかなあ。と思うからさ。」
 一は、ここまで言えばだいたいライムに伝わるだろう。察するだろうと思った。しかし伝わる様子がない。
「あはは! 杉浦様、面白いお方ですね。」
 一は、眉間に皺を寄せながら呆れた態度「さっさと下りてくれ」と伝えた。
 ライムは手を離して床に足をつける。
 詩暮は彼女の女性としての行動に目に余る部分がある為、注意する。
「まったく、ライムったら。一くんに迷惑な行動は慎んでよねえ。」
「あ、ヤキモチですか~? 詩暮様。」
 詩暮はライムに顔を近づけて小声で少し眉間に皺を寄せて怒った表情で話す。
「違うわよ。女性としての慎みを弁えた方が良いと注意しているの。」
「ライムは別に人間の男に好意も興味ないですけど。」
「そう言う問題じゃないの。スキンシップ過ぎるのよ。」
 なんだかんだ三人で立ち話していると、玄関辺りの廊下の壁に手掛けられた時計の時間が二十二時を回っていた。
「俺、明日朝早く東京に向かうから早めに休むから。じゃあこれで。お疲れ様。おやすみ。」
 そう言って、一はまた二階の方へと戻って行くく。が途中で立ち止まり二人に伝える。
「あ、夏祭りの件だけど……行けるか分からない。またどこか暇な時間帯や曜日で連絡するわ。
早めに身体休めて寝ろよ。二人とも。」
 ぶっきら棒ながらも優しい一の言葉に二人は笑顔で「おやすみなさい。」と返事を返した。
 一の姿が見えなくなると、詩暮こと蕨とライムは深い溜め息を吐く。

                  ◆

 蕨は玄関から一番近い部屋である自室へとライムの身体を押して強引な形で彼女を招いた。
 ドアも閉めると、さっきの夏祭りの話題はどういうつもりなのか蕨はライムに尋ねた。
「もう、いきなり何で私が一と一緒に行かなきゃならないのよ。」
「民宿仲間として今後仲良くなっていく親睦会みたいなものですよ。それと、杉浦様の情報収集の件もあり、ライムからのちょっとした良い計画提案ですよ。」
「意味分からないんだけど。」
 荷物を置いて、蕨は習字教室で着ていたエプロンを脱ぐ。
「ライムが言いたいのはですね。蕨様、もう少し自分の身体を大切にして下さい。杉浦様もまた依頼人の中に含まれているのでしょう? 」
 蕨は唇をひん曲げて、眉間に皺を寄せながらエプロンを畳み終えると、自分のベッドに腰掛けて座り、ライムに話す。
「それぐらい、分かっているわよ。でも、読み取れないんだもん。彼が何の幸福を望んでいるのか。」
 今朝、一が後ろを向いていたりしていたり、あの空き家で誰かを探していた時、ラジオ体操中にも隙を見ては彼の考えや気持ち、いわゆる思考や心の声を読み取っていた蕨。しかし、何も聞こえて来ないし、読めなかった。
 色々深く考えると気が滅入るのか、蕨はそのまま仰向けになってベッドへ倒れ、天井を眺めた。
「あのお方の滞在期間は三月。その間に、早く幸福を叶えるべきです。今は何もなくても、いつか杉浦様の前で蕨様が体調を崩し、お倒られにでもなられたら、医者としても心配しますし、仮に情が移ったりしたら……。」
 ライムは思ったことを口に出して話していると、言ってはいけないことまで口に出すところだったと慌てて会話を止めて口元に手を当てる。だが遅かった。蕨の耳に会話が入っているからだ。
「情が移る? 何よ。それ。どういう意味? 」
 仰向けに倒れていた蕨は、ゆっくり身体を起こしながら目を細めてライムを見る。
 ライムは冷たい表情の蕨に恐れて、思わず狼の耳と尻尾が出るほど身震いをした。
「観月様が心配なさっているんです。蕨様はともかく、人間の杉浦様は一緒に過ごす内に、蕨様に惹かれやしないかって……。」
 良い訳の様に彼女は「ライムは別に何も色恋のことは興味ないし、言っていません!」と慌てふためく。
 話が途絶えると、蕨の表情は普通に戻り気軽に微笑む。
「馬鹿馬鹿しい話ね。彼は三月の間だけの下宿人よ。短い期間で、そんなことあるわけないじゃない」
 蕨は立ち上がると、立派なタンスの引き出しを開いて、何かを取り出した。
「仮に彼が詩暮わたしを好きになったって、本当の正体も知らないのに? 」
 取り出された物は、鞘に納められた本物の刀。偽物でもない。
「もし、正体を知ってそれでも変わらず、好きでも……私は彼の気持ちに答えるつもりはない。運命だって変えられない。」
 蕨は、その刀の柄を掴み鞘から少しだけ抜く。
 煌めく刃に自分の顔が僅かに映る。
「私の心には、好きだって思う人は……あの人達だけでいいの。これ以上、他の誰もいらない。」
 そう言って、蕨は哀しく儚い表情で笑み、柄を鞘に戻した。
「蕨様……。」
 ライムは、蕨が手に握っている刀を痛々しそうに見る。
「疲れたから私、お風呂に入ったら寝るわ。一のことは確かに何とかしないとね。」
 そう言って蕨は、また刀をタンスの引き出しに戻した。

                 ◆

 一は自分の寝泊まりする部屋にある文机で、医療の本や病人患者のカルテのメモ書きなどをしながら、携帯に耳を当てて医療の仲間の同期と連絡を取っていた。
「明日、そうだな。バイクで飛ばして来れば、朝の十時にはそっちの病院に着くと思う。
 じゃあ、また何かあったら電話してくれ。お疲れ様。」
 そう言って相手と会話が終えると、一は大きな欠伸をしながら口元に手を当てる。
「ダメだ。脳が疲れている。四時間程度寝るか。」
 持参して持って来た目覚まし時計は深夜十二時過ぎだ。
 蕨達には明日、朝早くには出ると伝えていたが、もう日付は今日に変わっていた。
 いつでも寝転がれるように敷いていた布団へダイブするようにうつ伏せに倒れる。
 頭に枕を敷いて、夏用の薄い毛布もお腹だけにかけ、目覚ましも三時半にセットする。
「おやすみ。」と一言呟いて目を閉じると、すぐに爆睡する一。
 よっぽど疲れているのだろう。イビキはない。静かな寝息だ。
 そんな静まり返る一の部屋の入り口のドアから、誰かがすり抜けて入って来る。
「……。」
 蕨だった。
 お風呂上がりか寝間着浴衣姿で、肩にタオルを掛けている。髪もだいぶ乾いたが、まだ湿っている。足音を立てないように、一に近付く。
( 今なら思考読み取れるかしら? )
 スヤスヤと寝息を立てて眠っている一の姿が目に入った。
 医学の本の山住の中で布団を敷いてうつ伏せから仰向けになり、疲れて眠っている。
 起こさないように、一が調べている本を見る。医学書以外に心理学、超常現象や妖怪の本。と、こんな数多く読んでいる。
 ただの医療関係者の人探しをしていたわけではない。もしかしたら、他の理由もあってこの地に来たのかもと察する。
 寝ているかどうか確認するように一の顔を見る。
 すると、眠る一の寝顔が蕨の知る人物に表情が似ていることに気を取られて、じっと見つめ続ける。
「本当に似ている……あの人達に。」
 切なげな顔をして、トクン、トクンと心臓の音が鳴る。思わずずっと見ていたくなる。引き寄せられるように無意識に一の頭を優しく撫でる。
 あの頃、遠い昔にこうして眠るある男性達を撫でていた記憶が脳裏に刻まれたことを思い出す。その人達の姿が一とデジャヴのように重なる。
 はっと我に返ると、蕨は顔を横に振り現実に目を向ける。
「ふっ、馬鹿らしい。同じ顔に似ている人なんて三人に一人居るって言うし。もう、どうでもいいわ。私には関係ない。」
 しっかりしなくてはと強く決意。そして一の横に座り額に手をかざす。
 気を許す程、眠っている今が一の望む『幸』が覗きやすくなるはずと考えた蕨は目を瞑って意識を集中する。しかし、何の情報も来ない。
 今まで旅館の方では、座敷童子を訪れて来た依頼人達の望む幸福情報を、いつもならすぐに引き出すことが出来た。
 こんなことはめったにないことだ。
 どうしたものかと悩む。
( いつもの方法じゃダメか。 )
 顎に手を当てて、下を向き考える。
( 夢魔むまを使う? でも、それでは色々効率が悪いし……。 )
 夢魔は西洋で知られる下級悪魔。人に憑りついて夢の中で悪夢を見させ、人を苦しませる。または楽しい夢を見せては快楽などで堕落させる場合など諸説ある。しかし、その妖怪を使うのは違う気がする。
( しょうがないか。久しぶりに夢の中に入って情報を引き出すか。)
 一の片方の手を握り、目を閉じ意識を集中する。
( 彼の夢に同調するイメージ……。 )
 もう片方では一の額に手をかざしたままだ。でもその彼女の手から淡いオレンジ色の光が照らされる。
 それが数秒くらいで消えると蕨の意識は途絶え、一の身体に俯せに倒れる。
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