鳴り響く鼓動は千の音

迷空哀路

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5 告白みたいな

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やがて日が沈んできた頃に、そっと指先が触れた。びっくりしてその先を見ると、固い声色で「練習するから」と触れた指先に力が入った。
「お、告白か? まぁそうだな。今がベストかもな」
「……っ」
そこから先の葛藤は少し長く、指先が熱くなってきた頃、手を離してタタタッと後ろに回った。どうしたと振り向く前に、そのちっちゃい体は飛びつくように、お腹の辺りを腕でがっちりとホールドした。確保のようにも見えるけど、これはもしかしなくても抱きしめているつもりらしい。だったら相手はもう少し華奢で、小さい事をイメージしているんだろう。俺じゃあ再現するのには向いてない。でもまずは好きにやらせといてやろうか。
「佐々良、本命にするときはもっと優しくやれよ。これじゃあ……」
言ってる側からぎゅうぎゅうと力が込められていく。さすがに苦しい。
「……これ、でっ!」
「えっ?」
またタタタッと回り込むと、今度は手すりに掴まった。こちらには背を向けている。こっちを見ないまま、今度はそっち! と音量の間違えたような声で叫んだ。
「そっちって……なに」
「……だから、その……今のが成功して、いい感じになって……で、そっちも、そうなる……みたいな」
こいつ自身何を言っているのか自分でも分かってないのだろう。頭を掻きながら接近して、もう一度何をするのか聞くと、今のと同じ! と言われたので、そろそろと腕を回してみる。こいつこんなに細かったっけ。更に近づくと、ひゅっと息を飲む音が聞こえた。
「こうでいいの?」
「……あ……えっと、ちが……手、首……に」
「首に?」
「腕……肩、とこ……」
片言になっているがやってほしいことは察した。もう一度後ろから、今度は胸の前あたりに腕が来るようにしてみると、結構な近さになった。今度こそ何も言わなくなって、ついでに動かなくなった。
「大丈夫か? こういうことで合ってんだよな」
「……っ、ん」
やがてとっても小さく声が聞こえたけど、固められてしまったのではと思うほど動きがなかった。
こんなものかと力を緩めると、そのままふらりと体が倒れたので慌てて支える。大丈夫だからと手で制した後に、やっぱり大丈夫じゃなかったのか、地面にへたり込みそうになったのを手すりに助けられていた。
「佐々良、平気か」
「……力、入んな……い」
フラフラしている体を支えてベンチに座らせると、小さくごめんと呟いた。
「別に俺は良いけどさ、免疫がなさすぎるだろ。俺も人のこと言えないけどさ、これじゃまずデートとか言ってる場合じゃないな」
「……っ」
「あっ……だからその、やっぱり練習なんかするもんじゃないだろ。嘘で慣れたって、それを後から知ったらあんまり嬉しいもんじゃないだろうし……だったらその人で、その人が受け入れてくれる人なら、一緒に練習してった方が……いいだろ」
言っててよく分からない感情が胸を上がってきた。寂しいようなこれは……弟子を送り出す師匠みたいなものか?
「ほら、言いにくいってならついていってやるし……その人はバイトとかしてんのか? だったら店の前とか……」
「……一人で、大丈夫」
少し震えながらも、声はしっかりとしていた。そうかと顔を上げて前を向くと、海はすっかり黒に染まり、街灯の光が反射していた。

あの後のメールに、ありがとうとごめんが入っていた。でも楽しかったとも追加されていて、少し気まずさが抜けた感じがする。






佐々良 鳴ささら なる

ずっとタイミングを見計らっていたのに、自然な時なんてあるはずなくて。半ば無理やりに触れた手は少しゴツゴツしていて、僕よりも大きい。びっくりしたようにこっちを見るのを気づかないふりして、無理やり声を出した。
今日一日緊張しっぱなしだったけど、今が最高潮だ。これも不自然だって分かってる。でもその背中に飛びつきたくて、触れたくて堪らなくなって……。
ゼロの距離になると思っていたより暖かくて、大きくて、安心した。服は洗剤と香水の匂いがする。それに少し混じる彼自身の匂い。体が変になりそうなほど熱くなる。今度も勢いでパッと離すと、一番彼にしてもらいたかった願い事を口に出していた。
彼ならやってくれるって、優しいから分かってた。僕は本当にズルい。いつ嘘がバレないかって、なんでこんなことを信じてくれるのか分からなくて、でも後ろから体温が来た瞬間全てが吹き飛んでいた。
とうとう夢にまで見たシチュエーションは息ができなくて、今までどうやって呼吸していたのか忘れてしまった。でもあんまり息を荒くしていても気持ち悪いだろう。バレてしまうだろう。苦しいけど心地良すぎるこの今に、言ってはいけない言葉が飛び出しそうで、代わりに瞳から流れていた。
思っていたよりも力が入っていたらしい。支えが無くなった体はフラフラと彷徨い、倒れそうになってしまった。また近づいた体温も嬉しくて、自分なんかを心配してくれる声が幸せすぎて……また泣きそうになった。
でも今いないはずの僕の想い人のことを考えているんだと思ったら、サッと嬉しさが引いていった。鈍器で殴られたみたいな、本当に何にも考えられなくなる瞬間ってあるんだ。
さっきまであんなに……あんなに楽しくて、幸せだったのに。
これは嘘なんだ、全部全部。嘘が苦しくて胸が詰まる。もう嘘はつきたくない。でもそれを言ってしまったら、彼との関係が終わってしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。怖かった。せっかく……せっかく奇跡が積み重なってきたチャンスなのに。
でも、もう色んな女の人を想像してほしくない。これ以上罪を重ねたくない。優しさを踏みにじりたくない。
次に会ったら伝えようと決心して、やっとぐちゃぐちゃしていた僕の心はクリアになった。

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