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「この写真……撮れる人は校内にしかいないんだよ。今はみんなと関係を切ったし、もしかしたら恨まれてるかもしれないけど。やっぱりここまで執着するのはこいつしか考えられない」
「……っ」
ナオの母親、今では俺の母親でもあるけど……父さんと距離を縮めたのは、こういう事情があったからというのも大きいだろう。それは現在、幸でも不幸でもある。
「学校も変えるべきだったかなぁ。半年以上……経ってたからもう大丈夫だと思ってたんだけど。結果的にリツまで危険に晒しちゃったね」
「警察には……言ってたんだよな?」
「おかしいなって思ってたんだけど、警察が動くまでの証拠がなかったんだよね。変な手紙とかは届いてたけど脅しって感じではなかったし。子供のイタズラを笑えなくしたような、どちらかというと狂気的なものが多かったよ。ただ人形が置かれてるだけとかね、被害が小さいからこそ言いにくいんだ」
「……そんなことが。えっ……」
突然手を取られたから驚いてしまった。鎖がぶつかって高い音が響く。それよりも強い視線が向けられていて、それだけでいっぱいになってしまった。
「もしかしたら俺のことを調べるうちに、本当のリツのこと好きになったのかもしれないね? でもこれは……目的はまだ俺なんだと思う。ごめんね、巻き込んで。ねぇリツ……今、言ってもいいかな」
何を、という言葉は口にならなかった。顎を持ち上げられて、口を塞がれてたから。ぴちゃりと水温が僅かに鳴った。口内からは熱い息がまだ漏れている。
「……好き、リツが好きだよ。初めてなんだ。こんなに毎日辛くて苦しいのに、それと同じぐらいリツといれるのが嬉しくて幸せで……側にいる、俺たちは家族なんだなぁって思うと穏やかな気分になれる。あの子達と別れられたのもリツがいたから。……リツにしてもらったことばかりだね。俺はちゃんと返せているかな」
さっき灯った火が炎に変わっていた。薄い服のはずなのに熱い。零れた涙で目が染みた。
「……俺からしたことなんて、なにも、ないだろ」
ぶっきらぼうに、子供みたいなことを言っていた。取り繕おうと思っても、上手く言葉が出てこない。
「沢山あるよ。俺ずっと兄弟欲しかったし、初めてリツと会った時に、この子で良かったって思った。……あの夜から随分変わったっていうか、打ち解けられたよね」
俺がナオを変えた一夜。俺が黒い色で染めたんだ。
――父さんに好きな人がいるって聞いたときは、良い年して何やってるんだって思った。俺は別に半一人暮らしのような生活、コンビニ弁当の夜食でも満足していたのに。
とりあえずって会食に無理矢理連れ出されて、確かに父さんが好きそうな綺麗で優しそうな女の人と、モデルでもやってそうな男がいた。シンプルだけど高そうな服はいかにもモテてます、上手く遊んでますって感じで、こいつに恥ずかしい不幸でも起こんねえかなって心の中で呪っていた。
父さんは楽しそうに話しているが、俺は初対面の人となんかと話せないし、話す気もない。黙々と慣れないナイフを動かしていたら、視線を感じた。その柔らかな微笑みを、これまで何人の女に与えてきたのだろう。
「律くんだよね。確か高校生で……」
肉の繊維が上手く切れない。
「何か部活とかはやってる? 俺は時々サークルの手伝いとかで……」
今の美味しかったな。何ていう料理だったんだろう。
そんな調子を続けていたら父さんに注意されたけど、相手が気分を害した様子はなかった。演技なのか知らないけど、こういう大らかなところに惚れたのかもしれない。
上手く、話せなかった。ふとトイレの個室で思った。あの人は普段から上手く色んな人と話しているんだろう。羨ましいような、違うような。ちょっとだけ申し訳ないような、でも勝手に振り回されているだけだからって、反抗もしておきたかった。
あまり詳しい事情は聞かなかったけど、あちらも大学生だしそこまで生活も変わらないだろうと、OKを出していた。深くなんて考えてなかったのに父さんの顔は今迄見た中で一番嬉しそうで、少し罪悪感があった。
クラスの女子なんかは直也さんのことを見たら、キャーキャー騒ぐんだろうなと思うと、誰にもこのことは言わなかった。言う相手も特にいないけど。
このときは面倒くさいことを避けたいからだと思ってた。別に誰かに取られたくないとか、そういうものじゃないって。
自分の気持ちがおかしい事に気づいたのは、カラオケ帰りだった。一人で個室になれるところを探して、そろそろ帰ろうといつもより遅くなった日のこと。
なんか見覚えのある帽子だった。つばの広い変な奴。男一人に対して女が四人もいた。ハーレムかと見ていると、こちらの方角に振り向いた。それは直也さんで、ああやっぱりかと思った。これからホテルにでも行くのだろうか。大抵遅く帰ってくるけど、いつもこんなことをしているのか。安っぽそうな女も、それを連れて歩いているこいつにも苛ついた。そんな体で家に帰ってくるなとも思った。どこかで顔面でも殴られちまえ……。
「律くん、お菓子貰ったんだ。良かったら食べて」
一体どこの誰から貰ったんだ。振り向いてないけど、困ったような笑みを浮かべたのが分かった。
「机の上に置いておくね。好きなだけ取っていいよ」
あっちが自室に戻った時に、ようやく息を吸えた気がした。
気を使ってもらうのが、優しくしてもらうのが嫌だった。自分がダメな奴だって強調される。そんなんだからダメだって分かっているけど、分かっていたってどうにもならない。
「嫌い……嫌い……っていうか、どうでもいい」
ベッドの上で呟いてみた。頭の中は毎日、同じ顔しか浮かんでいなかった。髪をわっと掻きむしってみても、唐突に素振りなんかをしてみても、それは消えなかった。
「クソ……」
好き、なのか? 嫌いなのか、誰か教えてほしかった。
「……っ」
ナオの母親、今では俺の母親でもあるけど……父さんと距離を縮めたのは、こういう事情があったからというのも大きいだろう。それは現在、幸でも不幸でもある。
「学校も変えるべきだったかなぁ。半年以上……経ってたからもう大丈夫だと思ってたんだけど。結果的にリツまで危険に晒しちゃったね」
「警察には……言ってたんだよな?」
「おかしいなって思ってたんだけど、警察が動くまでの証拠がなかったんだよね。変な手紙とかは届いてたけど脅しって感じではなかったし。子供のイタズラを笑えなくしたような、どちらかというと狂気的なものが多かったよ。ただ人形が置かれてるだけとかね、被害が小さいからこそ言いにくいんだ」
「……そんなことが。えっ……」
突然手を取られたから驚いてしまった。鎖がぶつかって高い音が響く。それよりも強い視線が向けられていて、それだけでいっぱいになってしまった。
「もしかしたら俺のことを調べるうちに、本当のリツのこと好きになったのかもしれないね? でもこれは……目的はまだ俺なんだと思う。ごめんね、巻き込んで。ねぇリツ……今、言ってもいいかな」
何を、という言葉は口にならなかった。顎を持ち上げられて、口を塞がれてたから。ぴちゃりと水温が僅かに鳴った。口内からは熱い息がまだ漏れている。
「……好き、リツが好きだよ。初めてなんだ。こんなに毎日辛くて苦しいのに、それと同じぐらいリツといれるのが嬉しくて幸せで……側にいる、俺たちは家族なんだなぁって思うと穏やかな気分になれる。あの子達と別れられたのもリツがいたから。……リツにしてもらったことばかりだね。俺はちゃんと返せているかな」
さっき灯った火が炎に変わっていた。薄い服のはずなのに熱い。零れた涙で目が染みた。
「……俺からしたことなんて、なにも、ないだろ」
ぶっきらぼうに、子供みたいなことを言っていた。取り繕おうと思っても、上手く言葉が出てこない。
「沢山あるよ。俺ずっと兄弟欲しかったし、初めてリツと会った時に、この子で良かったって思った。……あの夜から随分変わったっていうか、打ち解けられたよね」
俺がナオを変えた一夜。俺が黒い色で染めたんだ。
――父さんに好きな人がいるって聞いたときは、良い年して何やってるんだって思った。俺は別に半一人暮らしのような生活、コンビニ弁当の夜食でも満足していたのに。
とりあえずって会食に無理矢理連れ出されて、確かに父さんが好きそうな綺麗で優しそうな女の人と、モデルでもやってそうな男がいた。シンプルだけど高そうな服はいかにもモテてます、上手く遊んでますって感じで、こいつに恥ずかしい不幸でも起こんねえかなって心の中で呪っていた。
父さんは楽しそうに話しているが、俺は初対面の人となんかと話せないし、話す気もない。黙々と慣れないナイフを動かしていたら、視線を感じた。その柔らかな微笑みを、これまで何人の女に与えてきたのだろう。
「律くんだよね。確か高校生で……」
肉の繊維が上手く切れない。
「何か部活とかはやってる? 俺は時々サークルの手伝いとかで……」
今の美味しかったな。何ていう料理だったんだろう。
そんな調子を続けていたら父さんに注意されたけど、相手が気分を害した様子はなかった。演技なのか知らないけど、こういう大らかなところに惚れたのかもしれない。
上手く、話せなかった。ふとトイレの個室で思った。あの人は普段から上手く色んな人と話しているんだろう。羨ましいような、違うような。ちょっとだけ申し訳ないような、でも勝手に振り回されているだけだからって、反抗もしておきたかった。
あまり詳しい事情は聞かなかったけど、あちらも大学生だしそこまで生活も変わらないだろうと、OKを出していた。深くなんて考えてなかったのに父さんの顔は今迄見た中で一番嬉しそうで、少し罪悪感があった。
クラスの女子なんかは直也さんのことを見たら、キャーキャー騒ぐんだろうなと思うと、誰にもこのことは言わなかった。言う相手も特にいないけど。
このときは面倒くさいことを避けたいからだと思ってた。別に誰かに取られたくないとか、そういうものじゃないって。
自分の気持ちがおかしい事に気づいたのは、カラオケ帰りだった。一人で個室になれるところを探して、そろそろ帰ろうといつもより遅くなった日のこと。
なんか見覚えのある帽子だった。つばの広い変な奴。男一人に対して女が四人もいた。ハーレムかと見ていると、こちらの方角に振り向いた。それは直也さんで、ああやっぱりかと思った。これからホテルにでも行くのだろうか。大抵遅く帰ってくるけど、いつもこんなことをしているのか。安っぽそうな女も、それを連れて歩いているこいつにも苛ついた。そんな体で家に帰ってくるなとも思った。どこかで顔面でも殴られちまえ……。
「律くん、お菓子貰ったんだ。良かったら食べて」
一体どこの誰から貰ったんだ。振り向いてないけど、困ったような笑みを浮かべたのが分かった。
「机の上に置いておくね。好きなだけ取っていいよ」
あっちが自室に戻った時に、ようやく息を吸えた気がした。
気を使ってもらうのが、優しくしてもらうのが嫌だった。自分がダメな奴だって強調される。そんなんだからダメだって分かっているけど、分かっていたってどうにもならない。
「嫌い……嫌い……っていうか、どうでもいい」
ベッドの上で呟いてみた。頭の中は毎日、同じ顔しか浮かんでいなかった。髪をわっと掻きむしってみても、唐突に素振りなんかをしてみても、それは消えなかった。
「クソ……」
好き、なのか? 嫌いなのか、誰か教えてほしかった。
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