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2話 花の咲く家
10.ギルマスが連れてきた客
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***
ギルドマスター、オーガストに事の顛末を話した所、神魔物の件はお咎め無しという事になった。やむを得ない処置だった、との事。ただし、その神魔物に対し勝手に突っ込んで行った事実に関しては滅茶苦茶怒られたが。
「ははは!それにしても、最近は神魔物の出没情報が多い!見つけたら無闇に仕掛けず、ギルドへ報告するようにッ!」
「はあ……」
その言葉を締めに、オーガストは高笑いしながら己の巣へと帰って行った。賑やかで良いが、酷くげんなりした気分にさせられる。元気を吸い取られているのかもしれない。
「メイヴィス殿」
ギルドマスターの言葉を黙って聞いていたヒルデガルトが涼やかに声を掛けて来たので、そちらを振り返った。クエストが一応終了したという安堵からか、彼女は穏やかな笑みを浮かべている。
「今日は有り難うございました。もし良ければ、また今度も私を誘って下さい。その、メヴィ、殿」
「あ、はい。えーと、こちらこそ」
――何だろうこの破壊力。
照れたように目を細めたヒルデガルト。安定感のある女性騎士だと言うのに、どことなく不安定感のある立ち振る舞いに脳が混乱しているのが分かる。ざわざわと浮き足立つ心を抑え、差し出された手をそっと握り返した。
ヒルデガルトの大変女性らしい振る舞いにどぎまぎしていると、不意に呑気なアロイスの声がすっと割り込んで来た。それはそれで穏やかな声だったが、タイミングが悪過ぎる。
「言うまでも無いが、勿論俺も誘ってくれ」
「ひえっ、あ、りょ、了解」
ふっと、それは偶然だったのかもしれない。
アロイスと目が合った事で驚いて視線を泳がせた視界の端。少し離れた所に立っていたヘルフリートと一瞬だけ目が合った。
それはいい。それはいいが、にこやかな笑みが特徴的なその騎士はしかし、確かに目が合ったその瞬間までは想像もしえない無表情でこちらをぼんやりと眺めていた気がする。
茫然と事の顛末を脳内で整理していると、いつものイメージ通り、爽やかな笑みを浮かべたヘルフリートが口を開いた。
「じゃあ、俺は帰るよ。お疲れ、メヴィ。アロイス殿達も、また俺を誘って下さいね!」
「ええ。では、私も。また今度お願いしますね」
そそくさとヘルフリートがその場を後にし、ヒルデガルトもまたその流れに従う。ただし、何故かアロイスだけはその場に残っていた。何か用事でもあるのだろうか。
「オーガスト殿がまた来たな。何か用事だろうか」
「え?」
言われて彼の視線をたどってみると、成る程確かに見間違えようもないタイガーマスクが目的地の定まっている機敏な動きでこちらへ近付いて来ている。唯一露出している赤い双眸はしっかりと自分達を捉えていたのだから、何か伝え忘れでもあったのかもしれない。
しかし、その大きな体格が凄まじい速度で近付いて来るにつれ、彼から少し離れた所を突いてきている知らない人物にも気付いた。
「やぁ!やぁやぁやぁッ!!何度もすまないな、メヴィ!」
――やっべ、私の方に用事か……。
第六感が本能的に面倒臭い事が起きると知覚している。引き連れていた人物を大きく引き離したオーガストは元気一杯にこう続けた。
「ハーッハッハッハ!聞け、君に客だぞッ!錬金術関係のなッ!!」
「わ、私にですか?」
「そうだともッ!気高く、高貴な御方であらせられる!無礼な発言には注意したまえッ!!」
誰に対しても不遜な態度を崩さないオーガストから紡がれた言葉により、緊張感が高まって来た。
ちら、と彼の連れに目を移すと、人の合間を縫い、ようやくオーガストの隣に並んだ。すらりと高い身長、モデルのように均衡の取れた四肢。そして何より――
連れである男を見上げて、一瞬だけ息が止まった。
それはいっそ、暴力的な美貌。中性的ではあるものの、整ったその面立ちはどこか男性に寄っている。軽くウェイブの掛かった黒髪に、ルビーのように赤い双眸。すれ違った相手が、男女問わず振り返るような、そんな浮世離れした顔、と言えば分かるだろうか。
纏う雰囲気は完全に人間のそれから逸している。若々しい面影であるのに、老獪な態度は頭が混乱してくる。
「オーガスト、彼女も錬金術師か」
男が重々しくそう訊ねた。外見は中性的だったが、声音は男性の低いそれである。
訊ねられたオーガストが大仰に頷いた。
「ええ、勿論!我がギルドが誇る、最高の錬金術師です!」
「そうか」
思わぬ所から出た高評価に変な声が漏れる。とはいっても、うちのギルドで錬金術師を名乗っているのは自分ただ一人だけだが。
美しい男は一つ、二つ頷くと品定めするかのようにメイヴィスを上から下までチラと一瞥した。
「そうだな。才能に歳は関係無い。初めまして、メイヴィス・イルドレシア」
今日は何だかやけに握手を求められる日だな。現実逃避をしつつ、差し出された白いハンドモデルのような手を凝視する。こんな綺麗な手を、自分が握っていいというのか。とても罰当たりな事をしている気分になってくる。
胸の辺りで一応は伸ばしかけた手を右往左往させていると、半強制的に握手をさせられた。伝わって来る男の冷たい体温に喉の奥で悲鳴が漏れる。
ギルドマスター、オーガストに事の顛末を話した所、神魔物の件はお咎め無しという事になった。やむを得ない処置だった、との事。ただし、その神魔物に対し勝手に突っ込んで行った事実に関しては滅茶苦茶怒られたが。
「ははは!それにしても、最近は神魔物の出没情報が多い!見つけたら無闇に仕掛けず、ギルドへ報告するようにッ!」
「はあ……」
その言葉を締めに、オーガストは高笑いしながら己の巣へと帰って行った。賑やかで良いが、酷くげんなりした気分にさせられる。元気を吸い取られているのかもしれない。
「メイヴィス殿」
ギルドマスターの言葉を黙って聞いていたヒルデガルトが涼やかに声を掛けて来たので、そちらを振り返った。クエストが一応終了したという安堵からか、彼女は穏やかな笑みを浮かべている。
「今日は有り難うございました。もし良ければ、また今度も私を誘って下さい。その、メヴィ、殿」
「あ、はい。えーと、こちらこそ」
――何だろうこの破壊力。
照れたように目を細めたヒルデガルト。安定感のある女性騎士だと言うのに、どことなく不安定感のある立ち振る舞いに脳が混乱しているのが分かる。ざわざわと浮き足立つ心を抑え、差し出された手をそっと握り返した。
ヒルデガルトの大変女性らしい振る舞いにどぎまぎしていると、不意に呑気なアロイスの声がすっと割り込んで来た。それはそれで穏やかな声だったが、タイミングが悪過ぎる。
「言うまでも無いが、勿論俺も誘ってくれ」
「ひえっ、あ、りょ、了解」
ふっと、それは偶然だったのかもしれない。
アロイスと目が合った事で驚いて視線を泳がせた視界の端。少し離れた所に立っていたヘルフリートと一瞬だけ目が合った。
それはいい。それはいいが、にこやかな笑みが特徴的なその騎士はしかし、確かに目が合ったその瞬間までは想像もしえない無表情でこちらをぼんやりと眺めていた気がする。
茫然と事の顛末を脳内で整理していると、いつものイメージ通り、爽やかな笑みを浮かべたヘルフリートが口を開いた。
「じゃあ、俺は帰るよ。お疲れ、メヴィ。アロイス殿達も、また俺を誘って下さいね!」
「ええ。では、私も。また今度お願いしますね」
そそくさとヘルフリートがその場を後にし、ヒルデガルトもまたその流れに従う。ただし、何故かアロイスだけはその場に残っていた。何か用事でもあるのだろうか。
「オーガスト殿がまた来たな。何か用事だろうか」
「え?」
言われて彼の視線をたどってみると、成る程確かに見間違えようもないタイガーマスクが目的地の定まっている機敏な動きでこちらへ近付いて来ている。唯一露出している赤い双眸はしっかりと自分達を捉えていたのだから、何か伝え忘れでもあったのかもしれない。
しかし、その大きな体格が凄まじい速度で近付いて来るにつれ、彼から少し離れた所を突いてきている知らない人物にも気付いた。
「やぁ!やぁやぁやぁッ!!何度もすまないな、メヴィ!」
――やっべ、私の方に用事か……。
第六感が本能的に面倒臭い事が起きると知覚している。引き連れていた人物を大きく引き離したオーガストは元気一杯にこう続けた。
「ハーッハッハッハ!聞け、君に客だぞッ!錬金術関係のなッ!!」
「わ、私にですか?」
「そうだともッ!気高く、高貴な御方であらせられる!無礼な発言には注意したまえッ!!」
誰に対しても不遜な態度を崩さないオーガストから紡がれた言葉により、緊張感が高まって来た。
ちら、と彼の連れに目を移すと、人の合間を縫い、ようやくオーガストの隣に並んだ。すらりと高い身長、モデルのように均衡の取れた四肢。そして何より――
連れである男を見上げて、一瞬だけ息が止まった。
それはいっそ、暴力的な美貌。中性的ではあるものの、整ったその面立ちはどこか男性に寄っている。軽くウェイブの掛かった黒髪に、ルビーのように赤い双眸。すれ違った相手が、男女問わず振り返るような、そんな浮世離れした顔、と言えば分かるだろうか。
纏う雰囲気は完全に人間のそれから逸している。若々しい面影であるのに、老獪な態度は頭が混乱してくる。
「オーガスト、彼女も錬金術師か」
男が重々しくそう訊ねた。外見は中性的だったが、声音は男性の低いそれである。
訊ねられたオーガストが大仰に頷いた。
「ええ、勿論!我がギルドが誇る、最高の錬金術師です!」
「そうか」
思わぬ所から出た高評価に変な声が漏れる。とはいっても、うちのギルドで錬金術師を名乗っているのは自分ただ一人だけだが。
美しい男は一つ、二つ頷くと品定めするかのようにメイヴィスを上から下までチラと一瞥した。
「そうだな。才能に歳は関係無い。初めまして、メイヴィス・イルドレシア」
今日は何だかやけに握手を求められる日だな。現実逃避をしつつ、差し出された白いハンドモデルのような手を凝視する。こんな綺麗な手を、自分が握っていいというのか。とても罰当たりな事をしている気分になってくる。
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