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2話 花の咲く家
11.贈り物のローブ
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「は、初めまして」
何とか受け答え、大きく深呼吸する。そうしている間にも、男は言葉を続けていた。
「私は――そうだな、今は、ジャッ……なんだ?」
名乗りかけた男を制したのは他でもないオーガストその人だった。タイガーマスクの奥にある赤い目は閉じられ、緩く首を横に振っている。
「メヴィは普通の子ですので!」
「……お前の知り合いだと聞いていたのだが」
「知り合いですともッ!大事なギルドのメンバーですからな!仕事を常に探しているので、貴方様に紹介しましたが、それ以外はお控え下さいッ!」
「まあいい。私の事は気にするな、メイヴィス。世の中には知らないで良い事と、知っていた方が良い事と、そして知らない方が良い事がある」
どういう事か、首を傾げているといつの間にかすぐ隣に立っていたアロイスまでもが、オーガストの意見に同意した。
「メヴィ、聞かないでおいた方が良い。場合によっては錬金術がどうだと言っていられないトラブルに巻き込まれる可能性が発生する」
「えあっ!?そ、そんな大事なんですか……え、名前一つで……?」
聞かないでおいた方が良さそうだ。
「依頼の話に戻ろう。まず、前金を用意した。研究費になり何なり使ってくれ。勿論、私の臨む品を納める事が出来れば後金を用意する。そうだな、これの倍を」
そう言って依頼人の男は無造作にどこからか取り出したトランクを目の前に置いた。まるで物語の中での出来事のようで目を白黒させる。
屈んだオーガストが、中身がこぼれ落ちないようにトランクを開く。
――詰まっているのは言うまでも無く札束、札束、札束。これだけの金があればクエストなぞこなさなくても数十年は生きられそうだ。
驚くべき事に、これは前金。
この人、こんなに散財して大丈夫か。自分の給料の3年分くらいはありそうだが。
夢のトランクを凝視していると、囁くように依頼人は続ける。金の話ではなく、依頼の話をだ。それだけでこの大量の札束に対して男が大した感慨も抱いていない事が分かってしまう。
「依頼する品は、女性用のローブだ。これに、物を何でも出し入れ出来る機能を付け足して欲しい。そうだな、色は黒で。何度も言うようだが、私ではなく女性が使う物だ」
頭が冷静に男の発言を一つ一つ解きほぐしていく。
女性用である事を2度も発言する程だ。贈り物であり、その女性は彼にとって重要な人物なのだろう。色を指定されたから、女性か或いは依頼人が好きな色なのかもしれない。
そして何よりも問題なのが、『物を何でも出し入れ出来る機能』。誰もが夢視る便利グッズであるが、それはまだ実現していない技術だ。
結論、この男がどこまで錬金術に精通しているのかは分からないが、遠回しに新しい発明をする事を求められている。
しかし、本当にそれを自分が請け負っていいのだろうか。誰も成し得ていない事を、小娘に大金を払ってまでお願いする。それは少々異常な行動に思えた。
「考え込んでいる所悪いが、私は同じ依頼を他数名の錬金術師にも依頼している。オーガストに腕の良い錬金術師がいると聞いたからここまで足を運んだが、君個人には特に期待も何もしていない。ただ、その才能は本物らしいのでね、これは才能への投資だと思ってくれて構わない」
「……!?」
「自分で言うのも何だが、私はそれなりに顔が広い。上手くいけば客を獲得する可能性が、失敗しても前金を研究費として使える。断る理由など無いさ。上手く私を利用するといい。そうだろう?」
最後の問いはオーガストへのものだったらしい、ゴツイ大男はその体躯に似合わず視線を宙に泳がせている。成る程、彼を利用したのはギルドマスターも一緒。そんな小狡い事をしてまで、仕事を割り振ってくれたのか。
それに気付いてしまえば、怖じ気付いたなどという理由で目の前の大金を突っぱねる訳にはいかなかった。
「う、受けます。受けさせてください!」
「ああ、そうこなくては。期日は半年後だ。それまでにオーガストに出来上がった品を納品してくれればそれでいい。私の要望に沿っていれば、後日後金を渡そう」
「あ、はい」
「それでは、よろしく。オーガスト、裏口まで案内しろ」
来た時同様、オーガストの後ろに立った依頼人はその背中に着いていく。緊張感が解れたせいか、深い溜息が勝手に漏れた。
「良かったな、メヴィ。大口の仕事だ」
「えっ、あ、はい!でも……所詮は、その、知り合いのお零れみたいなものですし……」
「お前が依頼をやりきれば、そのままお前の信用へと繋がるだろう。ただ、気負いすぎず挑戦する事だ。成功しようが失敗しようが、この経験はきっとお前の糧になる」
「えへへ、頑張ります……!」
アロイスの言葉に頷く。何と言うか、人をやる気にさせるのが上手。
ともあれ、明日から忙しくなる。ローブと言うからには布が必要だし、収納系の術式も術式師と相談して作らなければならない。女性用だと言っていたし、もし他所の錬金術師と機能がガッツリ被ったとしてもローブの見た目で選んで貰える可能性がある。
となれば、やはり明日は魔物討伐系のクエストへ赴くべきか。丈夫、且つエレガントなローブ。そういうものを目指そう。
何とか受け答え、大きく深呼吸する。そうしている間にも、男は言葉を続けていた。
「私は――そうだな、今は、ジャッ……なんだ?」
名乗りかけた男を制したのは他でもないオーガストその人だった。タイガーマスクの奥にある赤い目は閉じられ、緩く首を横に振っている。
「メヴィは普通の子ですので!」
「……お前の知り合いだと聞いていたのだが」
「知り合いですともッ!大事なギルドのメンバーですからな!仕事を常に探しているので、貴方様に紹介しましたが、それ以外はお控え下さいッ!」
「まあいい。私の事は気にするな、メイヴィス。世の中には知らないで良い事と、知っていた方が良い事と、そして知らない方が良い事がある」
どういう事か、首を傾げているといつの間にかすぐ隣に立っていたアロイスまでもが、オーガストの意見に同意した。
「メヴィ、聞かないでおいた方が良い。場合によっては錬金術がどうだと言っていられないトラブルに巻き込まれる可能性が発生する」
「えあっ!?そ、そんな大事なんですか……え、名前一つで……?」
聞かないでおいた方が良さそうだ。
「依頼の話に戻ろう。まず、前金を用意した。研究費になり何なり使ってくれ。勿論、私の臨む品を納める事が出来れば後金を用意する。そうだな、これの倍を」
そう言って依頼人の男は無造作にどこからか取り出したトランクを目の前に置いた。まるで物語の中での出来事のようで目を白黒させる。
屈んだオーガストが、中身がこぼれ落ちないようにトランクを開く。
――詰まっているのは言うまでも無く札束、札束、札束。これだけの金があればクエストなぞこなさなくても数十年は生きられそうだ。
驚くべき事に、これは前金。
この人、こんなに散財して大丈夫か。自分の給料の3年分くらいはありそうだが。
夢のトランクを凝視していると、囁くように依頼人は続ける。金の話ではなく、依頼の話をだ。それだけでこの大量の札束に対して男が大した感慨も抱いていない事が分かってしまう。
「依頼する品は、女性用のローブだ。これに、物を何でも出し入れ出来る機能を付け足して欲しい。そうだな、色は黒で。何度も言うようだが、私ではなく女性が使う物だ」
頭が冷静に男の発言を一つ一つ解きほぐしていく。
女性用である事を2度も発言する程だ。贈り物であり、その女性は彼にとって重要な人物なのだろう。色を指定されたから、女性か或いは依頼人が好きな色なのかもしれない。
そして何よりも問題なのが、『物を何でも出し入れ出来る機能』。誰もが夢視る便利グッズであるが、それはまだ実現していない技術だ。
結論、この男がどこまで錬金術に精通しているのかは分からないが、遠回しに新しい発明をする事を求められている。
しかし、本当にそれを自分が請け負っていいのだろうか。誰も成し得ていない事を、小娘に大金を払ってまでお願いする。それは少々異常な行動に思えた。
「考え込んでいる所悪いが、私は同じ依頼を他数名の錬金術師にも依頼している。オーガストに腕の良い錬金術師がいると聞いたからここまで足を運んだが、君個人には特に期待も何もしていない。ただ、その才能は本物らしいのでね、これは才能への投資だと思ってくれて構わない」
「……!?」
「自分で言うのも何だが、私はそれなりに顔が広い。上手くいけば客を獲得する可能性が、失敗しても前金を研究費として使える。断る理由など無いさ。上手く私を利用するといい。そうだろう?」
最後の問いはオーガストへのものだったらしい、ゴツイ大男はその体躯に似合わず視線を宙に泳がせている。成る程、彼を利用したのはギルドマスターも一緒。そんな小狡い事をしてまで、仕事を割り振ってくれたのか。
それに気付いてしまえば、怖じ気付いたなどという理由で目の前の大金を突っぱねる訳にはいかなかった。
「う、受けます。受けさせてください!」
「ああ、そうこなくては。期日は半年後だ。それまでにオーガストに出来上がった品を納品してくれればそれでいい。私の要望に沿っていれば、後日後金を渡そう」
「あ、はい」
「それでは、よろしく。オーガスト、裏口まで案内しろ」
来た時同様、オーガストの後ろに立った依頼人はその背中に着いていく。緊張感が解れたせいか、深い溜息が勝手に漏れた。
「良かったな、メヴィ。大口の仕事だ」
「えっ、あ、はい!でも……所詮は、その、知り合いのお零れみたいなものですし……」
「お前が依頼をやりきれば、そのままお前の信用へと繋がるだろう。ただ、気負いすぎず挑戦する事だ。成功しようが失敗しようが、この経験はきっとお前の糧になる」
「えへへ、頑張ります……!」
アロイスの言葉に頷く。何と言うか、人をやる気にさせるのが上手。
ともあれ、明日から忙しくなる。ローブと言うからには布が必要だし、収納系の術式も術式師と相談して作らなければならない。女性用だと言っていたし、もし他所の錬金術師と機能がガッツリ被ったとしてもローブの見た目で選んで貰える可能性がある。
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