アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

文字の大きさ
30 / 139
3話 鍛冶師と錬金術師とミスリル

07.地下の工房

しおりを挟む
 ***

 ギルドへ帰り着いたのは日も暮れた19時頃だった。ギルドマスターに経過の報告をし、終了証明書を発行してようやく自由の身になる。
 しかし、メイヴィスの仕事はむしろこれからだった。
 というのも、先程ギルドの受付嬢から早速革屋の彼が加工してくれた魔物の革が届いた。曰く、「別にお前の為じゃないけど、丁度手が空いてたから一つだけやってやったぞ。まあ、怪我しない程度に頑張ればいいんじゃない?」、との事らしい。

「メヴィ、今から作業を始めるのか?」
「え、あ、はい。その……私にとって錬金術は、趣味のあの、延長線みたいなものなので……。折角革も作って貰ったし」
「そうか。しかし場所はあるのか?」
「地下が工房になっているんです。鍛冶場もそこにありますよ」
「錬金術か……。興味があるな。俺も見学していて構わないだろうか?」
「えっ!? い、いや、別に面白いものじゃないんですけど……」
「ああ、構わないさ」

 緊張するので止めて欲しかったが、しかしアロイスが来るという事でじっとりと重い地下の空気が払拭される事は間違い無い。そもそも、断れる自信もなかったメイヴィスは、曖昧に微笑んだ。

 場所をギルドの地下へと移す。アロイスはというと、地下に来た事が無かったのかしきりに感心していた。

「ここへは来た事が無いな。それにしても、広いギルドだ。オーガスト殿はいったい、この施設を幾ら掛けて造ったのだろうか」
「あ、それ、ギルド七不思議の一つです」
「誰も資金の出所を知らないのか? それは凄いな。本当に何者なのだろうか」

 オーガストその人に関しては、実は人外説だの、親が大富豪説だの色々な憶測が飛び交っている。しかし、この間彼が連れて来た美形お兄さんと良い、自分としては前者を推したい。実は人じゃない説。

 暑い空気を排出する鍛冶場を通り過ぎ、隣の部屋へ入る。部屋の中心には大きな錬金釜が置かれ、周囲にはメイヴィスが用意した自前の椅子と机、そして木製の大きな棚が置いてあった。何れも、ゴチャゴチャと散らかっている。
 アロイスに椅子を用意する為、椅子の上に乗っていた大きな本を机の上へと移動させた。後で無くしたと思って探す事になりそうだ。

「あ、アロイスさん。ここ、座っててください」
「ああ、気を遣う必要は無い」

 要らないようだ。
 後ろをチラチラと確認しながらも、素材液の量を確認する。あまり減っていないので、このまま使えるだろう。

 ――あ、その前に、作って貰った術式を取り出さないと。
 ただ革を素材液にブチ込んだだけではどうにもならない。目指すは術式と布の完全融合であり、常に魔法が発動している状態のローブだ。何が言いたいかというと、術式の設計図が無いと何も始まらない。

 慌てて机を漁る。乗っている紙束を脇に退け、何に使おうとしていたのか分からないアイテムを棚に放り入れる。
 そんなメイヴィスの様子を見かねたのか、アロイスが遠慮がちに声を掛けてきた。

「どうした? 何を探している?」
「いえ、術式を書いた紙……どこに行ったのかと思って……」
「大きさは? どのくらいだ?」
「えーっと、あー、依頼書くらいの大きさの紙で……えーっと、確か、千切ったノートに書いて貰ったんです……」
「そんなものでいいのか? 間違って捨てたりは……」
「無い、と思います。たぶん……」

 アロイスが反対側の棚を調べ始めた。変な物は入れていなかったと思うが、別の緊張感を覚える。

「メヴィ、これは違うのか? 何だかたくさんあるが……」
「あっ! それです、それ! ありがとうございます!」

 どこから抜き取ったのか、アロイスは紙束を持っていた。輪ゴムでしっかりと留められているが、あれは間違い無く自分が無くさないように術式をまとめた紙束だ。
 どうやら前回、何かを使用した時に棚に投げ入れてしまったらしい。急いでいたのだろう、きっと。

 引き攣った笑みを浮かべ、メイヴィスはその紙束を受け取る。術式の斜め上には効能の走り書きがしてあるので、それを見ながら一つを抜き取った。
 アイディアはあったが、材料と暇が無かった為にお蔵入りしていた魔法道具を作る為の術式。まさか、意外な所で日を浴びる事になるとは。人生何があるか分からないものである。

「これだ!」
「それをどうするんだ?」
「まずは複写します。流石に術式の構造なんていちいち覚えていられないので、何十枚か刷っておいた方が良いでしょうね」

 部屋の右隅にある四角い木製の機械。その上蓋を持ち上げる。透明なガラスが貼られたそれの下には、大きめの魔石が輝いていた。そこに術式の紙を滑り込ませ、上蓋を下ろす。
 続いて、下の引き出しを開けた。
 ――紙が入っていない。

「紙、紙、っと……」

 用紙入れの中にも使える紙は無かった。仕方ないので棚の一番下にある、ポリカブの根を取り出す。これを錬金して紙に替えよう。
 束ごと釜の中へ入れた。立て掛けてあったヘラを取って来る。

「何をするんだ?」
「いや、紙の原材料しか無いので、紙を錬金しようかと……しかし、ポリカブの根なんてどこで採集して来たんでしょうね」
「それは、俺に聞かれてもな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

物語は始まりませんでした

王水
ファンタジー
カタカナ名を覚えるのが苦手な女性が異世界転生したら……

縫剣のセネカ

藤花スイ
ファンタジー
「ぬいけんのせねか」と読みます。 -- コルドバ村のセネカは英雄に憧れるお転婆娘だ。 幼馴染のルキウスと共に穏やかな日々を過ごしていた。 ある日、セネカとルキウスの両親は村を守るために戦いに向かった。 訳も分からず見送ったその後、二人は孤児となった。 その経験から、大切なものを守るためには強さが必要だとセネカは思い知った。 二人は力をつけて英雄になるのだと誓った。 しかし、セネカが十歳の時に授かったのは【縫う】という非戦闘系のスキルだった。 一方、ルキウスは破格のスキル【神聖魔法】を得て、王都の教会へと旅立ってゆく。 二人の道は分かれてしまった。 残されたセネカは、ルキウスとの約束を胸に問い続ける。 どうやって戦っていくのか。希望はどこにあるのか⋯⋯。 セネカは剣士で、膨大な魔力を持っている。 でも【縫う】と剣をどう合わせたら良いのか分からなかった。 答えは簡単に出ないけれど、セネカは諦めなかった。 創意を続ければいつしか全ての力が繋がる時が来ると信じていた。 セネカは誰よりも早く冒険者の道を駆け上がる。 天才剣士のルキウスに置いていかれないようにとひた向きに力を磨いていく。 遠い地でルキウスもまた自分の道を歩み始めた。 セネカとの大切な約束を守るために。 そして二人は巻き込まれていく。 あの日、月が瞬いた理由を知ることもなく⋯⋯。 これは、一人の少女が針と糸を使って世界と繋がる物語 (旧題:スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜)

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

処理中です...