31 / 139
3話 鍛冶師と錬金術師とミスリル
08.錬金術
しおりを挟む
底の見えない群青色の液体の中に、植物の根が沈んでいく。更に戸棚から緑色の液体を取り出した。素材液に命令を与える為の液体なのだが、この指示液を作るのには3日、釜で煮込み続けねばならずなかなかに手間の掛かる一品だ。なお、この指示液、術師毎に異なる製法を以て作るものなので人前での作成は禁じられている。
メイヴィスはその製法を師匠から学んだ。当然、自分が弟子を抱える日まで他言は無用である。
そんな貴重品を惜しげ無く全て投入。ヘラが絡みつく液体達のせいでかなり重たくなったので、全身を使ってゆっくりと混ぜ込んでいく。
「俺には何が何だか分からないが、手伝おうか?」
「い、いえ……。大丈夫、です。ちょっと色々詰め込みすぎただけで」
「毎回こんなに大変そうに作るのか?」
「目分量に失敗して、量が増えただけですから……」
混ぜていた液体から伝わる感触が変わる。慌てて大きな網を持って来て、それらを掬い上げた。若干湿ってはいるものの、少し茶色っぽい紙が完成している。
「ほう。そんなに短時間で紙を作れるのであれば、人の手で一から作るより錬金術に頼った方が早いかもしれないな」
「そうですけれど……材料費が馬鹿にならないのと、所詮、ちゃんとした材料から作った紙じゃないですからね。強度はその手のプロが作った方が上だと思います。こんなざら紙で重要な書類は作れないでしょうし……」
「メリットデメリット、世の中はそんなものだな」
「はあ……」
紙を用意したメイヴィスは部屋の右隅にある例の機械に紙束をねじ込んだ。魔力回路をオンにし、少し待つと機械から先程作った紙が吐き出される。焦げたような痕と共にしっかりと大本の術式が紙へと転写されていた。
「出来ました!」
「確かに。紙に写されているな。便利な事だ」
「魔法は人の生活を豊かにする為にありますから!」
途切れることなく綺麗に写されている紙を1枚だけ取って、残りは戸棚の中に仕舞う。オリジナルの1枚目もちゃんと回収した。
色々遠回りしてしまったが、ようやく本題に入れる。メイヴィスは革と術式を同時に釜へ入れ、更に灰色の指示液を足した。最初から成功するとは思えないが、成功した場合には形を整えて女性用のローブに転用しよう。
この後の事を考えながら、ヘラで中身をかき混ぜる。不意に、何かが焼け焦げるような嫌な臭いが鼻を突いた。言い知れない嫌な予感が背筋を駆け抜ける。それと同時に形容し難い色の煙が釜から一筋だけふわりと溢れた。
「あ!? あぶな……っ!!」
身の危険を感じ、その場に伏せる。次の瞬間、ボンッという重々しい破裂音と共によく分からない色の煙が天井へと上っていく。跳ねた素材液が手の甲に付着した。滅茶苦茶熱い。
「無事か、メヴィ!?」
遠目にそれを見ていたアロイスが慌てたようにそう訊ねた。情けない気持ちと、恥ずかしい気持ちを同時に抱きながらも「大丈夫です……」、と力無い返事をする。
まるでその手の道の初心者みたいな失敗をした事に、顔へ熱が集まっていくのを感じた。何だ今のミスは。錬金術に触れて半年も経っていないビギナーがやらかしそうな失敗だ。恥ずかしいを通り越して虚しい気持ちまで湧き上がってくる。
そんな気持ちを知ってか知らずか、アロイスがさらに訊ねる。
「今、いきなり爆発したように見えたがいつもこうなのか?」
「いや……、その、いつもはもっと静かです。ああ、何でこんな失敗を……」
多少なりとも落ち込みながら、これ以上の被害が出る前にとヘラで内容物を掬い上げる。術式の紙は液で溶けてしまったのか見つからなかったが、ぼろぼろの革は見つかった。
「――ん? という事は、錬金術そのものは成功してるって事……?」
僅かな希望の光。それに縋り付くかのように、メイヴィスはそっと掬い上げた革に触れた。しかし、それは触れた瞬間、まるで時間経過によって劣化したかの如く崩れてゴミになってしまう。
考えられる事は2つ。単純に成功したように見えて、実は錬金術が失敗していた。もう1つは、俄には考えられないが――術式に対し、革の強度が足りなかった。今まで起きた事は無いが、この術式を描いたのはギルドの魔女と名高い彼女だ。この小さな術式の中に、ありとあらゆる法則がねじ込まれ、実は膨大な情報量となっているのかもしれない。
要検証、そうとしか言えない事がもどかしいが、まさか初心者のような失敗を今更するとも思えない。やはり、問題は素材の方にある――
「メヴィ?」
「うわっ!? あ、ああ、すいません、ボーッとしてて……。素材を変えて、また、チャレンジしてみます……」
「それはいいが、火事には気をつけろ」
労るような声音ではあったものの、錬金術師と豪語しておいてこの程度か、と思われているかもしれない。何であんな派手な失敗したかな、メイヴィスは落ち込んだような深い溜息を吐き出した。
メイヴィスはその製法を師匠から学んだ。当然、自分が弟子を抱える日まで他言は無用である。
そんな貴重品を惜しげ無く全て投入。ヘラが絡みつく液体達のせいでかなり重たくなったので、全身を使ってゆっくりと混ぜ込んでいく。
「俺には何が何だか分からないが、手伝おうか?」
「い、いえ……。大丈夫、です。ちょっと色々詰め込みすぎただけで」
「毎回こんなに大変そうに作るのか?」
「目分量に失敗して、量が増えただけですから……」
混ぜていた液体から伝わる感触が変わる。慌てて大きな網を持って来て、それらを掬い上げた。若干湿ってはいるものの、少し茶色っぽい紙が完成している。
「ほう。そんなに短時間で紙を作れるのであれば、人の手で一から作るより錬金術に頼った方が早いかもしれないな」
「そうですけれど……材料費が馬鹿にならないのと、所詮、ちゃんとした材料から作った紙じゃないですからね。強度はその手のプロが作った方が上だと思います。こんなざら紙で重要な書類は作れないでしょうし……」
「メリットデメリット、世の中はそんなものだな」
「はあ……」
紙を用意したメイヴィスは部屋の右隅にある例の機械に紙束をねじ込んだ。魔力回路をオンにし、少し待つと機械から先程作った紙が吐き出される。焦げたような痕と共にしっかりと大本の術式が紙へと転写されていた。
「出来ました!」
「確かに。紙に写されているな。便利な事だ」
「魔法は人の生活を豊かにする為にありますから!」
途切れることなく綺麗に写されている紙を1枚だけ取って、残りは戸棚の中に仕舞う。オリジナルの1枚目もちゃんと回収した。
色々遠回りしてしまったが、ようやく本題に入れる。メイヴィスは革と術式を同時に釜へ入れ、更に灰色の指示液を足した。最初から成功するとは思えないが、成功した場合には形を整えて女性用のローブに転用しよう。
この後の事を考えながら、ヘラで中身をかき混ぜる。不意に、何かが焼け焦げるような嫌な臭いが鼻を突いた。言い知れない嫌な予感が背筋を駆け抜ける。それと同時に形容し難い色の煙が釜から一筋だけふわりと溢れた。
「あ!? あぶな……っ!!」
身の危険を感じ、その場に伏せる。次の瞬間、ボンッという重々しい破裂音と共によく分からない色の煙が天井へと上っていく。跳ねた素材液が手の甲に付着した。滅茶苦茶熱い。
「無事か、メヴィ!?」
遠目にそれを見ていたアロイスが慌てたようにそう訊ねた。情けない気持ちと、恥ずかしい気持ちを同時に抱きながらも「大丈夫です……」、と力無い返事をする。
まるでその手の道の初心者みたいな失敗をした事に、顔へ熱が集まっていくのを感じた。何だ今のミスは。錬金術に触れて半年も経っていないビギナーがやらかしそうな失敗だ。恥ずかしいを通り越して虚しい気持ちまで湧き上がってくる。
そんな気持ちを知ってか知らずか、アロイスがさらに訊ねる。
「今、いきなり爆発したように見えたがいつもこうなのか?」
「いや……、その、いつもはもっと静かです。ああ、何でこんな失敗を……」
多少なりとも落ち込みながら、これ以上の被害が出る前にとヘラで内容物を掬い上げる。術式の紙は液で溶けてしまったのか見つからなかったが、ぼろぼろの革は見つかった。
「――ん? という事は、錬金術そのものは成功してるって事……?」
僅かな希望の光。それに縋り付くかのように、メイヴィスはそっと掬い上げた革に触れた。しかし、それは触れた瞬間、まるで時間経過によって劣化したかの如く崩れてゴミになってしまう。
考えられる事は2つ。単純に成功したように見えて、実は錬金術が失敗していた。もう1つは、俄には考えられないが――術式に対し、革の強度が足りなかった。今まで起きた事は無いが、この術式を描いたのはギルドの魔女と名高い彼女だ。この小さな術式の中に、ありとあらゆる法則がねじ込まれ、実は膨大な情報量となっているのかもしれない。
要検証、そうとしか言えない事がもどかしいが、まさか初心者のような失敗を今更するとも思えない。やはり、問題は素材の方にある――
「メヴィ?」
「うわっ!? あ、ああ、すいません、ボーッとしてて……。素材を変えて、また、チャレンジしてみます……」
「それはいいが、火事には気をつけろ」
労るような声音ではあったものの、錬金術師と豪語しておいてこの程度か、と思われているかもしれない。何であんな派手な失敗したかな、メイヴィスは落ち込んだような深い溜息を吐き出した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
義務ですもの。
あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、生命を懸けて鬩ぎ合い、幾度も涙を流す旅路の中で自分の在り方を探す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※基本週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開中(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる