アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

文字の大きさ
55 / 139
6話 烏のローブ

07.巣立つ

しおりを挟む
 ***

 ギルドに戻って来た。一応、直接ウタカタを討伐したのは自分とアロイス、という事でギルドマスターに報告しに行くことに。ナターリアが楽しげだったのだけは鮮明に記憶している。そして、困惑気味のヘルフリートも。あの2人、なかなか相性が良いのではないだろうか。

「あ、オーガストさ――」

 見慣れた逞しい背中、後ろからでも分かるタイガーマスクを発見してそう声を掛けようとしたが、メイヴィスの声は途中でぷつりと消えた。
 というのも、オーガストと喋っている相手がいたのだ。
 よく覚えている。忘れる事も出来ないような酷く整った顔立ち、すらりとした立ち姿。世の女性が放っておかないであろう美貌を惜しみなく晒したその人は、大量の前金を払ってくれたローブの依頼人である。

 アロイスもそれに気付いたらしく、何かを考え込むように黙り込んでしまった。この状況にどう収拾を着けるべきか。そう悩んでいると不意にこちらに気付いた依頼人が、メイヴィスを指さす。釣られてふらりとオーガストが振り返った。

「おおっ! 帰ったか!! 丁度良い、今、君が仕上げた布について話をしていたのだよ!!」
「え? あ、はあ……」

 これは素晴らしいな、と僅かに笑みを浮かべた依頼人がオーガストを押しのけて前へ出て来る。

「まさか、本当に君がオーダー品を完成させるとは思わなかったな。他の錬金術師達は一向に仕上げて来ない――それに、私としてもこれで満足だ」
「あ、はい。ありがとう……ございます」
「回りくどかったか? 君に報酬を支払う、という事だ。それとは別に、丁度君に話があったのだが」

 布を綺麗に畳んだ依頼人が笑う。

「メイヴィス、全国を回ってみる気は無いか? 君の才能はまだまだ伸びる。ギルドで一生を終えるなど、才能の無駄遣いだ。私は君に金銭を投資して良いと思っている」
「え、え?」
「勿論、依頼は私の物を優先して貰うが――それ以外の時は、君の自由にしていい。隣の大陸へ行きたいのならばそうすれば良いし、これからもギルドへ顔を出したいのならそれも構わない」
「そ、それは、私のスポンサーになってくれるっていう話しですか?」
「そうだよ。とはいえ、君の一人旅は危険だな。護衛は付けなければならないから、少し息苦しい思いをするかもしれないが」

 ちら、と世話になっているオーガストを見やる。彼は全面的に依頼人の意見に同意――というか、反論する気はまるで無いようだ。
 どうすべきか、いきなりそんな事を言われても。
 考え倦ねていると、何故か一緒に話を聞いていたアロイスが口を開いた。

「良い機会じゃないか、メヴィ」
「お前の事は知っている、アロイス・ローデンヴァルト。お前には――」
「あーあーあー! お願いしますよ、彼も私のギルドのメンバーなのですからッ!!」

 何事か言い掛けた依頼人を、オーガストがかなり無理矢理に遮る。その様子をやや困惑した顔で見つめた依頼人は小さく息を吐いて口を閉ざした。
 一方で、僅かな緊張感を纏ったアロイスは肩を竦めている。

「結局はお前の意思次第だ。ただ、護衛を捜しているのなら俺はお前に同行して構わないと思っている」
「あ、アロイスさん……!!」

 ――どうしよう。確かに、ギルドにいても錬金術師としての依頼はほとんど来ない。ならば、全国各地を周りつつたまにギルドへ帰って仕事をする、という生活の方が錬金術師としての成長は望めるだろう。
 ギルドには何の為に入っていた? 居心地が良い場所である事は事実だ。しかし、最終的な目標は錬金術師としての自分を磨くこと。であれば、ここで彼の話を蹴るという選択肢は無いのではないだろうか。

「わ、私……旅に出てみます! ギルドも楽しいけれど、楽しいだけじゃ錬金術を磨く事には繋がりませんからね……」

 満足そうに依頼人が頷く。

「そう言うと思っていた。ところで、早速次の依頼がある。隣の大陸へまずは行って貰おうか。依頼人は吸血鬼――フィリップ・ベーベルシュタムだ。何でも、日光が嫌いらしい。いつ何時であろうと夜の館を造って欲しいそうだ」
「えっ」
「よろしく頼んだ。そうだな、1週間後に大陸を移る為の船のチケットと、君の旅に必要な額を用意しよう。では」

 口早にそう言った依頼人は素早く踵を返した。オーガストが彼を送るべくそれに続く。ウタカタの討伐終了も報告出来ず、自分とアロイスだけが取り残された。

「あの、アロイスさん……その、本当に良かったんですか? 私の護衛なんかしたって、その、あなたにメリットがあるとは、思えませんけど」
「構わないさ。師団を引退してからこっち、俺もやる事が特にある訳じゃ無い。それに、旅をしながら護衛料を貰えるのは俺にとって十分なメリットになる」
「す、すいません、何だか……」
「いや、存外と楽しみにしている。これからよろしく」

 差し出された大きな手を、ゆっくりとメイヴィスは握り返した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

物語は始まりませんでした

王水
ファンタジー
カタカナ名を覚えるのが苦手な女性が異世界転生したら……

縫剣のセネカ

藤花スイ
ファンタジー
「ぬいけんのせねか」と読みます。 -- コルドバ村のセネカは英雄に憧れるお転婆娘だ。 幼馴染のルキウスと共に穏やかな日々を過ごしていた。 ある日、セネカとルキウスの両親は村を守るために戦いに向かった。 訳も分からず見送ったその後、二人は孤児となった。 その経験から、大切なものを守るためには強さが必要だとセネカは思い知った。 二人は力をつけて英雄になるのだと誓った。 しかし、セネカが十歳の時に授かったのは【縫う】という非戦闘系のスキルだった。 一方、ルキウスは破格のスキル【神聖魔法】を得て、王都の教会へと旅立ってゆく。 二人の道は分かれてしまった。 残されたセネカは、ルキウスとの約束を胸に問い続ける。 どうやって戦っていくのか。希望はどこにあるのか⋯⋯。 セネカは剣士で、膨大な魔力を持っている。 でも【縫う】と剣をどう合わせたら良いのか分からなかった。 答えは簡単に出ないけれど、セネカは諦めなかった。 創意を続ければいつしか全ての力が繋がる時が来ると信じていた。 セネカは誰よりも早く冒険者の道を駆け上がる。 天才剣士のルキウスに置いていかれないようにとひた向きに力を磨いていく。 遠い地でルキウスもまた自分の道を歩み始めた。 セネカとの大切な約束を守るために。 そして二人は巻き込まれていく。 あの日、月が瞬いた理由を知ることもなく⋯⋯。 これは、一人の少女が針と糸を使って世界と繋がる物語 (旧題:スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜)

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

処理中です...