アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

文字の大きさ
97 / 139
10話 出張! シルベリア!

07.エジェリー

しおりを挟む
 更に進んでみると、急に足下の感触が変わった。ふわっとした、柔らかい感触へだ。ギョッとして足下に視線を下ろすと、薄汚れた絨毯が視界に入る。何度も土足で踏み荒らされたのだろう、泥が付着しているのが見て取れた。

 そして、ここまで来れば、流石のメイヴィスもその音をハッキリと聞き取る事に成功する。水が絶えず滴っているような音だ。

「音、聞こえますね。アロイスさん……」
「ああ。どこかへ繋がっているのかもしれないな」

 臆すること無く突き進むアロイスの背にぴったりと寄り添う。何が出て来るか分からないし、背後から魔物に襲われようものなら一溜まりも無い。
 しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
 すぐ突き当たりに出たからだ。光球が照らし出す光景に、一瞬だけ言葉を失う。

 それは洞窟構造を利用して作られた檻だった。頑丈そうな鉄格子が嵌め込まれ、人が通れる扉が付いている。水の音は、その檻内部だけ水が満ちていたからだ。海水のような匂いのそれは恐らく、湖の水を引いてきているに違い無い。
 驚くべき事に、その檻の中には人――らしきものが居る。
 らしきもの、と言うのには理由があって、彼女の腰から下。それは音に聞く人魚のような尾となっていたからだ。

「あ、あ、アロイスさん、これ……!!」
「まさか本当に人魚、か? ともあれ、人道的な扱いは受けていないようだが」

 水に顔を半分程浸して、突っ伏していた彼女が不意に身動ぎした。上げかけた悲鳴を押さえ込む。
 が、メイヴィスが怯えている間にもアロイスは果敢に彼女へと声を掛ける。

「おい、無事か?」

 人魚が起き上がった。絹糸のような金色の髪がさらりと流れる。顔を上げた彼女は成る程確かに美しい目鼻立ちをしていた。海のように深い深い藍色の瞳、優しげで物憂げな表情。華奢な体付き。

 そんな彼女は煌びやかな容姿に似合わない、怯えてはいないが疲れ切った声で言葉を紡いだ。

「貴方達は……村の人間じゃないようね……」
「そうだな、観光客、と言ったところか。その、お前は……所謂、人魚、とでもいう存在なのか?」
「そうね。お伽話の中に居る、人魚そのものと言って良いのかもしれない。尤も、あれらの物語には……そう、貴方達の主観が、随分と入っているようだけれど」

 人魚と公にそう言った彼女は憂いに満ちた貌をした。それは若い女性には似合わない、酷く老獪な表情だと言えるだろう。明らかに時間軸が人間とは違う、全く別の生物である事を頭の隅で理解する。
 少しだけ現状に慣れてきたメイヴィスは、失礼に当たらない程度に人魚の全容を盗み見た。所々土に塗れてはいるが、目立った外傷は無い。勇気を振り絞り、恐る恐る声を掛けてみた。

「あの、名前は? 私は、メイヴィス・イルドレシアって言いますけど……」
「私はエジェリー。人間のような姓は持たないの」
「えぇっと、エジェリーさんはどうしてここに幽閉されているんですか?」

 可哀相になってくるので、出来れば村の方々に掛けあって海に放してやりたいものだ。尤も、人魚が本来海に住む種なのか否かは知らないのだが。

 問いに対し、エジェリーはどこか自嘲めいた笑みを浮かべる。

「優しいお伽話の方しか、知らないの? 私はね、メイヴィス。この村に住んでいる人間の寿命を支える為に、ここに居るのよ」
「え? それは……」

 何故、と聞こうとして不意にある仮説が脳裏を過ぎった。それはあまりにも人道外れた行為で、そうであるが故に正常な思考回路をしていると自負するメイヴィスには思い付かなかった答えだ。

 ――人魚の肉を食うと、不老不死になれる。
 誰が言い出したのかも分からない、そんな伝承。永遠に何の意味があるのか、さっぱり分からないがそれらを望む人々が一定数存在するのは確かだ。一方で、人魚の存在は定かではない訳だが。

 うふふ、とエジェリーは嗤った。顔色の変わったメイヴィスを見て、真相に辿り付いた事を誉めるように。

「人魚の血肉を食らえば、”若返る”のは本当の事。ただ、人魚と違って人間は不老不死になどなれはしないわ。手に入れた異常な回復力と若さは――何れ、消えてしまうものなの」
「成る程。では、その効果が消えないように村の連中はお前を幽閉し、その肉を搾取し続けているのか」
「察しが良いのね」

 ――どうしよう、分かってないのは私だけだ。
 3分の2が話を理解している今、自分だけ分からないと言って質問するのは憚られたが、このまま分かっている体で話を進められても困る。仕方なく、メイヴィスは理解を優先して恥を捨てた。

「いやあの、血肉って。そんなもの取られ続けたら、エジェリーさん死んじゃいますよ?」
「素直な良い子なのね、メイヴィス……。残念ながら、私は死ねないの。不老不死なのだから」
「あっ……」

 彼女が『死なない』として。だとすると、行われている行為は更に残虐と言わざるを得ない。死なない生物から、血と肉を搾取し続けるなど正気の沙汰ではないだろう。背筋に悪寒が奔るのを確かに感じながら、息を呑む。凄惨な、肉を削り出す場面を想像して。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、生命を懸けて鬩ぎ合い、幾度も涙を流す旅路の中で自分の在り方を探す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※基本週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開中(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...