118 / 139
11話 アルケミストの長い1日
15.命拾いした話
しおりを挟む
一悶着している間に、スポンサーとその娘も報告会を終えたようだった。こちらをじっと見つめているスポンサーことジャックは不意に口を開く。
「メヴィ、うちのイアンが新たな依頼を勝手にしていたようだ」
「あっ、いえ。貰える物を貰えれば、仕事自体は請け負いますから……」
「ああ。よろしく頼む。仕事を増やして悪いな、報酬は支払う。正式に依頼しよう」
「ご贔屓にどうも……」
――金、持ってるなあ。
潤沢な財産はどこから溢れているのだろうか。あれだけの金を使ってなお余りある資産とは。是非とも簡単に稼げるコツというものを伝授して欲しいものだ。
ところで、と明るい調子でルーファスが話題を入れ替えた。穏やかでありながら、何か一物抱えていそうな胡散臭い笑み。
「イアンと君が地下に籠もっている間に、そちらのアロイス殿から話は聞いたよ。メヴィ、君って何だか呪われているようだね」
「あっ、あー、そういえばそれを訊こうと思ってここまで来たんでした」
「そうなの? てっきり好きで憑けてるのかと思って、今まで触れないでおいたけれど。不本意な状態であるのなら、イアンに錬金術を教えてくれたお礼に解呪して差し上げようか?」
「是非お願いしたいです。午後から散々な目に遭いまして」
どっこいしょ、とおじいさんみたいな掛け声を上げたルーファスがソファから立ち上がる。そのまま真っ直ぐにメイヴィスの目の前まで歩を進めると、視線を合わせるように屈んだ。澄んだ宝石のような瞳と目が合う。
その目の奥が、僅かに細められたのを、見た。その真意を伺う前に小さな小さな独り言めいた言葉を漏らす。
「……ああ、こっちは態となんだね」
「え?」
目線を外した魔道士が片手に小さな術式を形成する。それは淡い光を放ちながら瞬時に幾何学模様を形成。完成した瞬間に一瞬の煌めきを残し、消える。
「――さあ、これで呪いは解けたはずだよ。驚く程にテンプレートな、取り敢えず『それ』に手を出した者に不幸が降りかかる呪いさ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。強欲な商人なんかが、自分の荷物に掛けるまじない。宝石なんかに触らなかったかな?」
「そういえば、朝から宝石と装飾を分離させる作業をしましたね」
「それだよ、それ。いやあ、曰く付きを掴まされちゃって可哀相に。けれど、魔道士が引っ掛かるようなトラップでもないから、君は本当にアルケミスト一筋なんだね」
馬鹿にしているのか感心しているのか分からない声のトーンでそう言ったルーファスは、目を眇めている。何だかそれがとても恐ろしいものに見えて、一瞬呼吸すら忘れた。更に何事か言いかけたがしかし、ジャックの声が割って入る。
「明日には自宅へ戻る約束をしている」
「自宅? ああ、あのお嫁さんの? ジャック、君ってふらふらしているけれど、奥さんに愛想尽かされたりしないのかい?」
「だから帰ると言っているだろう」
ぴょこん、という動きがぴったりなくらい軽やかにソファから下り立ったイアンは頻りにジャック――父君の整った顔を見上げている。
それまで黙っていたフィリップがカップをソーサーに置き、訊ねた。
「帰るのか貴様等」
「ああ、邪魔をした。そもそも私はイアンを迎えに来ただけだからな」
その言葉に押され、アロイスが壁掛け時計を見やる。
「午前12時――今からこの夜道を下るつもりか? 子供も居るのだから、朝方に出掛けた方が良いと思うぞ」
「心配は無用。夜の闇で視界が利かないなどという事は無い。ただ、お前達は時間を見て退去した方が良い」
そう返したジャックが薄く笑みを浮かべた。視線の先に居るのは自惚れでなければ恐らくは自分だ。
「ではメヴィ、次の時に良いアイテムが出来上がっている事を願っている」
「えっ、期間決められた……!?」
まるで自分達の館。そう言わんばかりに慣れた足取りでイアンとルーファス、更にジャックが退室した。その後ろ姿はまさに家族と近所のお兄さん。ベタベタとした関係性ではないが、それなりに仲はよろしいらしい。
「行っちゃいましたね、アロイスさん。というか、館の鍵は閉めなくて良いんでしょうか」
「構わん。この館、この時間帯にここまでやって来る物好きに鍵など通用せん」
――確かに。それはそうかもしれない。
妙なところで感心していると、アロイスから笑みを手向けられた。優しげな、吃驚する程綺麗な笑みだ。
「メヴィ、新しい仕事が増えたな」
「何でちょっと嬉しそうなんですか……」
「仕事が舞い込むという事は、お前の才能が認められているという事。であれば、俺もここまで出張って来た甲斐があったと言うものさ」
「ええ? て、照れます。そんな事を言われると――」
おい、とフィリップが不機嫌そうに喉を鳴らす。酷く獣的な仕草に驚いて言葉を呑込んだ。あまり下品な、というか俗っぽい反応をしない御仁だと思っていたのに。
「メイヴィス、貴様は運が良かったな。イアン――あれの命よりも大事な娘に粗相をしでかそうものならば、お前の首は物理的に跳んでいたぞ」
「ええっ!? そんな事しますかね、ジャックさん」
「する、間違いなくな。幸運に感謝せよ、恐らく次は無いぞ」
――どうやら危険な事に片足を突っ込んでいたらしい。
今更冷たい汗が背を伝うのを感じる。
しかし、張り詰めた空気を塗り替えたのはこの場に居る誰でも無かった。急にノックをしてリビングへ入って来た侍女・シオンだ。
「失礼致します。泊まる部屋の準備が整いました」
「え、あ、私達の?」
「はい。フィリップ様より、そう仰せつかっておりました」
腕を組んだ館の主は小さく鼻を鳴らした。照れ隠しというか、意外と親切で驚愕を隠せない。ともあれ、流石にこの夜遅い時間に店へ戻る訳にも行かなかったので、ありがたくとめて貰う事になった。
「メヴィ、うちのイアンが新たな依頼を勝手にしていたようだ」
「あっ、いえ。貰える物を貰えれば、仕事自体は請け負いますから……」
「ああ。よろしく頼む。仕事を増やして悪いな、報酬は支払う。正式に依頼しよう」
「ご贔屓にどうも……」
――金、持ってるなあ。
潤沢な財産はどこから溢れているのだろうか。あれだけの金を使ってなお余りある資産とは。是非とも簡単に稼げるコツというものを伝授して欲しいものだ。
ところで、と明るい調子でルーファスが話題を入れ替えた。穏やかでありながら、何か一物抱えていそうな胡散臭い笑み。
「イアンと君が地下に籠もっている間に、そちらのアロイス殿から話は聞いたよ。メヴィ、君って何だか呪われているようだね」
「あっ、あー、そういえばそれを訊こうと思ってここまで来たんでした」
「そうなの? てっきり好きで憑けてるのかと思って、今まで触れないでおいたけれど。不本意な状態であるのなら、イアンに錬金術を教えてくれたお礼に解呪して差し上げようか?」
「是非お願いしたいです。午後から散々な目に遭いまして」
どっこいしょ、とおじいさんみたいな掛け声を上げたルーファスがソファから立ち上がる。そのまま真っ直ぐにメイヴィスの目の前まで歩を進めると、視線を合わせるように屈んだ。澄んだ宝石のような瞳と目が合う。
その目の奥が、僅かに細められたのを、見た。その真意を伺う前に小さな小さな独り言めいた言葉を漏らす。
「……ああ、こっちは態となんだね」
「え?」
目線を外した魔道士が片手に小さな術式を形成する。それは淡い光を放ちながら瞬時に幾何学模様を形成。完成した瞬間に一瞬の煌めきを残し、消える。
「――さあ、これで呪いは解けたはずだよ。驚く程にテンプレートな、取り敢えず『それ』に手を出した者に不幸が降りかかる呪いさ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。強欲な商人なんかが、自分の荷物に掛けるまじない。宝石なんかに触らなかったかな?」
「そういえば、朝から宝石と装飾を分離させる作業をしましたね」
「それだよ、それ。いやあ、曰く付きを掴まされちゃって可哀相に。けれど、魔道士が引っ掛かるようなトラップでもないから、君は本当にアルケミスト一筋なんだね」
馬鹿にしているのか感心しているのか分からない声のトーンでそう言ったルーファスは、目を眇めている。何だかそれがとても恐ろしいものに見えて、一瞬呼吸すら忘れた。更に何事か言いかけたがしかし、ジャックの声が割って入る。
「明日には自宅へ戻る約束をしている」
「自宅? ああ、あのお嫁さんの? ジャック、君ってふらふらしているけれど、奥さんに愛想尽かされたりしないのかい?」
「だから帰ると言っているだろう」
ぴょこん、という動きがぴったりなくらい軽やかにソファから下り立ったイアンは頻りにジャック――父君の整った顔を見上げている。
それまで黙っていたフィリップがカップをソーサーに置き、訊ねた。
「帰るのか貴様等」
「ああ、邪魔をした。そもそも私はイアンを迎えに来ただけだからな」
その言葉に押され、アロイスが壁掛け時計を見やる。
「午前12時――今からこの夜道を下るつもりか? 子供も居るのだから、朝方に出掛けた方が良いと思うぞ」
「心配は無用。夜の闇で視界が利かないなどという事は無い。ただ、お前達は時間を見て退去した方が良い」
そう返したジャックが薄く笑みを浮かべた。視線の先に居るのは自惚れでなければ恐らくは自分だ。
「ではメヴィ、次の時に良いアイテムが出来上がっている事を願っている」
「えっ、期間決められた……!?」
まるで自分達の館。そう言わんばかりに慣れた足取りでイアンとルーファス、更にジャックが退室した。その後ろ姿はまさに家族と近所のお兄さん。ベタベタとした関係性ではないが、それなりに仲はよろしいらしい。
「行っちゃいましたね、アロイスさん。というか、館の鍵は閉めなくて良いんでしょうか」
「構わん。この館、この時間帯にここまでやって来る物好きに鍵など通用せん」
――確かに。それはそうかもしれない。
妙なところで感心していると、アロイスから笑みを手向けられた。優しげな、吃驚する程綺麗な笑みだ。
「メヴィ、新しい仕事が増えたな」
「何でちょっと嬉しそうなんですか……」
「仕事が舞い込むという事は、お前の才能が認められているという事。であれば、俺もここまで出張って来た甲斐があったと言うものさ」
「ええ? て、照れます。そんな事を言われると――」
おい、とフィリップが不機嫌そうに喉を鳴らす。酷く獣的な仕草に驚いて言葉を呑込んだ。あまり下品な、というか俗っぽい反応をしない御仁だと思っていたのに。
「メイヴィス、貴様は運が良かったな。イアン――あれの命よりも大事な娘に粗相をしでかそうものならば、お前の首は物理的に跳んでいたぞ」
「ええっ!? そんな事しますかね、ジャックさん」
「する、間違いなくな。幸運に感謝せよ、恐らく次は無いぞ」
――どうやら危険な事に片足を突っ込んでいたらしい。
今更冷たい汗が背を伝うのを感じる。
しかし、張り詰めた空気を塗り替えたのはこの場に居る誰でも無かった。急にノックをしてリビングへ入って来た侍女・シオンだ。
「失礼致します。泊まる部屋の準備が整いました」
「え、あ、私達の?」
「はい。フィリップ様より、そう仰せつかっておりました」
腕を組んだ館の主は小さく鼻を鳴らした。照れ隠しというか、意外と親切で驚愕を隠せない。ともあれ、流石にこの夜遅い時間に店へ戻る訳にも行かなかったので、ありがたくとめて貰う事になった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
義務ですもの。
あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、生命を懸けて鬩ぎ合い、幾度も涙を流す旅路の中で自分の在り方を探す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※基本週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開中(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる