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1話:対神の治める土地
16.対神からの忠告(2)
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ところで、と薄桜が遠慮がちに口を開く。
「重い話をしている所悪いけれど、私からも召喚士様に烏羽とは多分関係の無い情報があるわ。薄藍が正気を失っていた件だけれど……」
「うん?」
「あれ多分、私達神使が使う暗示系の術に掛けられたのだと思う」
「暗示系の術、とは?」
「神使は一応全員持っている術の一つね。私も使えるし、薄藍だって使える。当然、烏羽もね。暗示、と言えば少し柔らかく聞こえるけれど、実体はただの洗脳よ。使用者より下位の者にしか使えないわ。基本的には災害時なんかに人間を混乱無く誘導する為に使われるかな」
避難誘導などに使われる目的で存在しているのか。確かに、パニックになった人間というのは時に何よりも恐ろしい。
こちらが暗示系の術について呑み込んだタイミングで薄桜が話を再開させた。
「この暗示に関しては『使用者の位』、『得手不得手』がとても強く作用するわ。例えば薄藍は術の使用全般が苦手だから、暗示の成功率はとても低い。住民の避難誘導には向かないわね。でも私は肉体労働が苦手だけれど、術の使用が得意で加えて細かな調整が必要な暗示も得意。だから、同等程度の相手にも不意を突ければ術を成功させられるかもしれない」
「うんうん」
「だけどね。どれだけ私が術の使用に長けていても、位の高い神使にはこの暗示は作用しない。つまり何が言いたいかっていうと――薄藍に術を掛けたのは、もっと色の濃い連中の誰かだっていう事よ」
「神使の中に裏切り者がいるって事? でも、薄藍が正気を失っていたのは汚泥のせいじゃないの?」
「汚泥にそんな知能は無いわ。汚泥の侵略――に乗じ、それを利用する神使がいるって事。本当はね、黒色の誰かだと思ってたの。そんな事するの。でも……」
「でも?」
「烏羽が召喚士の要求に応じ、面白半分とはいえ手を貸している状況を見るに、黒代表の烏羽がやらかした事じゃないのかなとも思うわ……」
薄桜が最初、あんなにも警戒していたのは薄藍や村の安全についてもそうだが――相手が烏羽であったのが最も強い原因のようだ。
考えていると、薄桜が少しばかり申し訳無さそうな顔をして続ける。
「それで、その……あんまりこういう事は言いたくないのだけれど。あなたの社には、私達の事は喚ばないで欲しい」
「え」
「ごめんなさい。それでも、私達は烏羽とはやっていけない。あなたが奴を強制送還しないのであれば、私達はその環境にきっと順応出来ないと思うわ」
「……そう。でもガチャは時の運だし、保証は出来ないかな」
「なに? がちゃ……?」
召喚士殿、と薄藍に呼ばれる。
「阿久根村についてですが、僕と薄桜で保守を続けます。心配なされませんよう。そして、阿久根村のすぐ近くに町があるのですが……恐らく、僕はそこから阿久根村にまで移動してきたのだと思われます。記憶が朧気なので断言は出来かねますが」
「その町にも生存者がいるんだね」
「はい。正直、あの程度の距離なら汚泥に汚染されずとも何とか移動は出来そうです。町へ行く事があれば阿久根村に寄って下さい。社には喚ばれたくはありませんが、手伝いくらいならば出来ますので」
「……ありがとう」
「いえ。これも神使の勤めですから」
――でもやっぱり、私のストーリー狂ってない? こんな善良そうなキャラクターにガチャ拒否されるシナリオって何なの……。
ログアウトしたらストーリーについて友人の彼女に確認してみよう、花実はそう心に誓った。
***
社に戻ってきた。
ストーリーからログアウトする時はスマートフォンのメニューから『退出』を選べばすぐさま帰還出来たのである。村の外で急に門が出て来た時は心底驚いたし、その場にいなかったはずの烏羽まで社に強制帰還させられていたのも更に驚いた。
だがしかし、予期せぬ動作は予期せぬトラブルを生む。
目の前には心底不機嫌そうな烏羽の姿が。強制帰還に苛ついたのではなく、阿久根村でのストーリーから機嫌が再浮上していないからだ。
どうやら機嫌値なるものが存在するようなので、機嫌が直るまでは出来る限り近付かずにおこうと思っていた目論見が早々に打ち砕かれる。案の定、にこりともしない烏羽は極寒の雰囲気を放っている。
あまりにも気まずい空気、沈黙。それらを破ったのは烏羽だった。いつもの弾けんばかりの笑みではなく、一目で分かる愛想笑いを張り付けている。
「召喚士殿、此度のお勤め、お疲れ様でした。ええ」
――これは大嘘。
「お疲れの所、大変申し訳ございませんが……。私、大変機嫌が悪くございまして。うっかり、ええ、うっかりで。貴方様の身を引き裂いてしまうかもしれません。どうか、暫しの休息を。はい」
――これは本当。
本当にこれ以上、構えば八つ裂きにするぞと言っている。ゲームと分かっていても空恐ろしい物があるので花実は立ち上がって踵を返した。自室へ戻り、鍵を掛けてさっさとログアウトしようと思ったのだ。
それに初期キャラを愛するという方針を守る為にも、もっと烏羽という存在を知らなければならない。データにしては沢山のボイス、目に見えない数値が実装されているようだし機嫌が直るまでは極力近付かないようにしよう。
そう、推しの嫌がる事はしない。如何にデータであろうとも、だ。あとシンプルに「本気で人を害そうとしている」事実が恐い。なまじ、それが嘘で無いと分かってしまうせいでだ。間違いなく襲い掛かって来るであろう、野生の熊を目の前にしたような気分と言えばそれが近いか。
確か明日から3日間は少しだけ忙しい。入学する大学との兼ね合いもあったり、独り暮らしを始めた後の手続きが云々とやらなければいけない事が目白押しだ。この3日間はログインだけして、バイトの報告書作成などに精を出すとしよう。
頭の中で予定を組み立てた花実は躊躇いなくログアウトした。現実へ帰ったら、まずは食事を摂らなければ。
「重い話をしている所悪いけれど、私からも召喚士様に烏羽とは多分関係の無い情報があるわ。薄藍が正気を失っていた件だけれど……」
「うん?」
「あれ多分、私達神使が使う暗示系の術に掛けられたのだと思う」
「暗示系の術、とは?」
「神使は一応全員持っている術の一つね。私も使えるし、薄藍だって使える。当然、烏羽もね。暗示、と言えば少し柔らかく聞こえるけれど、実体はただの洗脳よ。使用者より下位の者にしか使えないわ。基本的には災害時なんかに人間を混乱無く誘導する為に使われるかな」
避難誘導などに使われる目的で存在しているのか。確かに、パニックになった人間というのは時に何よりも恐ろしい。
こちらが暗示系の術について呑み込んだタイミングで薄桜が話を再開させた。
「この暗示に関しては『使用者の位』、『得手不得手』がとても強く作用するわ。例えば薄藍は術の使用全般が苦手だから、暗示の成功率はとても低い。住民の避難誘導には向かないわね。でも私は肉体労働が苦手だけれど、術の使用が得意で加えて細かな調整が必要な暗示も得意。だから、同等程度の相手にも不意を突ければ術を成功させられるかもしれない」
「うんうん」
「だけどね。どれだけ私が術の使用に長けていても、位の高い神使にはこの暗示は作用しない。つまり何が言いたいかっていうと――薄藍に術を掛けたのは、もっと色の濃い連中の誰かだっていう事よ」
「神使の中に裏切り者がいるって事? でも、薄藍が正気を失っていたのは汚泥のせいじゃないの?」
「汚泥にそんな知能は無いわ。汚泥の侵略――に乗じ、それを利用する神使がいるって事。本当はね、黒色の誰かだと思ってたの。そんな事するの。でも……」
「でも?」
「烏羽が召喚士の要求に応じ、面白半分とはいえ手を貸している状況を見るに、黒代表の烏羽がやらかした事じゃないのかなとも思うわ……」
薄桜が最初、あんなにも警戒していたのは薄藍や村の安全についてもそうだが――相手が烏羽であったのが最も強い原因のようだ。
考えていると、薄桜が少しばかり申し訳無さそうな顔をして続ける。
「それで、その……あんまりこういう事は言いたくないのだけれど。あなたの社には、私達の事は喚ばないで欲しい」
「え」
「ごめんなさい。それでも、私達は烏羽とはやっていけない。あなたが奴を強制送還しないのであれば、私達はその環境にきっと順応出来ないと思うわ」
「……そう。でもガチャは時の運だし、保証は出来ないかな」
「なに? がちゃ……?」
召喚士殿、と薄藍に呼ばれる。
「阿久根村についてですが、僕と薄桜で保守を続けます。心配なされませんよう。そして、阿久根村のすぐ近くに町があるのですが……恐らく、僕はそこから阿久根村にまで移動してきたのだと思われます。記憶が朧気なので断言は出来かねますが」
「その町にも生存者がいるんだね」
「はい。正直、あの程度の距離なら汚泥に汚染されずとも何とか移動は出来そうです。町へ行く事があれば阿久根村に寄って下さい。社には喚ばれたくはありませんが、手伝いくらいならば出来ますので」
「……ありがとう」
「いえ。これも神使の勤めですから」
――でもやっぱり、私のストーリー狂ってない? こんな善良そうなキャラクターにガチャ拒否されるシナリオって何なの……。
ログアウトしたらストーリーについて友人の彼女に確認してみよう、花実はそう心に誓った。
***
社に戻ってきた。
ストーリーからログアウトする時はスマートフォンのメニューから『退出』を選べばすぐさま帰還出来たのである。村の外で急に門が出て来た時は心底驚いたし、その場にいなかったはずの烏羽まで社に強制帰還させられていたのも更に驚いた。
だがしかし、予期せぬ動作は予期せぬトラブルを生む。
目の前には心底不機嫌そうな烏羽の姿が。強制帰還に苛ついたのではなく、阿久根村でのストーリーから機嫌が再浮上していないからだ。
どうやら機嫌値なるものが存在するようなので、機嫌が直るまでは出来る限り近付かずにおこうと思っていた目論見が早々に打ち砕かれる。案の定、にこりともしない烏羽は極寒の雰囲気を放っている。
あまりにも気まずい空気、沈黙。それらを破ったのは烏羽だった。いつもの弾けんばかりの笑みではなく、一目で分かる愛想笑いを張り付けている。
「召喚士殿、此度のお勤め、お疲れ様でした。ええ」
――これは大嘘。
「お疲れの所、大変申し訳ございませんが……。私、大変機嫌が悪くございまして。うっかり、ええ、うっかりで。貴方様の身を引き裂いてしまうかもしれません。どうか、暫しの休息を。はい」
――これは本当。
本当にこれ以上、構えば八つ裂きにするぞと言っている。ゲームと分かっていても空恐ろしい物があるので花実は立ち上がって踵を返した。自室へ戻り、鍵を掛けてさっさとログアウトしようと思ったのだ。
それに初期キャラを愛するという方針を守る為にも、もっと烏羽という存在を知らなければならない。データにしては沢山のボイス、目に見えない数値が実装されているようだし機嫌が直るまでは極力近付かないようにしよう。
そう、推しの嫌がる事はしない。如何にデータであろうとも、だ。あとシンプルに「本気で人を害そうとしている」事実が恐い。なまじ、それが嘘で無いと分かってしまうせいでだ。間違いなく襲い掛かって来るであろう、野生の熊を目の前にしたような気分と言えばそれが近いか。
確か明日から3日間は少しだけ忙しい。入学する大学との兼ね合いもあったり、独り暮らしを始めた後の手続きが云々とやらなければいけない事が目白押しだ。この3日間はログインだけして、バイトの報告書作成などに精を出すとしよう。
頭の中で予定を組み立てた花実は躊躇いなくログアウトした。現実へ帰ったら、まずは食事を摂らなければ。
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