36 / 74
2話:悪意蔓延る町
15.トラブル(2)
しおりを挟む
烏羽の後に続いて現場に足を踏み入れてみれば、まさに戦闘中だった。汚泥に取り囲まれている神使達3人は、互いに背中を合わせて焦ること無く淡々とソレを処理している。とても苦戦しているようには見えない。
「苦戦はしてないみたい……」
「汚泥との戦いは物量差ですからねえ、はい。水の一滴や二滴などは何ら脅威にはなりませんが、濁流になれば脅威に早変わりするのと同じ事ですよ、ええ。数の揃わない汚泥など、恐れるべき対象ではありません」
「結界の中なら、汚泥には負けないって事?」
「それは希望的観測と言わざるを得ませんね、ええ。輪力が尽きれば結界は維持できませんので、結界の中にいられる状況がいつまで保つかというお話……。ええ、だからこそ薄群青は籠城戦に不安を感じているという訳です」
――というか、どうして汚泥が結界の中に? 町の中に入り込んでるって事だよね?
そう思ったが、結界がどういう物なのかを全て理解している訳ではない為、やはり神使達に話を聞かなければ憶測にすら至れない、ただの妄想を繰り広げるだけだ。
思考がどこかへゴールするよりも先に、余所様の神使3人と汚泥の戦闘が呆気なく終了する。否、もう戦闘と呼べる物ですら無い、ただの処理作業だった訳だが。
さて、と愉快そうに目を細めた烏羽が囁くように呟く。
「汚泥が結界の内側にいるという事は『何者』かが、連中を中へ招き入れたという事……。汚泥であれ人であれ、結界を抜けられない限りは互いに干渉する術を持ちません。ええ、であれば――結界に穴を空けた者がいるという事です。そして。結界に穴を空けられる生命体は神使だけ……あとは分かりますね? 召喚士殿」
「……神使の中に、裏切者がいるんだね」
「ご名答。ええ、面白くなって参りましたねぇ」
そう言って嗤う烏羽は、きっとこうなる事を知っていたのだろう。様子からして、神使の裏切り者が誰なのかも把握しているのかもしれない。
不意に戦闘を終えた神使達がこちらを振り向く。驚いている様子は全くない。花実達がここへ到着した時点で、存在に気付いていたのだろう。薄群青は苦い顔をしており、褐返は涼やかな表情を。灰梅は釈然としないような顔付きをしている。
微妙な沈黙の中、口火を切ったのは薄群青だった。
「アンタ達、宿にいろって言ったでしょ。何で出て来たんすか」
「ちょっと待って、薄群青くん。急に詰め寄ったって、召喚士ちゃん達には何の事だか分からないと思うわぁ」
灰梅の発言に、褐返が乾いた笑い声を返す。
「はは、大兄殿に限ってそんな事はないよ。俺等が抱えてる問題――ま、端的に言えば俺達の中に裏切者がいるって話。こんな状況見りゃ分かるだろ、流石に」
神使達の反応に対し、烏羽が薄く笑みを浮かべ、あくまで神妙そうに口を開く。当然、この神妙そうな態度は大嘘である。というか、胡散臭さが凄い。花実でなくとも、彼が真剣に物事を考えていない事は分かっただろう。
「これはこれは! 困りましたねぇ、月城町の中に! 神使の裏切者がいようとは。ええ、嘆かわしい事です。神使などと大層な名前をぶら下げていながら、この体たらく! んふふふ、しかし心配には及びませんよ、お三方。何せ、大変幸運な事に! 今回に限っては主神より使わされた召喚士がいますゆえ。ふふふ……」
「俺はまだ、そっちの人間が召喚士だとは認知してないんすけど。大体、勝手に宿を抜け出さないで貰っていっすか。立場を弁えて欲しいんだよな……」
「そう仰ると思っておりましたとも! ええ、我々にはアリバイなるものがありますので。はい。そうでしょう、召喚士殿?」
――あ、私のターン?
全く唐突に話を振られた花実は目を白黒させつつも、先程、宿で張っておいた伏線を回収するべく口を開く。
「そうだね。私達は外へ出る時に、宿屋の主人に声を掛けて出て来たよ。そしてそれは、この汚泥騒動が起きた後。つまり、私達が結界に穴を空けた犯人じゃないよね。騒ぎが起きるまでは宿にいたんだから」
「――と、こう召喚士殿は申しておりますよ、薄群青殿。真偽の程は宿屋の主人に訊いてみればすぐに分かる事かと」
薄群青の眉間に皺が寄る。明らかに歓迎はされていない雰囲気だ。が、反論らしい反論はしてこなかった。代わりに烏羽が場を仕切り始める。
「と、言う訳で! ええ、我々は町の外からやってきた主神による召喚士しすてむ……。圧倒的な第三者として、裏切者の燻し出しでも行いましょう! ええ、愉しみですねぇ、とても。では、召喚士殿。まずはどうしましょうか?」
「えっ? え、えーっと……取り敢えずさ。今日の件だけじゃなくて、今まで起こった事とか経緯を説明して貰おうかな」
困った時の過去振り返り。何かしら意見を出す事で、無能でないアピールに勤しんだ花実はそっと神使達から目を逸らした。「何普通の事言ってんだテメー」、などと言われようものなら心が折れる。
ややあって、指示に従って口を開いたのは灰梅だった。胡乱げな顔のまま、事の次第を説明してくれる。
「今日の一件を除いて~、召喚士ちゃん達が来る前に起こった事を説明したらいいのよね? そうねぇ、特筆する事は無いのだけれど、3日前にも汚泥が結界の内側に~、現れるっていう事件が起こってるの。あの時は町民が一人巻き込まれちゃって、帰らぬ人に……。わたし達も完全に油断していたのよねぇ」
「それで、3人の中に裏切者がいるって話に?」
「そうだけどぉ、そうじゃないの~。わたし達以外、結界の外に神使がいるんじゃないかって話もあって、その――」
ははは、と急に烏羽が高笑いし始めた。場の空気が一瞬でクラッシュする。
「素晴らしいお花畑思考ですねぇ、貴方達! はははは! いやまさか、『私達3人の中に裏切者なんかいるはずがない!』などと寒気がするようなお話をされています? ええ、ええ! 実に滑稽! この状況下でよくもそのような戯れ言をほざけましたね!」
最高に愉しそうな烏羽を前に、ぐったりと溜息を吐く。何故、自らヘイトを稼ぐ発言をするのか。折角、現状は白寄りの白だと言うのに。
「苦戦はしてないみたい……」
「汚泥との戦いは物量差ですからねえ、はい。水の一滴や二滴などは何ら脅威にはなりませんが、濁流になれば脅威に早変わりするのと同じ事ですよ、ええ。数の揃わない汚泥など、恐れるべき対象ではありません」
「結界の中なら、汚泥には負けないって事?」
「それは希望的観測と言わざるを得ませんね、ええ。輪力が尽きれば結界は維持できませんので、結界の中にいられる状況がいつまで保つかというお話……。ええ、だからこそ薄群青は籠城戦に不安を感じているという訳です」
――というか、どうして汚泥が結界の中に? 町の中に入り込んでるって事だよね?
そう思ったが、結界がどういう物なのかを全て理解している訳ではない為、やはり神使達に話を聞かなければ憶測にすら至れない、ただの妄想を繰り広げるだけだ。
思考がどこかへゴールするよりも先に、余所様の神使3人と汚泥の戦闘が呆気なく終了する。否、もう戦闘と呼べる物ですら無い、ただの処理作業だった訳だが。
さて、と愉快そうに目を細めた烏羽が囁くように呟く。
「汚泥が結界の内側にいるという事は『何者』かが、連中を中へ招き入れたという事……。汚泥であれ人であれ、結界を抜けられない限りは互いに干渉する術を持ちません。ええ、であれば――結界に穴を空けた者がいるという事です。そして。結界に穴を空けられる生命体は神使だけ……あとは分かりますね? 召喚士殿」
「……神使の中に、裏切者がいるんだね」
「ご名答。ええ、面白くなって参りましたねぇ」
そう言って嗤う烏羽は、きっとこうなる事を知っていたのだろう。様子からして、神使の裏切り者が誰なのかも把握しているのかもしれない。
不意に戦闘を終えた神使達がこちらを振り向く。驚いている様子は全くない。花実達がここへ到着した時点で、存在に気付いていたのだろう。薄群青は苦い顔をしており、褐返は涼やかな表情を。灰梅は釈然としないような顔付きをしている。
微妙な沈黙の中、口火を切ったのは薄群青だった。
「アンタ達、宿にいろって言ったでしょ。何で出て来たんすか」
「ちょっと待って、薄群青くん。急に詰め寄ったって、召喚士ちゃん達には何の事だか分からないと思うわぁ」
灰梅の発言に、褐返が乾いた笑い声を返す。
「はは、大兄殿に限ってそんな事はないよ。俺等が抱えてる問題――ま、端的に言えば俺達の中に裏切者がいるって話。こんな状況見りゃ分かるだろ、流石に」
神使達の反応に対し、烏羽が薄く笑みを浮かべ、あくまで神妙そうに口を開く。当然、この神妙そうな態度は大嘘である。というか、胡散臭さが凄い。花実でなくとも、彼が真剣に物事を考えていない事は分かっただろう。
「これはこれは! 困りましたねぇ、月城町の中に! 神使の裏切者がいようとは。ええ、嘆かわしい事です。神使などと大層な名前をぶら下げていながら、この体たらく! んふふふ、しかし心配には及びませんよ、お三方。何せ、大変幸運な事に! 今回に限っては主神より使わされた召喚士がいますゆえ。ふふふ……」
「俺はまだ、そっちの人間が召喚士だとは認知してないんすけど。大体、勝手に宿を抜け出さないで貰っていっすか。立場を弁えて欲しいんだよな……」
「そう仰ると思っておりましたとも! ええ、我々にはアリバイなるものがありますので。はい。そうでしょう、召喚士殿?」
――あ、私のターン?
全く唐突に話を振られた花実は目を白黒させつつも、先程、宿で張っておいた伏線を回収するべく口を開く。
「そうだね。私達は外へ出る時に、宿屋の主人に声を掛けて出て来たよ。そしてそれは、この汚泥騒動が起きた後。つまり、私達が結界に穴を空けた犯人じゃないよね。騒ぎが起きるまでは宿にいたんだから」
「――と、こう召喚士殿は申しておりますよ、薄群青殿。真偽の程は宿屋の主人に訊いてみればすぐに分かる事かと」
薄群青の眉間に皺が寄る。明らかに歓迎はされていない雰囲気だ。が、反論らしい反論はしてこなかった。代わりに烏羽が場を仕切り始める。
「と、言う訳で! ええ、我々は町の外からやってきた主神による召喚士しすてむ……。圧倒的な第三者として、裏切者の燻し出しでも行いましょう! ええ、愉しみですねぇ、とても。では、召喚士殿。まずはどうしましょうか?」
「えっ? え、えーっと……取り敢えずさ。今日の件だけじゃなくて、今まで起こった事とか経緯を説明して貰おうかな」
困った時の過去振り返り。何かしら意見を出す事で、無能でないアピールに勤しんだ花実はそっと神使達から目を逸らした。「何普通の事言ってんだテメー」、などと言われようものなら心が折れる。
ややあって、指示に従って口を開いたのは灰梅だった。胡乱げな顔のまま、事の次第を説明してくれる。
「今日の一件を除いて~、召喚士ちゃん達が来る前に起こった事を説明したらいいのよね? そうねぇ、特筆する事は無いのだけれど、3日前にも汚泥が結界の内側に~、現れるっていう事件が起こってるの。あの時は町民が一人巻き込まれちゃって、帰らぬ人に……。わたし達も完全に油断していたのよねぇ」
「それで、3人の中に裏切者がいるって話に?」
「そうだけどぉ、そうじゃないの~。わたし達以外、結界の外に神使がいるんじゃないかって話もあって、その――」
ははは、と急に烏羽が高笑いし始めた。場の空気が一瞬でクラッシュする。
「素晴らしいお花畑思考ですねぇ、貴方達! はははは! いやまさか、『私達3人の中に裏切者なんかいるはずがない!』などと寒気がするようなお話をされています? ええ、ええ! 実に滑稽! この状況下でよくもそのような戯れ言をほざけましたね!」
最高に愉しそうな烏羽を前に、ぐったりと溜息を吐く。何故、自らヘイトを稼ぐ発言をするのか。折角、現状は白寄りの白だと言うのに。
0
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる