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2話:悪意蔓延る町
24.進展(3)
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***
時はほんの少しだけ遡る。
召喚士と烏羽を宿に残し、町に現れた汚泥の討伐に従事していた薄群青は、汚泥の相手をしながらボンヤリと考えていた。
まず眼前にいるそれは、小さな塊が三つ程蠢いているだけで、脅威にはならない。無論、ただの人間が相手をしようとすれば怪我どころか死人が出るだろうが、自分一人で何ら問題無く相手が出来る程度の質量だった。
なお、前回もそうであったので裏切者にとって都合が悪い事が起こった時に囮として呼び込まれているのだと思われる。尤も、話題・視点逸らしの手段としては秀逸だ。何せ、神使である以上、民間人に脅威が及ぶ事柄を放置する訳にはいかないからである。誘導されていると知りつつも、汚泥の討伐を優先せざるを得ない。
灰梅が親切心で出した提案は正鵠を射ている。敢えて召喚士を自由にする事で、解決の糸口を探し出して欲しいと思ったのだろう。彼女はゆったりとした性格の持ち主だが、頭の中がすっからかんという訳ではない。冴えたやり口だと思う。
蠢く汚泥の塊に水気の術を放つ。清廉な水の塊はあっさりと汚泥を押し流し、ただの泥水へと変えた。どうも、見た目に反して水気系の術に弱いらしい。汚泥をすっぽりと包み込めるくらいの水量で消滅させるのが、一番輪力に響かなくて良い。
残り二つの塊を相手取りつつ、やけに召喚士の彼女が褐返を疑って掛かる事について思いを馳せる。あまりにも確信に満ちた口調なので、証拠――とまでは行かずとも、客観的に見て何か疑わしい言動があったのかと思ったが、それについては明言をしなかった。
主神の代理である召喚士。その人間性までは推し量れない。あくまで主神は「適性のある異世界の存在を召喚士として流用する」とそう言っただけだ。性格面まで保証はしていない。故に彼女が場を掻き回す事に快感を覚える類いの人間で無いとは、はっきり否定できないのである。
飛び掛かって来た汚泥を腰に帯びていた脇差しで両断し、発動させた水気の術で包み込む。そこまでやって、ようやく動いている汚泥はいなくなった。やはり、塊が3つあった程度では苦戦などしない。
「――ん?」
先程まで汚泥が蠢いていた地面に、黒い粒のような物が落ちている事に気付いた。薬――錠剤のような大きさだ。少し前までは確実に存在していなかった物体。加えてその錠剤は、とても強い輪力を放っているようだった。
凝縮された輪力の塊。放置する訳にもいかないそれへと、恐る恐る手を伸ばす。出来るだけ刺激しないよう、そうっとそれをつまみ上げた。
ツルリとした感触。鈍い日光を受けてキラキラと僅かな輝きを放っている。汚泥の侵略を受けていなかった頃、特殊な状況下で生成される輪力の結晶に少しだけ似ていた。試しに力を込めてみると、一般的な水晶と同程度の強度を持っているようだ。
――そんな風に観察していた、その時だった。
前触れも無く唐突に、錠剤の形をした謎の物体に亀裂が走る。急な出来事に最適な対処法を思い付かないでいると、その亀裂から中身が溢れ出した。粘性があり、流動的で、伸縮性は自在。
薄群青はそれの正体をずっと前から知っていた。知っていたが為に、ほぼ反射的にその物体を投げ捨てる。
ついさっきまで相手をしていた侵略者――汚泥。錠剤のように見えていたそれが、解凍されるかのように汚泥の姿を模る。
裏切者とは果たして誰なのか。
それはまだ分からない。分からないが、結界を開けた様子も無いのに汚泥が結界内に現れた理由だけは理解した。何らかの手段で汚泥を錠剤の大きさと同じくらいに圧縮し、結界内へ持ち込む。都合が良いときに汚泥として使用、恐らくそれが真相だ。
それらの証拠が持ち帰れなかったのは痛いが、召喚士が待つ宿へ帰ったら報告しなければ。薄群青は左右の腰に帯びた脇差しに手を伸ばした。
「――薄群青殿、そこで何をしておられたのです?」
「は?」
聞き覚えのある不快感の強い男の声が耳朶を打つ。すぐに誰なのか分かり、声がした方へ視線を向けた瞬間だった。
目にも留まらぬ速度で人の顔程もある巨大な水球が飛来。今出現したばかりの汚泥にとんでもない速度でブチ当たった。当然、水気の術に弱いらしいそれは圧倒的な水量に耐えきれず、崩れ落ちて跡形も無く消え失せる。
「烏羽サン? どうしてここに……」
水球を放ったのは烏羽だった。何も面白い状況ではないはずなのに、堪えきれない笑みを浮かべている。見る者を不安にさせる表情だ。
そんな彼の横には酷く困惑した様子の人間――召喚士が所在なさげに佇んでいた。どういう事だ。彼女等は宿で自分達の帰りを待つつもりではなかったのか? ここへ何をしに来た?
意図を計れずにいると、先に口を開いたのは烏羽の方だった。面白おかしいモノでも見つけたと言わんばかりに、嬉々とした調子で言葉を紡ぐ。
「おやおやおや? 薄群青殿、今ここで何をしておいでで? いやはやまさか、持ち込んだ汚泥を結界内に放流する真っ最中でしたか? ええ、大変申し訳ない! 邪魔をしてしまったようで!!」
「……あ?」
一瞬何を言われたのか全く分からなかった。停まった思考がしかし、ややあってゆっくりと自身の行動履歴を思い起こさせる。
召喚士の困惑した様子を見て全てを悟った。間が悪く、汚泥に変化した物体を拾った所から今までの出来事を見られていたのではないだろうか。確かに、見ようによっては薄群青が町に汚泥を放ったように見えなくもない。
背筋に嫌な汗が伝う。冤罪を着せられるのは困る。何せ、自分が裏切者でない事は自分自身がよく知っている事実だ。薄群青が裏切者と判断され、処理されてしまえば本当の裏切者が除けていないのに事件解決と相成ってしまう。
誤解を解かなければ。しかし、烏羽の愉しげな表情。とてもではないが、こちらの意見を尊重してくれるとは思えない。
口論であの烏羽に勝てるとは思えないが、とにかく召喚士の説得を。裏切者を処理出来ず、解決扱いが考え得る限り最悪の状況となる。
時はほんの少しだけ遡る。
召喚士と烏羽を宿に残し、町に現れた汚泥の討伐に従事していた薄群青は、汚泥の相手をしながらボンヤリと考えていた。
まず眼前にいるそれは、小さな塊が三つ程蠢いているだけで、脅威にはならない。無論、ただの人間が相手をしようとすれば怪我どころか死人が出るだろうが、自分一人で何ら問題無く相手が出来る程度の質量だった。
なお、前回もそうであったので裏切者にとって都合が悪い事が起こった時に囮として呼び込まれているのだと思われる。尤も、話題・視点逸らしの手段としては秀逸だ。何せ、神使である以上、民間人に脅威が及ぶ事柄を放置する訳にはいかないからである。誘導されていると知りつつも、汚泥の討伐を優先せざるを得ない。
灰梅が親切心で出した提案は正鵠を射ている。敢えて召喚士を自由にする事で、解決の糸口を探し出して欲しいと思ったのだろう。彼女はゆったりとした性格の持ち主だが、頭の中がすっからかんという訳ではない。冴えたやり口だと思う。
蠢く汚泥の塊に水気の術を放つ。清廉な水の塊はあっさりと汚泥を押し流し、ただの泥水へと変えた。どうも、見た目に反して水気系の術に弱いらしい。汚泥をすっぽりと包み込めるくらいの水量で消滅させるのが、一番輪力に響かなくて良い。
残り二つの塊を相手取りつつ、やけに召喚士の彼女が褐返を疑って掛かる事について思いを馳せる。あまりにも確信に満ちた口調なので、証拠――とまでは行かずとも、客観的に見て何か疑わしい言動があったのかと思ったが、それについては明言をしなかった。
主神の代理である召喚士。その人間性までは推し量れない。あくまで主神は「適性のある異世界の存在を召喚士として流用する」とそう言っただけだ。性格面まで保証はしていない。故に彼女が場を掻き回す事に快感を覚える類いの人間で無いとは、はっきり否定できないのである。
飛び掛かって来た汚泥を腰に帯びていた脇差しで両断し、発動させた水気の術で包み込む。そこまでやって、ようやく動いている汚泥はいなくなった。やはり、塊が3つあった程度では苦戦などしない。
「――ん?」
先程まで汚泥が蠢いていた地面に、黒い粒のような物が落ちている事に気付いた。薬――錠剤のような大きさだ。少し前までは確実に存在していなかった物体。加えてその錠剤は、とても強い輪力を放っているようだった。
凝縮された輪力の塊。放置する訳にもいかないそれへと、恐る恐る手を伸ばす。出来るだけ刺激しないよう、そうっとそれをつまみ上げた。
ツルリとした感触。鈍い日光を受けてキラキラと僅かな輝きを放っている。汚泥の侵略を受けていなかった頃、特殊な状況下で生成される輪力の結晶に少しだけ似ていた。試しに力を込めてみると、一般的な水晶と同程度の強度を持っているようだ。
――そんな風に観察していた、その時だった。
前触れも無く唐突に、錠剤の形をした謎の物体に亀裂が走る。急な出来事に最適な対処法を思い付かないでいると、その亀裂から中身が溢れ出した。粘性があり、流動的で、伸縮性は自在。
薄群青はそれの正体をずっと前から知っていた。知っていたが為に、ほぼ反射的にその物体を投げ捨てる。
ついさっきまで相手をしていた侵略者――汚泥。錠剤のように見えていたそれが、解凍されるかのように汚泥の姿を模る。
裏切者とは果たして誰なのか。
それはまだ分からない。分からないが、結界を開けた様子も無いのに汚泥が結界内に現れた理由だけは理解した。何らかの手段で汚泥を錠剤の大きさと同じくらいに圧縮し、結界内へ持ち込む。都合が良いときに汚泥として使用、恐らくそれが真相だ。
それらの証拠が持ち帰れなかったのは痛いが、召喚士が待つ宿へ帰ったら報告しなければ。薄群青は左右の腰に帯びた脇差しに手を伸ばした。
「――薄群青殿、そこで何をしておられたのです?」
「は?」
聞き覚えのある不快感の強い男の声が耳朶を打つ。すぐに誰なのか分かり、声がした方へ視線を向けた瞬間だった。
目にも留まらぬ速度で人の顔程もある巨大な水球が飛来。今出現したばかりの汚泥にとんでもない速度でブチ当たった。当然、水気の術に弱いらしいそれは圧倒的な水量に耐えきれず、崩れ落ちて跡形も無く消え失せる。
「烏羽サン? どうしてここに……」
水球を放ったのは烏羽だった。何も面白い状況ではないはずなのに、堪えきれない笑みを浮かべている。見る者を不安にさせる表情だ。
そんな彼の横には酷く困惑した様子の人間――召喚士が所在なさげに佇んでいた。どういう事だ。彼女等は宿で自分達の帰りを待つつもりではなかったのか? ここへ何をしに来た?
意図を計れずにいると、先に口を開いたのは烏羽の方だった。面白おかしいモノでも見つけたと言わんばかりに、嬉々とした調子で言葉を紡ぐ。
「おやおやおや? 薄群青殿、今ここで何をしておいでで? いやはやまさか、持ち込んだ汚泥を結界内に放流する真っ最中でしたか? ええ、大変申し訳ない! 邪魔をしてしまったようで!!」
「……あ?」
一瞬何を言われたのか全く分からなかった。停まった思考がしかし、ややあってゆっくりと自身の行動履歴を思い起こさせる。
召喚士の困惑した様子を見て全てを悟った。間が悪く、汚泥に変化した物体を拾った所から今までの出来事を見られていたのではないだろうか。確かに、見ようによっては薄群青が町に汚泥を放ったように見えなくもない。
背筋に嫌な汗が伝う。冤罪を着せられるのは困る。何せ、自分が裏切者でない事は自分自身がよく知っている事実だ。薄群青が裏切者と判断され、処理されてしまえば本当の裏切者が除けていないのに事件解決と相成ってしまう。
誤解を解かなければ。しかし、烏羽の愉しげな表情。とてもではないが、こちらの意見を尊重してくれるとは思えない。
口論であの烏羽に勝てるとは思えないが、とにかく召喚士の説得を。裏切者を処理出来ず、解決扱いが考え得る限り最悪の状況となる。
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