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四杯目:サングリア
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洋風酒場LINOで飲むならば? と問われたら皆、三者三様の答えを出すだろう。その人の好みに沿って呑むのが酒だからだ。
だがあえて共通点を見出すのであれば自家製の赤サングリアだろう。どんなフルーツを使用しているか、その全てを店主は語らないが柑橘系をメインに使用されたそれは、ワイン独特の酸味やフルーツの甘みを絶妙に感じさせるものである。
先日雨の日に訪れた彼女もそんな一人と相成り、いまや常連といっても良いだろうほど通いつめている。あまりにも来すぎて心配した店主との、本分である学生業は疎かにしないという約束を守りながらであるが。
「本当にここは良いですね。落ち着きます」
「そうですか? それなら良いんですが」
カジュアルバーに分類されるLINOは時間帯によっては騒がしくなることも少なくない。今この時間──午後の九時などはその盛りだ。落ち着く、という言葉には少々似合わない賑わいを見せている。
だというのに落ち着くと言われては、それはどうかと思ってしまう。反面人の感じ方は異なるものであるから、彼女がそう思うのならそうなのだろう。
別の客との会話をなんとはなしに聞きながらそんな風に考えていると、今日のパスタはまだあるのか問われた。
「ええ、丁度一人前」
「やった。じゃあ季節限定の方をください」
「かしこまりました」
飲みながら食べる、食べながら呑む。酒飲みなら当たり前の行為であるが、晩酌となれば話は別だ。まして彼女の年頃であればインターネットで人気になりそうなもの──例えば野菜スティックやミニグラタンといったやつだ──を頼みそうであるし、実際最初の頃はそうしていたようだ。
しかしある日、同じ常連である同年代の男性から言われた言葉から彼女の食べ方が変わった。
『晩酌しながら店主と話すのも楽しいんだよ。それにここのパスタはどれも絶品だから一回は食べてみて』
一度だけ、と思って助言を実行してみた彼女は、主食を食べながら呑むことにすっかりハマった。何よりコストパフォーマンスが最高に良い。いくら値段が安めの店とはいえ、貧乏学生には外食、それも飲み屋となれば痛い出費だ。
それがちょっとだけ豪華な夕飯代と変わる──具体的に言ってしまうと半分近く抑えめになる上に、常時出されているミートパスタと季節のパスタが確かに美味い。おまけにサングリア、つまりワインに合わない訳がないのだ。
お酒を飲み始めてから太ったと話す彼女は、けれど最初に出会った頃より表情良く過ごしている様子が見られ、また彼女の誘いに乗った人らが時々一緒に訪れる。彼女いわく布教というやつだそうだ。
お店側としては贔屓も何もないが、気に入ってくれていると分かるだけでも嬉しいというもの。まして友人に紹介したくなるほどであれば尚更だ。
「お待たせしました、パスタです」
「ありがとうございます!」
湯気が立ち上る出来立てを頬張る彼女を見て、あの時自分の行なった行動がどう転ぶか分からないものだ、と思う店主であった。
だがあえて共通点を見出すのであれば自家製の赤サングリアだろう。どんなフルーツを使用しているか、その全てを店主は語らないが柑橘系をメインに使用されたそれは、ワイン独特の酸味やフルーツの甘みを絶妙に感じさせるものである。
先日雨の日に訪れた彼女もそんな一人と相成り、いまや常連といっても良いだろうほど通いつめている。あまりにも来すぎて心配した店主との、本分である学生業は疎かにしないという約束を守りながらであるが。
「本当にここは良いですね。落ち着きます」
「そうですか? それなら良いんですが」
カジュアルバーに分類されるLINOは時間帯によっては騒がしくなることも少なくない。今この時間──午後の九時などはその盛りだ。落ち着く、という言葉には少々似合わない賑わいを見せている。
だというのに落ち着くと言われては、それはどうかと思ってしまう。反面人の感じ方は異なるものであるから、彼女がそう思うのならそうなのだろう。
別の客との会話をなんとはなしに聞きながらそんな風に考えていると、今日のパスタはまだあるのか問われた。
「ええ、丁度一人前」
「やった。じゃあ季節限定の方をください」
「かしこまりました」
飲みながら食べる、食べながら呑む。酒飲みなら当たり前の行為であるが、晩酌となれば話は別だ。まして彼女の年頃であればインターネットで人気になりそうなもの──例えば野菜スティックやミニグラタンといったやつだ──を頼みそうであるし、実際最初の頃はそうしていたようだ。
しかしある日、同じ常連である同年代の男性から言われた言葉から彼女の食べ方が変わった。
『晩酌しながら店主と話すのも楽しいんだよ。それにここのパスタはどれも絶品だから一回は食べてみて』
一度だけ、と思って助言を実行してみた彼女は、主食を食べながら呑むことにすっかりハマった。何よりコストパフォーマンスが最高に良い。いくら値段が安めの店とはいえ、貧乏学生には外食、それも飲み屋となれば痛い出費だ。
それがちょっとだけ豪華な夕飯代と変わる──具体的に言ってしまうと半分近く抑えめになる上に、常時出されているミートパスタと季節のパスタが確かに美味い。おまけにサングリア、つまりワインに合わない訳がないのだ。
お酒を飲み始めてから太ったと話す彼女は、けれど最初に出会った頃より表情良く過ごしている様子が見られ、また彼女の誘いに乗った人らが時々一緒に訪れる。彼女いわく布教というやつだそうだ。
お店側としては贔屓も何もないが、気に入ってくれていると分かるだけでも嬉しいというもの。まして友人に紹介したくなるほどであれば尚更だ。
「お待たせしました、パスタです」
「ありがとうございます!」
湯気が立ち上る出来立てを頬張る彼女を見て、あの時自分の行なった行動がどう転ぶか分からないものだ、と思う店主であった。
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