2 / 5
二杯目:シャンディガフ
しおりを挟む
H駅からさほど離れていないマンションの二階。階段からしか入れず、その店しかその階はない。しかし窓から線路までは車一つ分の道を挟んですぐで、ほとんど目の前を通過する。Bar Leverの売りの一つだ。
もう一つの売りはビールだ。ビアバーというわけではないが地ビールを仕入れており、またそれらに関連して地元産野菜を使った日替わりサラダやメニューを推している。今のところ好評ではあるが、身内贔屓も込みであることも考えるとここからだとマスターは感じていた。
「やっぱり日曜日だと暇ですねー……」
バイトの子がぼやきながらグラスを磨くのに苦笑しながらマスターも同意する。ぽつぽつ人は来てくれるが、やはり明日から仕事という人は多い。顔見知りのほとんどももう帰ってしまい、店にはマスターを含めた従業員二人しかいない。
この調子が続くようなら今日は終いにしようかと思っていると、カランと扉の開く音がした。入口に目を向けると覚えのない青年がこちらを不安そうに見ている。
もうそろそろ日付が変わる頃であることから、てっきり常連の誰かかと思えば違ったことにマスターは少なからず驚いた。無論、それを顔には出さないが。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
「あ、はい。えっと、まだやってますかね……」
「ええ、やっていますよ」
そう答えるとホッとした顔つきになり、入り口に最も近いカウンターへ腰かけた。お客さんがいないから終わったかと思った、と言うのに、確かにこれを見ると焦りますよね、と話を合わせていく。実際、誰もいない静かな店内へ入るというのは存外勇気がいる。
見た目20代に見える男性には尚更ハードルは高く感じるだろうとマスターは思いながら何を注文するか伺った。
「トビをお願いします」
トビとは売っている地ビールの愛称だ。ただしそれを使う人は限られており、ほとんどは子どもの頃から住んでいるといった人だ。つまりこの青年もこの地域で育ってきた、ということを指し示していた。
ビールサーバーから注ぎながら飲んだことがあるのか聞いてみると、実はまだなくて今回が初だという。この街から地ビールが売られ始めたことは人づてに聞いていたが、系列会社の視察や監査で地方へ行っていて中々飲めなかったらしい。久方ぶりに帰ってきて街を歩いていたところ、階段下にある看板を見つけ『トビあります』の文字を見た瞬間入ろうと決意した、と語ってくれた。
「……実は、ビール自体あまり好きじゃなくて。多分一生のうちで今日しかトビも飲まないと思います」
美味さが分かれば別かもしれませんが、と言ってくれたのは、渡したグラスが半分になる頃だった。
それなら、とある提案をしてみることにした。好みはあって当たり前だが、苦手なもの、知らないものにチャレンジするというのも人によっては魅力的にうつるものだ。
ならばそれを手助けし、よりお酒を楽しめるようにするのもまた、バーテンダーの仕事だとマスターは思う。
「では、シャンディガフはいかがでしょうか?」
「シャンディガフ、って、ジンジャーエールで割ったあれですか?」
「はい。こうした、少し個性の強いビールにも合うんですよ」
もちろん、合うようにジンジャーエールを甘くするか辛くするか、生姜の風味が違う為メーカーをどうしていくかという工夫はするが、どちらにせよビールの苦味が抑えられ飲みやすくなる。
他にもトマトジュースで割ったレッドアイや透明なレモンフレーバーの炭酸水で割ったパナシェといったビヤカクテルもあるが、パナシェはともかくレッドアイは好き嫌いが分かれやすい上、地ビールの個性といわれるクセを楽しみつつ、という条件も加味すれば今回は外すことにした。
となれば二択だが、正直それこそ好みの差だとしかマスターには言えない。トビは苦味が少ない為ビールが苦手な人でも比較的飲みやすいが、後味にクセがくる。そこに苦手意識を感じるなら、両方とも合っていると言えなくもない。違いは甘いか辛いかスッキリした感じがくるか、だ。
けれど最初からビールが苦手ならば、比較的どこの店にもあって、と考えていくとパナシェは居酒屋で見かけることは少ない。あるにはあるが、当たり外れが結構激しい。その点で言えば差が少なく、メニューに載っていることの多いシャンディガフなら、という思いがあった。
「ああ、本当だ。美味しいですね。俺ハマりそうです」
「それなら勧めたかいがあった、というものです」
これがきっかけになってくれたら、と思わずにはいられないマスターであった。
もう一つの売りはビールだ。ビアバーというわけではないが地ビールを仕入れており、またそれらに関連して地元産野菜を使った日替わりサラダやメニューを推している。今のところ好評ではあるが、身内贔屓も込みであることも考えるとここからだとマスターは感じていた。
「やっぱり日曜日だと暇ですねー……」
バイトの子がぼやきながらグラスを磨くのに苦笑しながらマスターも同意する。ぽつぽつ人は来てくれるが、やはり明日から仕事という人は多い。顔見知りのほとんどももう帰ってしまい、店にはマスターを含めた従業員二人しかいない。
この調子が続くようなら今日は終いにしようかと思っていると、カランと扉の開く音がした。入口に目を向けると覚えのない青年がこちらを不安そうに見ている。
もうそろそろ日付が変わる頃であることから、てっきり常連の誰かかと思えば違ったことにマスターは少なからず驚いた。無論、それを顔には出さないが。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
「あ、はい。えっと、まだやってますかね……」
「ええ、やっていますよ」
そう答えるとホッとした顔つきになり、入り口に最も近いカウンターへ腰かけた。お客さんがいないから終わったかと思った、と言うのに、確かにこれを見ると焦りますよね、と話を合わせていく。実際、誰もいない静かな店内へ入るというのは存外勇気がいる。
見た目20代に見える男性には尚更ハードルは高く感じるだろうとマスターは思いながら何を注文するか伺った。
「トビをお願いします」
トビとは売っている地ビールの愛称だ。ただしそれを使う人は限られており、ほとんどは子どもの頃から住んでいるといった人だ。つまりこの青年もこの地域で育ってきた、ということを指し示していた。
ビールサーバーから注ぎながら飲んだことがあるのか聞いてみると、実はまだなくて今回が初だという。この街から地ビールが売られ始めたことは人づてに聞いていたが、系列会社の視察や監査で地方へ行っていて中々飲めなかったらしい。久方ぶりに帰ってきて街を歩いていたところ、階段下にある看板を見つけ『トビあります』の文字を見た瞬間入ろうと決意した、と語ってくれた。
「……実は、ビール自体あまり好きじゃなくて。多分一生のうちで今日しかトビも飲まないと思います」
美味さが分かれば別かもしれませんが、と言ってくれたのは、渡したグラスが半分になる頃だった。
それなら、とある提案をしてみることにした。好みはあって当たり前だが、苦手なもの、知らないものにチャレンジするというのも人によっては魅力的にうつるものだ。
ならばそれを手助けし、よりお酒を楽しめるようにするのもまた、バーテンダーの仕事だとマスターは思う。
「では、シャンディガフはいかがでしょうか?」
「シャンディガフ、って、ジンジャーエールで割ったあれですか?」
「はい。こうした、少し個性の強いビールにも合うんですよ」
もちろん、合うようにジンジャーエールを甘くするか辛くするか、生姜の風味が違う為メーカーをどうしていくかという工夫はするが、どちらにせよビールの苦味が抑えられ飲みやすくなる。
他にもトマトジュースで割ったレッドアイや透明なレモンフレーバーの炭酸水で割ったパナシェといったビヤカクテルもあるが、パナシェはともかくレッドアイは好き嫌いが分かれやすい上、地ビールの個性といわれるクセを楽しみつつ、という条件も加味すれば今回は外すことにした。
となれば二択だが、正直それこそ好みの差だとしかマスターには言えない。トビは苦味が少ない為ビールが苦手な人でも比較的飲みやすいが、後味にクセがくる。そこに苦手意識を感じるなら、両方とも合っていると言えなくもない。違いは甘いか辛いかスッキリした感じがくるか、だ。
けれど最初からビールが苦手ならば、比較的どこの店にもあって、と考えていくとパナシェは居酒屋で見かけることは少ない。あるにはあるが、当たり外れが結構激しい。その点で言えば差が少なく、メニューに載っていることの多いシャンディガフなら、という思いがあった。
「ああ、本当だ。美味しいですね。俺ハマりそうです」
「それなら勧めたかいがあった、というものです」
これがきっかけになってくれたら、と思わずにはいられないマスターであった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる