染具羅譜(ゾグラフ)家の引越し

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お母さんがいない

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 どうして?・・・・お母さん・・・・お母さん自分でしぶといって言ってたじゃないか! 

雨が降っていた。

傘をさし、生まれたばかりの彬を抱っこして、僕は空を見上げた。煙突から白い煙が立ち上る。

 お母さん・・・お母さん・・・

お母さんがいない。呼んでも返事をしてくれない・・・お母さん・・・

真っ暗な家。電気を点けていても真っ暗。母親は家庭の太陽。本当だね。お母さんがいないと、真っ暗だ。

 何もする気が起きず、僕たち家族は、しばらく家に閉じこもった。父の落胆ぶりは誰よりも激しかった。
寝室からまったく出てこなくなった。兄も何も言わず、僕と一緒に家事をしてくれていた。

「おぎゃー おぎゃー」

 彬が泣いてる。おむつかな?ミルクかな?
僕は、彬をそっと抱きかかえた。生まれたばかりの赤ちゃん。本当はお母さんと一緒に赤ちゃんの面倒を見るはずだったのに・・・僕は、彬をギュっと抱きしめた。

 お医者さんの話によると、お母さんは生まれたての彬を腕に抱き、ニッコリ笑って「リン・・・会えてよかった」と言ったそうだ。その後すぐ、容態が急変したと・・・
僕は、この話を聞いたとき、お母さんとの約束を思い出した。

「宙。お兄ちゃんになるんだよ。いっぱい可愛がってあげてね」

 お母さんがいなくなって悲しい・・・寂しい・・・辛い・・・だけど・・・お母さんと約束した。僕が彬を育てる!今はお母さんとの約束があるから・・・彬がいるから・・・僕は保っていられる。

「彬。お腹すいたね。ミルク作るね」

彬が泣くと必ずミーが、彬の柔らかなほっぺにスリスリしている。まるであやしているみたいに・・・

「ミーもう少し、彬を見ていてくれる?ミルク作ってくるから」

元々、ミーはこちらの言ってることが分かっているようなネコだ。当たり前のように頼んだ。

「ナーン」

ミーは呼ばれたら、必ず返事をしてくれる。僕はミルクを作りに台所へ行った。

「宙。お兄ちゃん買い物に行ってくるけど、何買ってくればいい?」
「あっ!もうそんな時間?今日の夕飯、カレーにしようかな?」
「分かった。材料買ってくるな」
「おねがい」

 僕たちは必要最低限の会話しか、しなくなった。

寂しい・・・辛い・・・悲しい・・・家族全員が同じ気持ちなのに・・・自分だけ泣いちゃいけない!って。悲しんじゃいけないって!我慢している。吐き出せないまま胸の中に悲しみか溜まってゆく。

お兄ちゃんも僕も、一度も涙を流していない・・・・



「シャー!!」

 ミーが威嚇するように鳴いてる。ハッとして起きた。深夜2時。僕のベッドの隣にベビーベッドを置き、そこに彬を寝かせていた。月明かりがベビーベッドの傍らに佇む人を照らす・・・・父だ。

「お父さん・・・何してるの?」

ミーが家族を威嚇するなんてあり得ないのに・・・彬を守るようにして、父を威嚇している・・・

「宙・・・・すまない。お父さん・・・・お母さんがいないと生きていけないんだ・・・お母さんの所へ行くよ。この子を連れて、お母さんに会いに行く・・・・」

覇気のない、やつれた姿。だが目だけが爛々と光っている父。

彬に手を出した。
その時。

ミーに思いっきりひっかかれた。父の手から血が滲んでいる。それでも父は彬に手をだそうとしている。

「ダメー!!」

僕は、父を突き飛ばし彬を抱え、居間へ逃げた。騒ぎを聞き兄も居間へやってきた。

「宙!どうした!?」

「お兄ちゃん!お父さんが・・・」

 僕の腕の中で彬が火がついたように泣いている。僕と彬を守るように立ちふさがり、威嚇するミー。その先にはやつれて、手から血を垂らしている父。ただ事ではないと察した兄が、父に迫る。

「親父!!何してるんだ!」

兄が父にむかって怒鳴る。ぼんやりした父は、ようやく焦点があったようで兄と僕を確認した。

「ああ・・・陸・・・宙・・・お父さん、お母さんに会いに行くよ・・・そこ子を寄越しなさい」

 血が出た手を差し出しながらお父さんがゆっくり近づいてくる・・・お父さんが壊れちゃった・・・

がっ!!ミーが飛び上がり父の横っ面をおもいっきり!張り倒した。究極のネコパンチで。

ドガン!!!

父が吹っ飛んだ。心なしかミーが巨大化したように一瞬見えた。ミーはスタスタと張り倒した、父の前に行き、父の目をジーっと見ている。

「リリー・・・」小さな声でつぶやいた。

「お父さん!!お母さんが死んだのは、彬のせいなの?彬がいけないの?違うでしょ?彬を見て!彬が悪い訳じゃないでしょ!お父さん一度も彬を抱っこしてないでしょ!おねがい!!彬を見て!僕たちを見て!!」

涙をボロボロ流しながら父に叫んだ。そして初めて母が死んだと言葉に出した。母が亡くなって初めて泣いた。その後、耐え切れず彬を抱きしめたまま、わんわん泣いた。

「親父・・・母さんに会いたきゃー1人で会いに行け!彬を道ずれにするな!そしてノコノコ会いに行って、今みたいに張り倒されて来い!!母さんなら絶対張り倒すぞ!そして絶~対!!喜ばない!」

兄が僕の肩を抱き、父に止めを刺した。

吹っ飛ばされた父はその場で土下座した。そして

「すまなかった!!陸。宙。彬。お父さんが一番弱かったな!みんな辛いのに我慢させてすまん!!まさかミーにぶっ飛ばされるとは思いもしなかった。気のせいかもしれないが、ミーの後ろにお母さんが般若のような顔で立ってた。いや!気のせいじゃないな!きっとお母さんだな。弱いお父さんを叱りに来た。すまない!本当にすまなかった!」

先ほどとは打って変わって、いつものお父さんに戻った。僕は涙を拭いてお父さんに近づいた。

「お父さん・・・彬だよ。お母さんにそっくりだね」

僕は、お父さんに彬を差し出した。お父さんは危なげなく彬を抱っこした。さずが3人の子持ちのパパだ。

「彬ちゃん・・・ゴメンね。ずっと構ってやらず、ほっといて・・・・パパちゃんこれから彬ちゃんを、ちゃんと見ていくよ・・・かわいいね・・・本当にお母さんそっくりだ・・・」

父は泣き笑いで彬を抱きしめた・・・・・・

「親父・・・・彬のおむつ替えてやれ!たぶんそのギャン泣きはおむつだろう?それか知らねーおっさんに抱っこされてるのが嫌なんじゃねー  うひゃひゃひゃ・・・親父って認識されてないんだろ!ざまー 今までほっといた天罰が下ってやんのー」

兄は父に指をさしながらあざ笑った。ヒーヒー言いながら笑っている。僕も釣られて笑った。

「そんなことある訳なかろう!彬ちゃん。パパちゃんだよ~ベロベロバー」

父は必死に彬をあやしているが、一向に泣き止む気配はない!自業自得だね。

 お母さんがいなくて、寂しい・・・辛い・・・悲しい・・・けど僕たちは生きている。朝になれば、目が覚める。この体は動く。動けばお腹もすく。ごはんも食べる。そして笑うのも当たり前だ。生きているんだから・・・・この日をさかえに、僕たちは笑えるようになった。だって生きてるんだから。
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