上 下
3 / 40
本編

神子、聖王に結婚を申し込む

しおりを挟む
 肩にかけられたマントに触れ、生地の上質さを知る。
 恐る恐る見上げた男の容姿に、イリアはたじろいだ。
 濡れたような黒髪は目にかかるぐらいの長さしかなく、男の端整な顔立ちが露わになっていたからだ。
 切れ長の目に、くっきりした眉は意思の強さを物語っていた。
 にもかかわらず。
 保たれる無表情に、イリアは不穏な空気を感じざるを得ない。

 ファンタジアには多数の神が存在することから、多神教が信仰されている。
 それを統括しているのが、他でもない宗教国家たるオラトリオだ。
 世界各地に神殿を造り、教義を広めることによって、小国ながらも確固たる地位を築いていた。

 王政ではあるものの、独自の軍は持たず、国としては永久中立を表明している。
 そんなオラトリオにあって、神子は神に次ぐ存在であり、平和の象徴だ。
 いわば信仰の対象に近い。

(なのに何故、疎まれているんですか?)

 オラトリオの王は、教皇を兼ねるため「聖王」と呼ばれる。
 その聖王が、神以外で唯一かしずく存在が、神子だった。

(ずっと眠っていたから、邪魔者扱いされてるとか?)

 ――世が乱れるとき、神子は人を導くため宿魂する。

 オラトリオにある伝承の一説だが、これはプレイヤーである「ソトビト」の現れを示唆していた。
 神子はそれまで、ただ眠り続ける。
 魂だけが抜けたような状態であることから、オラトリオは神子の目覚めを「宿魂」と称した。
 ファンタジアにおいて、「そういう設定」が神子にはあるのだ。
 イリアの金色の瞳が、思案げに瞬く。
 髪色と同じ白い睫毛が揺れ、目元に影を作った。

(とりあえず、システムを確認しましょう)

 NPCは自由に行動するものの、イベントがあればそれに従う。
 プレイヤー向けのイベントが影響している可能性もあり、いったん不穏な空気について考えるのは後回しにした。

(まずは管理画面……おおっ、これは便利ですね)

 意識するだけで管理画面が視界に現れる。
 普段なら必要なタイピングも、考えるだけで画面に文字が躍った。
 管理画面では、イベントに必要なフラグは立っているかなど、プレイヤーの行動ログを閲覧できる。プレイヤーIDの変わりに、キャラ名を入れればNPCの行動も把握可能だった。
 しかし表示されるのはプログラミング言語なので、馴染みのない者が見れば、ちんぷんかんぷんだろう。
 これを使えば、プレイヤーのアカウントも停止できる。

(次はステータスでしょうか)

 イリアは、GMのアバターとして用意されているので、全てがMAX値だ。
 レベルもカンストしている。

(スキルも全部解放されていて……うん、これ以上見るのはやめましょう)

 仕事上、スキルは一通り頭に入っている。
 多すぎるスキルの羅列に、改めて確認するのはやめた。
 イリアの称号は、「人を導く者」。
 プレイヤーは進めるイベントによって称号が変わり、達成すると任意で付け替えが可能になる。
 しかしNPCの称号は固定で、持つ者はイベントに関わることを意味していた。
 イリアはイベントに関わらないものの、GMとしてサポートにあたるため用意されたんだろう。
 こんなものでしょうか、と人心地ついたところで、黙っていた男が口を開く。

「落ち着いたか」
「あ……」

(すっかり忘れていました。これは他のゲームと違うんですから、何かしら声をかけておかないと!)

 男にしてみれば、ずっと放置されていた状態である。
 心証を更に悪くしかねないと、慌てて答えた。

「大丈夫です。えっと……あなたは?」

 鈴の音のような声だった。
 誰の声だと一瞬戸惑うものの、すぐにこれがイリアの声なのだと理解する。

「余は、エヴァルド・レ・オラトリオ。今代の聖王を務めている」

 エヴァルドの答えに合わせて、ピッと彼のステータスが表示された。
 スキルの中には【鑑定無効】があったけれど、イリアには通用しなかったようだ。
 年は二十二歳と若いものの、職業には「聖王」としっかり記されている。
 黒い詰め襟の装いは神父を連想させるが、分厚い生地で作られた植物柄のストールや、金糸で刺繍されているケープがその立場をわからせた。
 そこにビロードのマントを羽織っているとなれば、なおさら。

(よ、よりにもよって聖王を放置してたんですか!? ……あれ? でも好感度はMAXですね)

 相手がNPCとはいえ、対応を間違えれば好感度は下がる。
 そしてファンタジアは成人指定されてるだけあって、好感度の高いNPCと色々できた。
 プレイヤー同士だけじゃなく、多種多様なNPCとの結婚も売りの一つなのだ。
 エヴァルドの称号は、「神子を守る者」。
 称号持ちということは、イベントに関わるNPCだ。
 流石に称号持ちとは自由に結婚できないだろうと、好感度に焦点を合わせる。
 すると。

【結婚しますか?】
 はい
 いいえ

「は……?」
「何だ?」

 もちろん表示されたウィンドウは、エヴァルドには見えない。
 眉根を寄せるエヴァルドの顔は、威圧感があり……端的にいって怖かった。

(全然、好感度MAXに見えないんですけど!?)

 ステータスの表示バグだろうか?
 それはそれで検証しておく必要がある。
 ならばと、軽い気持ちで「はい」を選択した。

「エヴァルド、私と結婚してください」
「……今、何と?」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

改稿版 婚約破棄の代償

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,483pt お気に入り:856

転生したらハムハムすることに夢中です。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:818pt お気に入り:197

最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

BL / 連載中 24h.ポイント:8,037pt お気に入り:870

乙女ゲーム関連 短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,427pt お気に入り:156

【完結】ナルシストな僕のオナホが繋がる先は

BL / 完結 24h.ポイント:589pt お気に入り:1,587

エロゲー主人公に転生したのに悪役若様に求愛されております

BL / 完結 24h.ポイント:269pt お気に入り:1,453

痴漢冤罪に遭わない為にー小説版・こうして痴漢冤罪は作られるー

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:668pt お気に入り:0

サレ妻♂になりまして、イチから恋愛始めます。

BL / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:35

処理中です...