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本編
神子、聖王に結婚を申し込む
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肩にかけられたマントに触れ、生地の上質さを知る。
恐る恐る見上げた男の容姿に、イリアはたじろいだ。
濡れたような黒髪は目にかかるぐらいの長さしかなく、男の端整な顔立ちが露わになっていたからだ。
切れ長の目に、くっきりした眉は意思の強さを物語っていた。
にもかかわらず。
保たれる無表情に、イリアは不穏な空気を感じざるを得ない。
ファンタジアには多数の神が存在することから、多神教が信仰されている。
それを統括しているのが、他でもない宗教国家たるオラトリオだ。
世界各地に神殿を造り、教義を広めることによって、小国ながらも確固たる地位を築いていた。
王政ではあるものの、独自の軍は持たず、国としては永久中立を表明している。
そんなオラトリオにあって、神子は神に次ぐ存在であり、平和の象徴だ。
いわば信仰の対象に近い。
(なのに何故、疎まれているんですか?)
オラトリオの王は、教皇を兼ねるため「聖王」と呼ばれる。
その聖王が、神以外で唯一かしずく存在が、神子だった。
(ずっと眠っていたから、邪魔者扱いされてるとか?)
――世が乱れるとき、神子は人を導くため宿魂する。
オラトリオにある伝承の一説だが、これはプレイヤーである「ソトビト」の現れを示唆していた。
神子はそれまで、ただ眠り続ける。
魂だけが抜けたような状態であることから、オラトリオは神子の目覚めを「宿魂」と称した。
ファンタジアにおいて、「そういう設定」が神子にはあるのだ。
イリアの金色の瞳が、思案げに瞬く。
髪色と同じ白い睫毛が揺れ、目元に影を作った。
(とりあえず、システムを確認しましょう)
NPCは自由に行動するものの、イベントがあればそれに従う。
プレイヤー向けのイベントが影響している可能性もあり、いったん不穏な空気について考えるのは後回しにした。
(まずは管理画面……おおっ、これは便利ですね)
意識するだけで管理画面が視界に現れる。
普段なら必要なタイピングも、考えるだけで画面に文字が躍った。
管理画面では、イベントに必要なフラグは立っているかなど、プレイヤーの行動ログを閲覧できる。プレイヤーIDの変わりに、キャラ名を入れればNPCの行動も把握可能だった。
しかし表示されるのはプログラミング言語なので、馴染みのない者が見れば、ちんぷんかんぷんだろう。
これを使えば、プレイヤーのアカウントも停止できる。
(次はステータスでしょうか)
イリアは、GMのアバターとして用意されているので、全てがMAX値だ。
レベルもカンストしている。
(スキルも全部解放されていて……うん、これ以上見るのはやめましょう)
仕事上、スキルは一通り頭に入っている。
多すぎるスキルの羅列に、改めて確認するのはやめた。
イリアの称号は、「人を導く者」。
プレイヤーは進めるイベントによって称号が変わり、達成すると任意で付け替えが可能になる。
しかしNPCの称号は固定で、持つ者はイベントに関わることを意味していた。
イリアはイベントに関わらないものの、GMとしてサポートにあたるため用意されたんだろう。
こんなものでしょうか、と人心地ついたところで、黙っていた男が口を開く。
「落ち着いたか」
「あ……」
(すっかり忘れていました。これは他のゲームと違うんですから、何かしら声をかけておかないと!)
男にしてみれば、ずっと放置されていた状態である。
心証を更に悪くしかねないと、慌てて答えた。
「大丈夫です。えっと……あなたは?」
鈴の音のような声だった。
誰の声だと一瞬戸惑うものの、すぐにこれがイリアの声なのだと理解する。
「余は、エヴァルド・レ・オラトリオ。今代の聖王を務めている」
エヴァルドの答えに合わせて、ピッと彼のステータスが表示された。
スキルの中には【鑑定無効】があったけれど、イリアには通用しなかったようだ。
年は二十二歳と若いものの、職業には「聖王」としっかり記されている。
黒い詰め襟の装いは神父を連想させるが、分厚い生地で作られた植物柄のストールや、金糸で刺繍されているケープがその立場をわからせた。
そこにビロードのマントを羽織っているとなれば、なおさら。
(よ、よりにもよって聖王を放置してたんですか!? ……あれ? でも好感度はMAXですね)
相手がNPCとはいえ、対応を間違えれば好感度は下がる。
そしてファンタジアは成人指定されてるだけあって、好感度の高いNPCと色々できた。
プレイヤー同士だけじゃなく、多種多様なNPCとの結婚も売りの一つなのだ。
エヴァルドの称号は、「神子を守る者」。
称号持ちということは、イベントに関わるNPCだ。
流石に称号持ちとは自由に結婚できないだろうと、好感度に焦点を合わせる。
すると。
【結婚しますか?】
はい
いいえ
「は……?」
「何だ?」
もちろん表示されたウィンドウは、エヴァルドには見えない。
眉根を寄せるエヴァルドの顔は、威圧感があり……端的にいって怖かった。
(全然、好感度MAXに見えないんですけど!?)
ステータスの表示バグだろうか?
それはそれで検証しておく必要がある。
ならばと、軽い気持ちで「はい」を選択した。
「エヴァルド、私と結婚してください」
「……今、何と?」
恐る恐る見上げた男の容姿に、イリアはたじろいだ。
濡れたような黒髪は目にかかるぐらいの長さしかなく、男の端整な顔立ちが露わになっていたからだ。
切れ長の目に、くっきりした眉は意思の強さを物語っていた。
にもかかわらず。
保たれる無表情に、イリアは不穏な空気を感じざるを得ない。
ファンタジアには多数の神が存在することから、多神教が信仰されている。
それを統括しているのが、他でもない宗教国家たるオラトリオだ。
世界各地に神殿を造り、教義を広めることによって、小国ながらも確固たる地位を築いていた。
王政ではあるものの、独自の軍は持たず、国としては永久中立を表明している。
そんなオラトリオにあって、神子は神に次ぐ存在であり、平和の象徴だ。
いわば信仰の対象に近い。
(なのに何故、疎まれているんですか?)
オラトリオの王は、教皇を兼ねるため「聖王」と呼ばれる。
その聖王が、神以外で唯一かしずく存在が、神子だった。
(ずっと眠っていたから、邪魔者扱いされてるとか?)
――世が乱れるとき、神子は人を導くため宿魂する。
オラトリオにある伝承の一説だが、これはプレイヤーである「ソトビト」の現れを示唆していた。
神子はそれまで、ただ眠り続ける。
魂だけが抜けたような状態であることから、オラトリオは神子の目覚めを「宿魂」と称した。
ファンタジアにおいて、「そういう設定」が神子にはあるのだ。
イリアの金色の瞳が、思案げに瞬く。
髪色と同じ白い睫毛が揺れ、目元に影を作った。
(とりあえず、システムを確認しましょう)
NPCは自由に行動するものの、イベントがあればそれに従う。
プレイヤー向けのイベントが影響している可能性もあり、いったん不穏な空気について考えるのは後回しにした。
(まずは管理画面……おおっ、これは便利ですね)
意識するだけで管理画面が視界に現れる。
普段なら必要なタイピングも、考えるだけで画面に文字が躍った。
管理画面では、イベントに必要なフラグは立っているかなど、プレイヤーの行動ログを閲覧できる。プレイヤーIDの変わりに、キャラ名を入れればNPCの行動も把握可能だった。
しかし表示されるのはプログラミング言語なので、馴染みのない者が見れば、ちんぷんかんぷんだろう。
これを使えば、プレイヤーのアカウントも停止できる。
(次はステータスでしょうか)
イリアは、GMのアバターとして用意されているので、全てがMAX値だ。
レベルもカンストしている。
(スキルも全部解放されていて……うん、これ以上見るのはやめましょう)
仕事上、スキルは一通り頭に入っている。
多すぎるスキルの羅列に、改めて確認するのはやめた。
イリアの称号は、「人を導く者」。
プレイヤーは進めるイベントによって称号が変わり、達成すると任意で付け替えが可能になる。
しかしNPCの称号は固定で、持つ者はイベントに関わることを意味していた。
イリアはイベントに関わらないものの、GMとしてサポートにあたるため用意されたんだろう。
こんなものでしょうか、と人心地ついたところで、黙っていた男が口を開く。
「落ち着いたか」
「あ……」
(すっかり忘れていました。これは他のゲームと違うんですから、何かしら声をかけておかないと!)
男にしてみれば、ずっと放置されていた状態である。
心証を更に悪くしかねないと、慌てて答えた。
「大丈夫です。えっと……あなたは?」
鈴の音のような声だった。
誰の声だと一瞬戸惑うものの、すぐにこれがイリアの声なのだと理解する。
「余は、エヴァルド・レ・オラトリオ。今代の聖王を務めている」
エヴァルドの答えに合わせて、ピッと彼のステータスが表示された。
スキルの中には【鑑定無効】があったけれど、イリアには通用しなかったようだ。
年は二十二歳と若いものの、職業には「聖王」としっかり記されている。
黒い詰め襟の装いは神父を連想させるが、分厚い生地で作られた植物柄のストールや、金糸で刺繍されているケープがその立場をわからせた。
そこにビロードのマントを羽織っているとなれば、なおさら。
(よ、よりにもよって聖王を放置してたんですか!? ……あれ? でも好感度はMAXですね)
相手がNPCとはいえ、対応を間違えれば好感度は下がる。
そしてファンタジアは成人指定されてるだけあって、好感度の高いNPCと色々できた。
プレイヤー同士だけじゃなく、多種多様なNPCとの結婚も売りの一つなのだ。
エヴァルドの称号は、「神子を守る者」。
称号持ちということは、イベントに関わるNPCだ。
流石に称号持ちとは自由に結婚できないだろうと、好感度に焦点を合わせる。
すると。
【結婚しますか?】
はい
いいえ
「は……?」
「何だ?」
もちろん表示されたウィンドウは、エヴァルドには見えない。
眉根を寄せるエヴァルドの顔は、威圧感があり……端的にいって怖かった。
(全然、好感度MAXに見えないんですけど!?)
ステータスの表示バグだろうか?
それはそれで検証しておく必要がある。
ならばと、軽い気持ちで「はい」を選択した。
「エヴァルド、私と結婚してください」
「……今、何と?」
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