神子ですか? いいえ、GMです。でも聖王に溺愛されるのは想定外です!

楢山幕府

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本編

モフモフの逃げ込み先は胸元

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「それにしても、みんな若いのによく事情を知っていますね」
「これぐらい当然です! じゃないと試験に受かれませんから!」

 王家の内情は、時事問題扱いなのだろうか。
 けれど実際、教えてもらえて助かっている。

(兄弟の確執……イベントもこれに関するものでしょうか)

 エヴァルドにも、ヴィルフレードにも称号があることを考えれば、可能性は高い。
 プレイヤーが関わることで、二人の決着がつく、という感じだろうか。

「神子様、日が暮れてきましたし、寝室に戻られませんか?」
「そうですね、戻りましょうか」

 二階の案内が終わっていないものの、ファビオたち神子の世話係用の部屋として使っているぐらいとのこと。
 寝室にはファビオしか入れないので、他の子たちとは中庭で別れる。

「夜間の明かりはロウソクだけですから、出歩かれるのはおすすめしません」
「食堂はどうしているのです?」
「食堂や各部屋には照明用の魔導具が設置されています。固定して使うものなので、持ち歩くことはできません」

 詳しく訊けば、設置する場所にも魔法陣を書かないといけないらしい。
 基本的に魔導具は固定して使い、台所には冷蔵庫もあるが、一度決めた場所から移動させられないという。
 不便はないけれど、娯楽が少ない分、夜は長そうだった。

「ホワイティも入れていいのですか?」
「え?」

 何も考えず、ホワイティを抱いて寝室に入っていた。

「聖王様とぼくだけ、とのことでしたが」
「問題ありますか?」
「いえ、神子様がよろしいなら大丈夫……ですかね?」
「大丈夫でしょう」

 エヴァルドもフェネックの幼体に目くじらは立てないはずだ。
 【鑑定】で調べて、ホワイティに危険がないことはわかっている。

 ――そう思っていた時期がありました。

「これは何だ?」
「きゅーん」

 宣言通り、エヴァルドが戻ってきたのは、夜も更けた夕食後だった。
 そして寝室にいるホワイティを見つけるなり、首根っこを掴み上げたのだ。
 今にも外へ放り出そうとするので、慌てて取り返す。
 エヴァルドが怖かったのか、ホワイティはイリアの手に戻るなり、その胸元へと潜り込んだ。

「この子は私が飼うと決めました」
「寝室には、余とファビオ以外入れるなと言ったであろう」
「フェネックの一匹ぐらい構わないでしょう?」

 エヴァルドは相変わらず威圧的だが、イリアも負けず睨み返す。
 両者譲らず、しばらく見つめ合う時間が続いた。
 先に折れたのはエヴァルドだった。

「……わかった。せめて胸から出せ」
「あなたが怖かったようで、出て来ないんですが」

 イリアが促しても、ホワイティは潜ったまま顔も出さない。

「ならば力ずくで」
「やめてくださいっ、何を考えてるんですか!?」

 エヴァルドがイリアの胸に手を入れようとしたので、身をかわして逃げた。乱暴にもほどがある。

「余は、外へ出そうと」
「落ち着いてからでいいでしょう。まだ幼いんですから、すぐに寝付きますよ」

 ホワイティを庇いながら、寝台に腰を下ろす。
 寝室には備え付けの椅子もあったけれど、寝台のほうが座り心地が良かった。

「そうだ、マントを借りたままでした。ありがとうございます」
「それは構わないが」

 手に取って返すものの、エヴァルドはホワイティが気になって仕方ないのか、イリアの胸元から目をそらさない。

「フェネックが苦手なんですか?」
「苦手なものか。そなたの胸にいるのが気に入らないだけだ」
「はぁ……」

 よくわからない心理である。
 当のイリアは懐かれて嬉しい限りだった。

(神子は神聖な存在だから、余計な動物がくっついているのも気に入らないんでしょうか)

「そなたに触れるのは余だけでいい」
「ちょっ」

 断りもなく、エヴァルドはイリアの隣に腰を下ろす。
 それだけでなく肩に手を回してきた。
 体が密着して焦る。

「ふ、ファビオも触れますし!」
「神子の世話係は数に入らない」
「あの、離れてくださいっ」
「人に馴れる手助けをすると言っただろう?」
「しなくていいです!」
「後日謁見もある。馴れていないと困るのはそなただぞ」
「え……」

 謁見?
 思い返せば、ヴィルフレードもそんなことを言っていた。

「謁見って何ですか?」
「神子が宿魂したのだ。大勢の者が会いたいがるに決まっておろう。謁見は、その中でも会う者を選んでおこなわれる」

 言わば、神子のお披露目会らしい。
 祝賀パーティーが大神殿で開かれるのだとか。

「き、聞いてませんよ!」
「すぐに言っても混乱するだけだろう? だから黙っていた。けれどいつかは、せねばならぬことだ」

 オラトリオにおいて、神子の存在は大きい。
 何せ神々の代弁者なのだから。実際はGMだけど。
 それこそ兄を差し置いて弟が王になるくらいには、影響力がある。
 聖王と神子が並んで謁見することで、聖王が「神子の守り人」であることを大々的に表明し、盤石の体制となるのだ。
 理屈はわかる。
 けれど――。

「どうして押し倒されなきゃいけないんですか!?」
「馴れておいたほうがいいのは、わかっただろう?」

 わかりません!
 座った状態からベッドに押し倒され、イリアは目を回す。
 嫌がらせにもほどがあった。
 エヴァルドの整った顔が近付くだけでドキドキする。

「謁見では、そこまで人に触れるのですか?」
「誰が触れさせるか。そなたは黙って余の隣で座っていればいい」
「だったら」

 この接触に何の意味が。
 続く言葉は、頬にキスされたことによって消えた。

「すぐ真っ赤になるな」
「か、からかわないでくださいっ」

 そんなに人をおちょくるのが楽しいのかと、下から睨みつける。
 するとエヴァルドはイリアの髪を一房持ち上げ、見せつけるかのように口付けた。

「誘ってるのか?」

 一瞬、何を言われたのか理解できない。
 考えが及ぶと、頭が沸騰しそうになった。

「な、な、誰が!?」
「この様子では、まだ人前に出せそうにないな」

 初心すぎる、そう溜息をつくと、エヴァルドは身を起こした。

「謁見を望む者のほとんどは老獪だ。弱みを見せればつけ込まれる。そなたを政治に関わらせるつもりは毛頭ないが、人は神子の世話係のように純粋な者ばかりではない」
「……」

 言いたいことはわかる。
 現にエヴァルドは、自分を付け狙う者たちと戦ってきたのだろうから。
 見ればまた、エヴァルドは眉間にシワを寄せていた。
 昔は気さくだったという彼。
 それが想像できないほど変わってしまった原因は、神子であるイリアの目覚めにある。

(単にからかっていたわけじゃないんですね……)

 エヴァルドとしては、人慣れしていないイリアに現実をわからせ、リスクを極力減らしたいのだ。
 王兄派とは未だ揉めているという。
 神子の存在がエヴァルドの足枷になる可能性を、イリア自身が否定できなかった。
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