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仮面の男は嬉しそうだった。
いや、事実嬉しいんだ。僕の弱点を見つけられたと、口に出して喜んでいる。
短剣を手にした仮面の男が、手元を仰ぎ見る。
「ふむ、年代ものだな。下僕も主人の剣で死ねるなら本望だろう?」
「やめろ、テディは関係ないだろ!?」
僕が目的なら、テディを傷つける必要はない。
けれど無情にも、男はテディに短剣を向ける。
「ふっ、こんなときでも、表情は変わらないのだな」
「僕が無表情なのは体質だ。変えたくても、変えられない」
「だが見たところ、感情はあるようだな。そうか、わたしは今まで騙されていたのか」
「悪いのは、僕だ」
テディじゃない。
「下僕のおこないも、主人が責任を負うべきだろう!?」
あえて下僕と言って叫んだ。
テディじゃない。
テディじゃないんだ。
傷つけられるのは。
「確かに、確かに。けれどわたしは、きみに泣いて欲しいのだ」
短剣の刃が、テディの喉にあてられる。
「やめろ……」
「きみは体質だと言った。さて、目の前で大事な下僕が惨殺されても、泣かずにいられるかな?」
「やめろっ、やめてくれ!」
「さぁ、実験といこうじゃないか」
石畳に拳を押し付ける。仮面の男を止めなければ。
起き上がるのは無理でも、テディのように足を使って……。
藻掻く僕に、仮面の男は視線だけ送って薄ら笑う。
「侯爵家でありながら、魔法を使えない程度の低さを呪うがいい」
魔法が何だって言うんだっ。
魔法が使えなくても父上は……、魔法を使わないことで、守っているのに!
闇が、怨が、誇大化しないように。
ウッドワード家の秘密を、知っているのは王家だけだ。
それでも守ってきた。
敵対されても、その相手すら守ってきたんだ。
魔力という代償を払うことで。
なのに。
なのに、僕はテディを守れない。
友達を、大事な人を守れない僕は、何なんだ。
僕は、僕は、僕は。
――力が欲しいか。
焦りで、思考が混濁する。
――力があれば、友を助けられる。
けど、僕には力がない。
――力はある。
それは、使ってはいけない力だ。
――では友を助けず、友を傷つける男を守るのか?
違う! 違う、違う……。
僕はテディを助けたい。仮面の男なんか、どうでもいい。
――だが力を使わねば、そうなる。
「ーーー!」
テディが叫んでいた。
刃をあてられた喉から、赤い血を流して。
猶予はなかった。
僕に、選択肢はなかった。
――決まったな。
声が、聞こえた気がした。
その声と、問答していた気がした。
「ぐっ、がは……っ!?」
テディが叫んでいた気がした。
その顔に、血しぶきが飛んでいるのを見た気がした。
どす、どす、と二回。
大人が倒れる音を聞いた気がした。
地に伏す仮面の男が、僕を見ている気がした。
仮面越しに、命の火が消えた目で、僕を見ている気がした。
そして僕の意識は、闇にのまれた。
いや、事実嬉しいんだ。僕の弱点を見つけられたと、口に出して喜んでいる。
短剣を手にした仮面の男が、手元を仰ぎ見る。
「ふむ、年代ものだな。下僕も主人の剣で死ねるなら本望だろう?」
「やめろ、テディは関係ないだろ!?」
僕が目的なら、テディを傷つける必要はない。
けれど無情にも、男はテディに短剣を向ける。
「ふっ、こんなときでも、表情は変わらないのだな」
「僕が無表情なのは体質だ。変えたくても、変えられない」
「だが見たところ、感情はあるようだな。そうか、わたしは今まで騙されていたのか」
「悪いのは、僕だ」
テディじゃない。
「下僕のおこないも、主人が責任を負うべきだろう!?」
あえて下僕と言って叫んだ。
テディじゃない。
テディじゃないんだ。
傷つけられるのは。
「確かに、確かに。けれどわたしは、きみに泣いて欲しいのだ」
短剣の刃が、テディの喉にあてられる。
「やめろ……」
「きみは体質だと言った。さて、目の前で大事な下僕が惨殺されても、泣かずにいられるかな?」
「やめろっ、やめてくれ!」
「さぁ、実験といこうじゃないか」
石畳に拳を押し付ける。仮面の男を止めなければ。
起き上がるのは無理でも、テディのように足を使って……。
藻掻く僕に、仮面の男は視線だけ送って薄ら笑う。
「侯爵家でありながら、魔法を使えない程度の低さを呪うがいい」
魔法が何だって言うんだっ。
魔法が使えなくても父上は……、魔法を使わないことで、守っているのに!
闇が、怨が、誇大化しないように。
ウッドワード家の秘密を、知っているのは王家だけだ。
それでも守ってきた。
敵対されても、その相手すら守ってきたんだ。
魔力という代償を払うことで。
なのに。
なのに、僕はテディを守れない。
友達を、大事な人を守れない僕は、何なんだ。
僕は、僕は、僕は。
――力が欲しいか。
焦りで、思考が混濁する。
――力があれば、友を助けられる。
けど、僕には力がない。
――力はある。
それは、使ってはいけない力だ。
――では友を助けず、友を傷つける男を守るのか?
違う! 違う、違う……。
僕はテディを助けたい。仮面の男なんか、どうでもいい。
――だが力を使わねば、そうなる。
「ーーー!」
テディが叫んでいた。
刃をあてられた喉から、赤い血を流して。
猶予はなかった。
僕に、選択肢はなかった。
――決まったな。
声が、聞こえた気がした。
その声と、問答していた気がした。
「ぐっ、がは……っ!?」
テディが叫んでいた気がした。
その顔に、血しぶきが飛んでいるのを見た気がした。
どす、どす、と二回。
大人が倒れる音を聞いた気がした。
地に伏す仮面の男が、僕を見ている気がした。
仮面越しに、命の火が消えた目で、僕を見ている気がした。
そして僕の意識は、闇にのまれた。
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