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「ルーファス、わかっているな?」

 夜、部屋を訪れた父上は、手に短剣を持っていた。
 父上の、今にも泣きそうな弱った雰囲気に、胸が締め付けられる。
 短剣は、実行犯に一度奪われ、テディを傷つけようとしたものだ。
 回収され、綺麗にされたらしく、見た目に変わりはない。

「ここに置いておく」

 父上は僕に手渡すでもなく、ベッド脇にある小さな机に短剣を置いた。
 護衛が、僕と父上の間に入り、父上を守る。
 わかっている。
 部屋にいる護衛は、僕を守るためにいるんじゃない。
 僕から父上を守るためにいるんだ。

 父上は、わかっている。
 僕が闇の化身になったことを。
 僕が、すべきことも。

 父上が部屋から出て行くのを見届ける。
 護衛が所定の位置に戻り、僕は短剣に手を伸ばした。
 ベッドから立ち上がる僕を、護衛が警戒する。
 視線を感じる中、僕は窓を開け、短剣を放り捨てた。
 勝手に動く体を、僕は止められない。

 そしてきっと、父上はこのことに気付いていない。

 目が覚めたとき、安堵していた父上の顔を思いだす。
 受け答えがしっかりしている僕に、父上は理性が残っていると感じたんだろう。
 いつもと違うのは、これから僕が自害しなければならないせいだと思っているかもしれない。
 僕には理性が残ってる。
 意識もしっかりしている。
 けれど体は、完全に乗っ取られていた。
 これが闇の化身になることなんだと、理解した。

 短剣を捨てた僕は、ベッドに戻る。

 ゲームのルーファスも、同じだったんだろうか。
 理性を残したまま、体を操られていたんだろうか。
 「怨」は、力を溜める気だ。
 だから未だに僕を装っている。
 今すぐどうにかなるわけじゃない。それだけが救いだった。

 問題は、どうやって体を取り返すか。

 最悪、自害はできなくても、光属性の武器で攻撃されればいい。
 ゲームの、僕のように。
 ……父上を頼ることはできるだろうか?
 怖いのは、僕を装う「怨」に騙されて、自由にされることだ。
 もしこれがゲームと同じ状況だったら、六年間「怨」は力を溜め込む可能性がある。
 短剣を捨てたってことは、「怨」にとって光属性の武器は、傍にあるのも嫌なんだろう。
 ただ父上からすれば、自害するのを嫌がってるように見えなくもない。
 「怨」の手口は巧妙だ。
 きっと誰も僕の体が乗っ取られているとは思わない。
 仮に異変に気付いても、「怨」が言い訳をする。
 誘拐事件のせいで、心が病んでいるととられるのがオチだ。

 考えれば、考えるほど、目の前が真っ暗になる。

 抗う術はないのだと。
 一度、種を芽吹かせてしまったが最後、僕は体を明け渡すしかないのだと。
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