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月夜桜

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第一章 忍び寄る影

16話 暗号文

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「ただいま、初寧」
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「ご主人様はやめろ。風呂沸かしてくるから、朝倉二尉は台所及び食材を掌握し、調理に掛かれ」
「むぅ、吉村二佐は連れませんねぇ。……了解しました。小官はこれより台所及び食材を掌握し、調理に掛かります」
「頼むぞ」

 風呂場へと足を運んだ彼は、給湯器の電源を入れてから自室へと移動し、パソコンを起動させる。

「それで、暗号文の内容は……」

 自衛隊、それもSなどの秘匿性の高い部隊員や情報隊員に配布される暗号化・復号ソフトを起動させる。
 ユーザインターフェイスは非常にシンプルなユーザビリティに配慮されている作りであり、右下端には【Ver.2.0.5 THIS PROCESS CANNOT USE EXCEPT AUTHORIZED PERSON】と書かれている。
 忠長は【復号】と表示されたボタンを押してから、自身の隊員番号と定期的に変更されるパスワードを入力する。
 入力された情報は全て情報部のデータベースに登録・参照されるため、事前に認められた人間以外復号することが出来なくなっている。

「えーっと、008a6a776e657878d3317bfc00f776b1っと」

 そう入力すると、復号が始まる。
 複雑な演算が走り、複数の英数字に変換され、最終的には文章としての体裁を持ち始める。

『吉村三佐、宮古雫に関して政府が非公式に米国側へ抗議したところ、米国側が宮古雫に対する関与を非公式ながら認めた。有事の際には、一軍人として扱って良いそうだ。また、米国のデルタフォース所属の三佐と同じ身分の隊員を秘密裏に入国させる予定もあるようだ。この件に関しては此方でも調べておく。三佐は定常の任務を継続せよ。以上。なお、このメールは復号後、十分で破棄される』
(……米国が認めるとは、珍しいな。……工作員モールの存在を認めるってことは、少なくともここ最近の情勢に関しては協力する意思があるとみてもいいんだろうか。というか、あいつらさらに工作員を送り込んでくるって言いやがった。……気には留めておくか)

 頭痛を少し感じつつも、すべてのアプリキャッシュを削除してからパソコンの電源を落とす。

「んっと、無線機の充電を忘れていたな」

 彼はカバンの中から風紀委員の無線機を取り出し、付属されていた充電スタンドに立てかける。

「こういうのは、出荷時点で満充電してることはないからな」

 忠長の言う通り、法律上、航空機に乗せられるリチウム電池には限りがある。
 詳しくは明言を避けるが、電圧や容量によって区別をされると思っていただければいいだろう。
 これらの制限を回避するために、出荷する際に充電量を減らして輸送することがあるのだ。

「よし、あとは荷解きをして報告書を書くだけだな」

 そう呟いた彼は、ゆっくりと荷解きを始めるのであった。

 ☆★☆★☆

『風紀委員本部から各局。おはようございます。COが新入生に勤務シフトを渡すのを忘れていたとのことなのでこの場にて通告します。新入生のシフトにあっては、本日に限り、PEは偶数番号、PSはPS17、18とします。当該隊員は登校後、二階、風紀委員室まで来てください。また、シフトでない者も放課後に風紀委員室に集合してください。指令番号6番、指令者は皇。なお、回信は省略する。以上、風紀委員本部』

 朝っぱらから流れる無線に耳を傾けながら、焼いた食パンを食べる。

「ふわぁ~~……、ご主人様、おはようございます……」
「おはよう、初寧。目玉焼きを作っといたから、あとは温めるなり自分でアレンジするなりして食べてくれ」
「はぁい……」

 ジト目を初寧に向けながら溜息を吐く。

「むっ、なんですか、その溜息は?」
「いや、お前、そんなんでよく自衛隊でやっていけてたよな……」
「いえ、あれは起床ラッパの条件反射というか、なんというか……」
「あー、言いたいことは分かる。あのレベルになると音響の電源が入った瞬間に目が覚めるもんな」
「はい。それに比べて、ご主人様は目覚ましを使いませんし、自衛隊を辞めてからもわざわざ起床ラッパを鳴らそうとも思いませんし。仮に鳴らされたらどつき回す自信があります」
「はは、格闘徽章持ちにどつき回されたら半殺しになるだろうな」
「ええ、半殺しじゃ済ませません」

 そんな物騒な会話をしつつも、手際よく朝食を作っていく初寧。
 伊達に市ヶ谷から派遣されてきただけではないようだ。
 ……なお、メイドとしての素質は問わないものとする。

「よしょ。いただきます」

 若草色のネグリジェ姿のまま椅子に座り、箸に手を付ける。
 そのまま優雅な朝食を終え、洗い物を片付けるとちょうど登校する時間に。
 一通り、装備一式を確認すると、玄関へ。
 ふいに気配を感じ、後ろで控えていた初寧に気を付けるように促し、普通を装って扉を開ける。

「……」
「おはよう、吉村君」
「……なんでお前がここにいるんだよ、雫」

 制服姿で首を傾げている雫がそこにいた。
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