【梅雨が招いた雲の下の花鈴】

充ちる

文字の大きさ
3 / 11
お母さん。

1

しおりを挟む
翌日やそのまた翌日もこの生活は続き、気づけば1ヶ月が経っていた。

梅雨の季節も終わり、夏真っ只中。その日僕は休日で2人でお昼ご飯を作っていた時、インターホンが鳴った。

特に心当たりがなかったので、不思議に思いながら玄関の扉を開けた。

「はーい」

そこには、雲ひとつない空には似つかわしくない肉のついていない今にも折れそうな華奢な身体の髪の長い女性が立っていた。

「娘を…どうか娘を返してください」

女性は震えた掠れ声で「娘を…娘を…」と何かに怯えているように、縋るようにぶつぶつと訴えてきた。

「娘って…かりんのこと……」

僕はキッチンで僕のことを待っているであろうかりんの方を振り返った。

「かりんって言いました?やっぱりいるんですね!ねぇ!かりん!かりん!帰ってきて!お願いよぉ!かりん!」

女性は僕の肩を掴んで邪魔だと言わんばかりに押しのけて部屋に入ろうとしてきた。

「ちょ、あんたなにしてんだ!そもそも誰なんだよ!」

男にしてはひ弱ではあるが、こんなに不健康な女性の力にはさすがに勝てた。

僕は女性の肩を掴んで部屋への侵入を阻止した。

「ふぅ…ちょっと待っててください」

女性を落ち着かせて後ろの玄関の扉を閉めた。

(近所にこんなとこ見られたら誘拐犯だと思われる……)

僕はキッチンへ行き、かりんをリビングのソファーに座らせた。

「ちょっとここで待ってて。ご飯はもうちょっと待ってな」

「うん」

コクン。と小さく頷いて上目遣いで僕の方を見てくる。

(その目やめて…可愛い…)

玄関に行き、かりんのお母さんと名乗る人をリビングへ招いた。

瞬間、かりんと女性の目が合い、2人が固まった。

「…かりん。この人知ってる?」

かりんは頷くこともなく、ずっと女性を見ていた。

女性を見ると、目から涙が1粒零れ落ちていた。

「…………かりん」

女性は掠れた声でかりんの名前を呼んで、膝から崩れ落ちた。

「お母…………さん……」

怯えた声で、小さく発せられたその言葉は僕と、そして、「お母さん」にもしっかりと届いたらしい。

「……かりん!」

「お母さん」は切羽詰まった声を出し、かりんを抱きしめた。

「……おか……さ………」

抱きしめられたかりんは涙を流し、抱きしめる「お母さん」を受け入れた。

何十分経ったんだろうか、2人は静かにずっと泣いていた。

ひとしきり泣いて涙が収まった頃、2人は顔を見合せた。

「ごめんなさい。私…あなたにあんなこと言ったのに……」

「あんなこと」とは、あの日かりんが話してくれた「もういらない」という言葉だろう。

 「あの日、お父さんに会いに行ったのよ」

「お母さん」は淡々と話し始めた。
その日、何があったのか…………。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

侯爵様の懺悔

宇野 肇
恋愛
 女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。  そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。  侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。  その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。  おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。  ――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

処理中です...