竜の国の人間様

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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僕の居場所

バルトside動悸が止まらない

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 白い肩の出た夜着を着たテディは、背中までの髪を耳に掛けて、ミルの近くでしゃがみ込んで虫の魔石をじっと見つめていた。今は随分と顔色も良くなった。最初に青ざめて横たわっていた姿を見た時の、恐怖に胸が締め付けられる感覚は、忘れようと思っても忘れられない。

 今の明るい顔を見せるテディを見下ろしていると、胸の奥からその恐怖が少しずつ剥がれ落ちていく様だった。

「バルトしゃん、どーしてこうなっちゃのかな?」

 そう戸惑う様に呟きながら、テディは地面に転がった美しく光る虫の魔石を恐る恐る指で突ついた。私は少し悪戯心が湧いて来て、テディに向かって脅かす様にワッと大きな声を出した。


 途端に飛び跳ねたテディが、私の腰に腕を巻きつけて抱きついて来た。私は思わず抱き上げてテディを縦抱きにすると、ミルの側から離れた。

「いちゃ?虫いちゃの?」

 テディはキョロキョロと周囲を不安げに見回している。私は今更冗談だとも言えなくなって、咳払いするとテディの柔らかな身体を抱きしめて誤魔化す様に尋ねた。


 「聞きそびれていたけど、テディはどこで吸虫球に出くわしたか覚えているかい?吸虫球については魔物に取り付くくらいの事しかあまり知られていないんだ。」

 するとテディは私の肩に手を回しながら、柵の向こうの森の入り口から少し外れた、ここから見ても大きな木を指差して答えた。

「あのおっきな木にいっぱいいちゃの。んー、木の実がぶらぶらちてて、ひとちゅ割れて、中から虫出てきちゃ。」

 私はテディを苦しめた吸虫球を始末したかったけれど、パーカス殿が回復してから一緒に見に行った方が良いと感じた。ふと、不安な表情で遠くの木を見つめるテディを慰めたくて、無意識に額に唇を押し付けた。


 テディはハッとして額に手を当てると、目をぱっちりと見開いた。美しいハッキリとした緑色の瞳は私を魅了した。私は惹かれるように今度はテディの赤い唇に、触れるだけの口づけをした。

 柔らかくて弾力のあるテディの小さめの唇は、触れるだけでドキドキと心臓が締め付けられてしまう。しかも目をぱっちり開いて私を凝視している。しまった!いきなり過ぎて怖がらせてしまっただろうか。


 テディは首を傾げて、自分の唇に指先を押し当てた。

「んー、何でキスしちゃ?あいちゃつ?」

 テディの言う「キス」は分からなかったけれど、口づけの事だろう。そのまま誤魔化しても良かったが、私はテディの目を見つめながら言った。

「可愛いテディが虫に怯えていたから、慰めてあげたくなったんだ。」

 テディは首を傾げたまま何か考え込んでいたけれど、頷いて言った。

「バルトしゃん、優しいーね?ありがちょ。」


 そう言うと、テディは抱かれたままミルの側に行きたがった。降りようとしないのは私は嬉しいが、多分テディはいつもの癖が出ているだけなんだろう。基本テディはいつ見てもパーカスや誰かに抱っこされているイメージだ。

 私はテディに口づけした事が素直に受け入れられてしまった事に、何だか罪悪感とモヤモヤが胸に渦巻いた。きっとテディは額面通りに受け取ったんだろう。それは私以外からも口づけを受け取る余地があると言う事なんじゃ無いのか。

 その事実は私を焦らせた。


 テディはミルの側で私から降りると、私に吸虫球の魔石を拾わせた。それからミルの周りを真剣な表情を浮かべて観察しながら何周か回った。吸虫球が食いついた箇所が少し黒く跡になっている事を、深刻そうに私に確認してきたのには思わず微笑んでしまった。

 それからしゃがみ込むとミルのまだ閉じた目をじっと見つめてから、てっぺんを撫で撫ですると満足したのか立ち上がって、先に立って家へ向かって歩き始めた。


 はずむ様に歩くテディの後ろ姿は少年と青年の間のような成長途中とは言え、獣人とも、竜人とも言えない華奢でしなやかな身体つきだった。背中で揺れる黒い艶のある髪は、自分で切ったのか少し長さが違っていて、それがまた可愛らしい。

 パーカス殿の言う通り、ローズ様が用意したらしい少し透ける肩の出る夜着は、包帯の巻かれた背中を浮き出させていた。それは見ない様にしていても、思わず透ける生地越しに注視してしまうので、パーカス殿の愚痴の意味が分かって苦笑してしまう。

 
 
 部屋に戻ると、テディの気配にパーカス殿が目覚めた様で、起き上がるのが見えた。私は食卓の上をもう一度整えて軽い酒を用意するとパーカス殿が席に着くのを待った。

「すまない、少し眠っていた様じゃの。せっかく用意してくれたのじゃから頂くとしようかの。」

 テディがパーカス殿の隣に座って、魔鳥の卵料理を自分で作ったのだと少し恥ずかしげに指差した。パーカス殿が美味しいと言うと、目を見開いて喜びながら私に視線を投げて嬉しげに笑いかけるので、また心臓が波打った。


 「テディはまだ本調子では無かったのに、パーカス殿に食べさせたいと張り切って作ってましたよ。でも料理上手ですね、テディは。」

 私がそう言うと、テディは照れた様に口を尖らせて言った。

「いちゅも僕チビで、何もお手伝いできにゃいから、こんな時にしかできないでちょ?ほんちょは、魔鳥のからあげちゅくる予定だったの。」

 悔しがるテディにパーカス殿はニッコリ微笑んでテディの頭を撫でて言った。

「では、今度の変幻の時にでも作っておくれ。楽しみにしておるからの。」


 私はパーカス殿の言葉にハッとして尋ねた。

「あの、テディは定期的にこの様な成長状態に変幻するのでしょうか。…こちらが本来の姿なのでしょう?」

 すると、パーカス殿が私をジロリと睨みつけて呟いた。

「それがバルトと何か関係あるのかの?」

 私はここで引き下がったら後悔するとばかり、テディの方を向いて言った。

「もし今度変幻する時が事前に分かれば、王都の街など案内しよう。ちっちゃなテディだと幼い人型が珍しくて視線が嫌かもしれないけれど、今のテディなら、そこまで注目はされない筈だから楽しめると思うよ。」


 パーカス殿の私を見る視線が怖いけれど、テディは首を傾げて考えている様だった。それからチラッとパーカス殿の方を見ると、にっこり微笑んで言った。

「おとーたんが良いって言っちゃら、ね?」

 私は少しガッカリして、お許しは出なさそうだと恨みがましい気持ちで、機嫌を直したパーカス殿を見つめた。ふとパーカス殿が私に尋ねた。

「そう言えば、バルトは今回のミルの事はどう考えるかの。」


 私はさっき拾った、吸虫球の虹色魔石をテーブルに置いた。

「この魔石化とミルの成長とは関係がありそうですね。テディの肩に吸虫球がくっついていた時はこれの倍以上の大きさでした。元々吸虫球は魔物ではないですよね。ですから魔石自体持っていないですし、自身が魔石になるなど聞いた事がありません。」

 考え込むパーカス殿の隣で、テーブルの上の吸虫球の魔石を見ていたテディがボソリと呟いた。

「木の実が割れちぇ、飛び出てくっちゅいたの、この大きちゃよ?でも、綺麗らね?」


 「…テディから魔素を吸い取った吸虫球が、ミルの魔素目当てに移動したのじゃろう?あのミルはダグラス曰く血統が良いと言っておったのじゃ。今時この国では野性のミルはほとんど目にしないからのう。そこに何か秘密があるのかも知れぬな。

 今度ダグラスに聞いてみる事にしよう。しかし虹色魔石とは…。滅多にお目に掛かれぬ魔石じゃ。不思議な事じゃのう。」

 パーカスの言葉に、私たちはテーブルの上のオーロラに煌めくコロンと丸い魔石を黙って見つめたのだった。















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