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デビュタント
一生の不覚
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「ああ、どうしたら良いの!?」
私は湯船に沈み込みながら、腹立ち紛れに水面を拳で叩いた。飛び散った雫が自分の顔を濡らすのを、まるで自分のやらかしみたいだと思い出してまた凹む羽目になる。
近づいてはいけない相手の胸の中で子供の様に泣いてしまった。流石にゴードン様も戸惑っているみたいだったわ。でもあの時は歌劇の題材と自分の生き様が重なって、感情を抑えられなかった。
少なくとも一般席じゃなくて個室だったのは幸いだったかもしれない。でも一緒にいたのがゴードン様だったのは良くなかったわ。かと言って誰だったらマシだったかと考えると最適な人物が浮かばないけれど。
第三王子だったらどうだったかしら。
呆れてハンカチくらいは差し出したかもしれないけれど、鼻先に皺を寄せて多分こう言うでしょう。
『チェルシー、私は感情的な女が一番嫌いなんだ。さっさと泣き止みたまえ。』
第三王子で気を紛らわしたせいで、私は少しは気分を上げる事が出来た。私がここまで凹んだのはゴードン様に弱味を見せてしまったからかもしれない。
本物のチェルシーの天敵であるゴードン様に気を許すのはダメだと、いつの頃からか決心していた私はこんな状況に陥ってしまった事に動揺している。
あまつさえゴードン様は私を可愛いと言って抱きしめた…。なんて事かしら。本当にそう言ったのよね?…そう言えばみっともないとも言ったわね。
これ以上湯船に浸かっていたらふやけてのぼせかねないと、私はザブリと湯船から濡れた足を出した。衝立の向こうでは侍女が着替えの用意をしてくれているみたいだったので、随分と待たせてしまったと声を掛けた。
「マリア、出たわ。」
衝立を畳みながら、マリアはタオルを手にこちらへやって来た。一枚を受け取って身体を拭っている間に、マリアは私の髪の滴を丁寧に拭きとってくれる。貴族令嬢は髪が長いので一人でこれをするのは至難の技なのだ。
「いつもありがとう、マリア。」
「まぁ、お嬢様。これは私の楽しみの様なものなんですから、お礼など宜しいのですよ。お嬢様の銀の髪を美しく維持するのは私めのお役目ですからね?下手な者には任せられません。」
私はクスクス笑うと、いつもながらこの髪に執着するマリアを揶揄った。
「だったら髪を切って鬘にしても良いかもしれないわね。そうしたら私はさっさと眠れるもの。」
マリアは目を丸くして大袈裟に肩をすくめると小さくため息をついた。
「ちょっとは元気が出た様でございますわね。帰って来た時はまるで萎れたご様子でしたもの。そんなにゴードン様のエスコートが酷かったのですか?」
なぜかゴードン様の不手際があった様な話になっているのに可笑しくなって、私は姿見に映る自分の裸を見つめながら呟いた。
「ゴードン様は悪くないわ。私がその、歌劇に感情移入し過ぎて泣き過ぎてしまっただけだから。ゴードン様も困ってしまったみたいだったわ。…もうお誘いが来ないかもしれないわね。でもその方が良いわ。」
マリアは私に淡い薔薇色の夜着を着せ掛けると、鏡越しに目を合わせながら言った。
「まさか、そんな事あり得ませんわ。ゴードン様がお嬢様を見つめる眼差しは特別なものがございますもの。今のお嬢様はご覧の様に素晴らしい咲きかけの薔薇の蕾ですから、素通り出来る殿方などいらっしゃいませんわ。
でも昔からお嬢様はゴードン様のことになると妙に頑固なところを見せますわね?」
そう言いながらマリアは面白そうに笑みを浮かべる。私はこれ以上は余計な事を言われそうだと踏んで、さっさと寝室へ歩き出した。
ドレッサーの前に座ると、マリアが機嫌良く更に髪を手早く乾かしていく。用意された温められたタオルで水気を拭き取ると乾くのがずっと早くなる。その間、私は甘い香りのお気に入りの化粧水で寝支度に勤しんだ。
「お嬢様、乾きましたよ。さぁ、こちらのはちみつ酒をお飲みになってぐっすりおやすみなさいませ。そうすれば朝には気分も良くなってますでしょうから。
ゴードン様はお嬢様の失敗など全然気にしないと思いますよ?ほほほ。」
マリアが出ていって一人でぼんやり夜の暗闇に浮かぶ月を眺めながら、私は小さな盃に注がれた寝酒を一口飲んだ。一瞬で喉の奥から熱くなって、縮こまっていた疲れが身体の外へと出ていく気分だった。
私は一体どうしたいのだろう。ゴードン様に見限られたいのか、それとも注目されたいのか。あの逞しい腕の中で慰められた時、ずっとそこに留まって守って貰いたいと思ったのは事実だった。
でも私が入れ替わった小さな女の子のチェルシーは、それを許してくれるかしら。そんな事にこだわるのは自分でもおかしいと思うけれど、考えるのをやめる事は出来ない。
姿見に映り込んだ姿は、確かにマリアの言う通り花開く様な輝きを感じた。それは私の自信でもあったし、一方で借り物の様な感覚も無いとは言えない。
「チェルシー、もう怒ったりしない?」
私の独り言は少し開いた窓の隙間から吸い出されて、そして消えていった。
私は湯船に沈み込みながら、腹立ち紛れに水面を拳で叩いた。飛び散った雫が自分の顔を濡らすのを、まるで自分のやらかしみたいだと思い出してまた凹む羽目になる。
近づいてはいけない相手の胸の中で子供の様に泣いてしまった。流石にゴードン様も戸惑っているみたいだったわ。でもあの時は歌劇の題材と自分の生き様が重なって、感情を抑えられなかった。
少なくとも一般席じゃなくて個室だったのは幸いだったかもしれない。でも一緒にいたのがゴードン様だったのは良くなかったわ。かと言って誰だったらマシだったかと考えると最適な人物が浮かばないけれど。
第三王子だったらどうだったかしら。
呆れてハンカチくらいは差し出したかもしれないけれど、鼻先に皺を寄せて多分こう言うでしょう。
『チェルシー、私は感情的な女が一番嫌いなんだ。さっさと泣き止みたまえ。』
第三王子で気を紛らわしたせいで、私は少しは気分を上げる事が出来た。私がここまで凹んだのはゴードン様に弱味を見せてしまったからかもしれない。
本物のチェルシーの天敵であるゴードン様に気を許すのはダメだと、いつの頃からか決心していた私はこんな状況に陥ってしまった事に動揺している。
あまつさえゴードン様は私を可愛いと言って抱きしめた…。なんて事かしら。本当にそう言ったのよね?…そう言えばみっともないとも言ったわね。
これ以上湯船に浸かっていたらふやけてのぼせかねないと、私はザブリと湯船から濡れた足を出した。衝立の向こうでは侍女が着替えの用意をしてくれているみたいだったので、随分と待たせてしまったと声を掛けた。
「マリア、出たわ。」
衝立を畳みながら、マリアはタオルを手にこちらへやって来た。一枚を受け取って身体を拭っている間に、マリアは私の髪の滴を丁寧に拭きとってくれる。貴族令嬢は髪が長いので一人でこれをするのは至難の技なのだ。
「いつもありがとう、マリア。」
「まぁ、お嬢様。これは私の楽しみの様なものなんですから、お礼など宜しいのですよ。お嬢様の銀の髪を美しく維持するのは私めのお役目ですからね?下手な者には任せられません。」
私はクスクス笑うと、いつもながらこの髪に執着するマリアを揶揄った。
「だったら髪を切って鬘にしても良いかもしれないわね。そうしたら私はさっさと眠れるもの。」
マリアは目を丸くして大袈裟に肩をすくめると小さくため息をついた。
「ちょっとは元気が出た様でございますわね。帰って来た時はまるで萎れたご様子でしたもの。そんなにゴードン様のエスコートが酷かったのですか?」
なぜかゴードン様の不手際があった様な話になっているのに可笑しくなって、私は姿見に映る自分の裸を見つめながら呟いた。
「ゴードン様は悪くないわ。私がその、歌劇に感情移入し過ぎて泣き過ぎてしまっただけだから。ゴードン様も困ってしまったみたいだったわ。…もうお誘いが来ないかもしれないわね。でもその方が良いわ。」
マリアは私に淡い薔薇色の夜着を着せ掛けると、鏡越しに目を合わせながら言った。
「まさか、そんな事あり得ませんわ。ゴードン様がお嬢様を見つめる眼差しは特別なものがございますもの。今のお嬢様はご覧の様に素晴らしい咲きかけの薔薇の蕾ですから、素通り出来る殿方などいらっしゃいませんわ。
でも昔からお嬢様はゴードン様のことになると妙に頑固なところを見せますわね?」
そう言いながらマリアは面白そうに笑みを浮かべる。私はこれ以上は余計な事を言われそうだと踏んで、さっさと寝室へ歩き出した。
ドレッサーの前に座ると、マリアが機嫌良く更に髪を手早く乾かしていく。用意された温められたタオルで水気を拭き取ると乾くのがずっと早くなる。その間、私は甘い香りのお気に入りの化粧水で寝支度に勤しんだ。
「お嬢様、乾きましたよ。さぁ、こちらのはちみつ酒をお飲みになってぐっすりおやすみなさいませ。そうすれば朝には気分も良くなってますでしょうから。
ゴードン様はお嬢様の失敗など全然気にしないと思いますよ?ほほほ。」
マリアが出ていって一人でぼんやり夜の暗闇に浮かぶ月を眺めながら、私は小さな盃に注がれた寝酒を一口飲んだ。一瞬で喉の奥から熱くなって、縮こまっていた疲れが身体の外へと出ていく気分だった。
私は一体どうしたいのだろう。ゴードン様に見限られたいのか、それとも注目されたいのか。あの逞しい腕の中で慰められた時、ずっとそこに留まって守って貰いたいと思ったのは事実だった。
でも私が入れ替わった小さな女の子のチェルシーは、それを許してくれるかしら。そんな事にこだわるのは自分でもおかしいと思うけれど、考えるのをやめる事は出来ない。
姿見に映り込んだ姿は、確かにマリアの言う通り花開く様な輝きを感じた。それは私の自信でもあったし、一方で借り物の様な感覚も無いとは言えない。
「チェルシー、もう怒ったりしない?」
私の独り言は少し開いた窓の隙間から吸い出されて、そして消えていった。
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