醜いアヒルの子と漆黒の貴公子

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

文字の大きさ
17 / 19
デビュタント

一生の不覚

しおりを挟む
 「ああ、どうしたら良いの!?」

 私は湯船に沈み込みながら、腹立ち紛れに水面を拳で叩いた。飛び散った雫が自分の顔を濡らすのを、まるで自分のやらかしみたいだと思い出してまた凹む羽目になる。

 近づいてはいけない相手の胸の中で子供の様に泣いてしまった。流石にゴードン様も戸惑っているみたいだったわ。でもあの時は歌劇の題材と自分の生き様が重なって、感情を抑えられなかった。


 少なくとも一般席じゃなくて個室だったのは幸いだったかもしれない。でも一緒にいたのがゴードン様だったのは良くなかったわ。かと言って誰だったらマシだったかと考えると最適な人物が浮かばないけれど。

 第三王子だったらどうだったかしら。

 呆れてハンカチくらいは差し出したかもしれないけれど、鼻先に皺を寄せて多分こう言うでしょう。

『チェルシー、私は感情的な女が一番嫌いなんだ。さっさと泣き止みたまえ。』


 第三王子で気を紛らわしたせいで、私は少しは気分を上げる事が出来た。私がここまで凹んだのはゴードン様に弱味を見せてしまったからかもしれない。

 本物のチェルシーの天敵であるゴードン様に気を許すのはダメだと、いつの頃からか決心していた私はこんな状況に陥ってしまった事に動揺している。

 あまつさえゴードン様は私を可愛いと言って抱きしめた…。なんて事かしら。本当にそう言ったのよね?…そう言えばみっともないとも言ったわね。


 これ以上湯船に浸かっていたらふやけてのぼせかねないと、私はザブリと湯船から濡れた足を出した。衝立の向こうでは侍女が着替えの用意をしてくれているみたいだったので、随分と待たせてしまったと声を掛けた。

「マリア、出たわ。」

 衝立を畳みながら、マリアはタオルを手にこちらへやって来た。一枚を受け取って身体を拭っている間に、マリアは私の髪の滴を丁寧に拭きとってくれる。貴族令嬢は髪が長いので一人でこれをするのは至難の技なのだ。


 「いつもありがとう、マリア。」

「まぁ、お嬢様。これは私の楽しみの様なものなんですから、お礼など宜しいのですよ。お嬢様の銀の髪を美しく維持するのは私めのお役目ですからね?下手な者には任せられません。」

 私はクスクス笑うと、いつもながらこの髪に執着するマリアを揶揄った。

「だったら髪を切って鬘にしても良いかもしれないわね。そうしたら私はさっさと眠れるもの。」


 マリアは目を丸くして大袈裟に肩をすくめると小さくため息をついた。

「ちょっとは元気が出た様でございますわね。帰って来た時はまるで萎れたご様子でしたもの。そんなにゴードン様のエスコートが酷かったのですか?」

 なぜかゴードン様の不手際があった様な話になっているのに可笑しくなって、私は姿見に映る自分の裸を見つめながら呟いた。

「ゴードン様は悪くないわ。私がその、歌劇に感情移入し過ぎて泣き過ぎてしまっただけだから。ゴードン様も困ってしまったみたいだったわ。…もうお誘いが来ないかもしれないわね。でもその方が良いわ。」


 マリアは私に淡い薔薇色の夜着を着せ掛けると、鏡越しに目を合わせながら言った。

「まさか、そんな事あり得ませんわ。ゴードン様がお嬢様を見つめる眼差しは特別なものがございますもの。今のお嬢様はご覧の様に素晴らしい咲きかけの薔薇の蕾ですから、素通り出来る殿方などいらっしゃいませんわ。

 でも昔からお嬢様はゴードン様のことになると妙に頑固なところを見せますわね?」

 そう言いながらマリアは面白そうに笑みを浮かべる。私はこれ以上は余計な事を言われそうだと踏んで、さっさと寝室へ歩き出した。


 ドレッサーの前に座ると、マリアが機嫌良く更に髪を手早く乾かしていく。用意された温められたタオルで水気を拭き取ると乾くのがずっと早くなる。その間、私は甘い香りのお気に入りの化粧水で寝支度に勤しんだ。

「お嬢様、乾きましたよ。さぁ、こちらのはちみつ酒をお飲みになってぐっすりおやすみなさいませ。そうすれば朝には気分も良くなってますでしょうから。

 ゴードン様はお嬢様の失敗など全然気にしないと思いますよ?ほほほ。」


 マリアが出ていって一人でぼんやり夜の暗闇に浮かぶ月を眺めながら、私は小さな盃に注がれた寝酒を一口飲んだ。一瞬で喉の奥から熱くなって、縮こまっていた疲れが身体の外へと出ていく気分だった。

 私は一体どうしたいのだろう。ゴードン様に見限られたいのか、それとも注目されたいのか。あの逞しい腕の中で慰められた時、ずっとそこに留まって守って貰いたいと思ったのは事実だった。


 でも私が入れ替わった小さな女の子のチェルシーは、それを許してくれるかしら。そんな事にこだわるのは自分でもおかしいと思うけれど、考えるのをやめる事は出来ない。

 姿見に映り込んだ姿は、確かにマリアの言う通り花開く様な輝きを感じた。それは私の自信でもあったし、一方で借り物の様な感覚も無いとは言えない。

 「チェルシー、もう怒ったりしない?」

 私の独り言は少し開いた窓の隙間から吸い出されて、そして消えていった。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...